入間 銃 兎 夢 小説。 #1 入間銃兎総受け

#碧棺左馬刻 #入間銃兎 溺れる

入間 銃 兎 夢 小説

入間銃兎の余裕の表情が剥がれる瞬間が見たいですね。 青い鳥に呟いたものを修正したものです。 よろしくお願いいたします。 ・・・・・・・・・・ ちょっといいなと思っていた子が一次会で帰るらしい。 何とか引き止められないかと様子を窺っていたが、店を出ると同時にこれは無理だなとわかった。 停車した車の脇で煙草をふかしていた男がその子に気が付くと手を挙げたのだ。 止める間もなく彼女が煙草を消す男に駆け寄っていくと、男は自然な仕草で助手席のドアを開いた。 「いつもこんなことしないじゃないですか」 照れくさそうに笑う彼女に何やら男が耳打ちした。 へにゃりと可愛らしく眉を下げたその子が助手席に乗り込むと、男が俺たちの方を見て笑みを浮かべた。 「お世話になりました」 その唇の端に、ほんのりと男にはあまり似合わない赤がついていた。 見慣れた色だと思った。 ついさっきまで隣で見ていた唇の色。 ああ、確か彼女は席を立って戻ってきたあと、こっそり口紅を塗り直していたな。 移った色に気が付いていないのか、放置しているのか。 どちらだろうかとじっと微笑む男を見ていると目が合った。 やべ、と逸らそうとすると、一瞬その口元がにやりと歪んだ。 目立つ真っ赤な手袋に覆われた手が、その唇を拭う。 ああ、これでわかった。 こいつは確信犯だ。 つまり牽制だ。 「……あーあ、彼女ほしい」 ちょっといい雰囲気になっている友達と、派手目の女の子を見てため息をつく。 俺は今日の合コンも収穫なし、と。 [newpage] 冷めた唐揚げをちびちびかじりながら、周りに気がつかれないようにため息をつく。 それなりに大きな音が出てしまったが、全て室内の騒がしさに溶けていった。 元々、飲み会をしようと女友達に誘われていた。 断る理由もなく快諾したのだが、いざ来てみれば同人数の男女の集まり。 つまるところ、合コンである。 理解した途端、頭を抱えた。 恋人の誘いを「女友達と飲みに行くので」と断った数日前の自分を呪いながら、きゃっきゃとはしゃぐ皆を見た。 私を誘った友人は、目が合うと両手を合わせて片目を閉じる。 どうせ人数が足りなかったとか、そういうことだ。 これは貸しにしておこう。 乾杯してそろそろ2時間といった頃、隣に座っていた男のスキンシップを笑顔でいなしながらお手洗いに立った。 特段トイレに行きたかったわけではなくて、気分を入れ替えたかったのだ。 部屋から廊下に出ると、アルコールと食べ物のにおいに満たされていた鼻腔に新鮮な空気が入ってくる。 気持ちがよくて、思わず深呼吸をした。 お手洗いと言って出てきた手前、すぐに戻る訳にもいかない。 手持ち無沙汰にしていると、正面の部屋の戸が開いた。 広くない廊下だから邪魔になるだろうと、頭を下げて避ける。 向こうも少し頭を下げた気がしたが、次に聞こえた声に肩が震えた。 「……おや、貴女もこの店だったのですか」 恐る恐る顔を上げると、見慣れたスーツのジャケットを脱いだ恋人がそこにいた。 閉じられていない戸の向こうには同じくスーツの人がたくさんいて、職場の飲み会であろうと察せられた。 私が食事を断ったからこちらに来たのだろう。 それはいいのだ。 しかし、ああ、これはまずい。 非常にまずい。 「こんばんは、銃兎さん。 いい夜ですね」 「……何ですか突然」 動揺を悟らせないようにとびきりの笑顔で挨拶をしたのだが、銃兎さんは思い切り眉を顰めた。 だめだ、何を言っても不審がられるに違いない。 ……いや、私の選択ミスか。 なんだ、いい夜ですねって。 「かなり飲んでいるようで」 「そこまで飲んでないですよ」 「こんなに顔を赤くしておいて?」 赤い手袋に包まれた指先が伸びてきて、私の頬をするりと撫でていく。 初めのビール以外は1杯のチューハイと、その他はソフトドリンクで抑えているから、本当にあまり飲んではいないのだ。 私はアルコールが顔に出るタイプなのだろう。 「そういう銃兎さんは、全然顔色が変わってませんが」 「私は車なので」 「ああ、飲んでないんですね」 しばらく話をしていたが、初めの私の失言以外は特に彼が私を怪しむ様子はない。 いつも通りの調子の会話にほっとしながら、そろそろ部屋に戻ろうとしたときである。 「なんだ!戻ってきてんじゃん」 背後の戸が開いて、私のファーストネームが呼ばれた。 酒に焼けたその声は、私の隣に座っていた男のものだ。 恐らく私の戻りが遅かったから様子を見に行こうとしたのだろう。 酔い潰れていたら大変だ、その心遣いは有難い。 しかし今この瞬間に関してはありがた迷惑だ。 うわ、と声が出なかったことに関しては自分を褒めたい。 振り向いて、もうすぐ戻るのでと早口に声をかけて、戸をぴしゃんと閉める。 閉めて、そのままの体勢で必死に脳をフル回転させる。 背中側の無言が痛い。 「……「女友達と飲みに行く」、ね」 降ってきた含みのある言葉に冷や汗が出る。 いえ、あの、これにはのっぴきならない事情が。 だめだ、何を言っても言い訳にしか聞こえない。 「本当に、私は女友達の飲み会って形で誘われていたんです。 本当に」 「来てみたら合コンだったと」 そうです、と呟いた声はひどく悲壮感に満ちていた。 彼の感情の読み取れない声ほど恐ろしいものはない。 怒鳴られる方がまだ良い。 ましてその声色で「こちらを向きなさい」と言われてみろ、血の気が引く。 意を決して振り向き、そっと顔を上げた。 ぱちりと視線が合うと、銃兎さんの表情がふと緩んだ。 いかにもおかしそうに喉を鳴らして笑う姿に、呆気に取られる。 「私も怯えられたものですね」 「……銃兎さんから見たら、私は嘘ついて合コンに来ているような状況じゃないですか」 特段怒りの感情は見られない空気に全身の力が抜ける。 両手で顔を覆って呻くと、遂に耐えかねたように銃兎さんが声を上げて笑った。 人が安堵した姿を笑うとは何事だ。 「「女友達と飲みに行く」のが嘘だとしたら、嘘をつくのが上手くなったと感心するところですよ。 貴女は下手な嘘しかつけないですからねぇ。 ……この前の、歩いて帰ってきたってのが嘘だっていうのもわかってるからな」 「……まじですか」 「知らねぇ男物の香水振りまいてりゃわかる」 先週、仕事帰りに銃兎さんの家に行った時の話だ。 遅くなったからと男の同期が車に乗せてくれたのだが、確かに彼は甘めの香水をつけていたように思う。 何となく後ろめたくて歩いて帰ったと言ったのだ。 そのときは特段何かを言われたわけではないのだが、しっかりバレていたようだ。 にっこりという擬音が似合う表情で次の言葉を待つ銃兎さんを前に、選択肢を間違えてはいけない。 「……次は、電話します」 「わかっているならヨロシイ」 満足げに頷いた銃兎さんが腕時計をちらりと見る。 それに倣って私もスマートフォンを取り出すと、思っていたよりも時間が立っていた。 背後の部屋からは未だ騒がしい声が上がっている。 正面の部屋も同様だ。 「そろそろ戻った方がいいですね。 貴女も、私も」 肩を竦めた銃兎さんに同意しつつ、少し面白くない気持ちもある。 不可抗力とはいえ恋人が合コンに来ているというのに、あまり動揺や怒りの感情が見られない。 いや、あまり怒られても困るのだけれど。 「何を不貞腐れているんですか」 その気持ちが顔に出ていたようで、銃兎さんが私の頬をきゅっと摘んだ。 力はそこまで入れていないのだろうが、それでも多少は痛い。 もごもごと文句を言うと、「よく伸びる」と少し楽しそうにされた。 こんなことを言うのもお酒のせいだ。 やっぱり私も酔っているのかもしれない。 「少しくらい、怒ってくれてもいいのでは?」 「マゾヒズムをお持ちとは知らなかったですね」 言ってくれたらこちらもそれなりに、などといい笑顔を浮かべる銃兎さんに全力で首を横に振る。 違う、そうじゃない。 わかっているくせにそうやって話を逸らすところはいただけないところのひとつだ。 必死さが面白かったのか、「冗談ですよ」と笑いながら銃兎さんが口元に手をあてた。 「……まあ、私も貴女も大人ですからね。 付き合いというものがあるのは重々理解しています。 もちろん、私にもある」 だから仕方がないところもあるということだろう。 確かに大人になればなるほど、周囲との付き合いというものは増える。 恋人がいるからといって避けられないこともある。 ……しかし、合コンというものは避けられるもののひとつだと思うのだ。 だから少しくらい機嫌を損ねてほしかったわけだが、私よりも思考が大人な彼はそうはいかなかったようだ。 少しの寂しさを覚えていると、ぽこんと間の抜けた音が手元からした。 スマートフォンに入っているメッセージアプリの受信音だ。 開けば、例のスキンシップの多い彼からの『二次会行くでしょ?』というメッセージだった。 勢いに流されて連絡先を交換したのは失敗だった。 気乗りはしない、しかし銃兎さんの言う通り、付き合いというものがある。 私を誘ってくれた友人の面子とか、場の盛り上がり方とか、色々だ。 どうしようかと頭を悩ませていると、ふと手元に影が落ちた。 顔を上げれば、銃兎さんが前から私のスマートフォンを覗き込んでいる。 個人情報がモロバレの状態だ。 スマートフォンを立てて画面を隠すと、「……ただ、」と銃兎さんが呟いた。 「面白くないのは事実ですが」 一転したひどく低い声に目を見開いていると、声を上げる間もなく区っと腕を引かれた。 個室の連なる廊下から少し離れた場所へ連れていかれると、手で顎を捕えられて顔を固定される。 きゅっと寄った眉と細められた切れ長の目が近づいてくるのを見ながら、大人の仮面が剥がれた状態というのはこういう顔をいうのだろうかと、ぼんやり思った。 飲み会の場では煙草を吸っていたのだろう。 私は吸わないのに、もう慣れた煙草の味が舌に広がった。 「……やきもち」 しつこい唇を受け止めながら合間にぽつりと呟けば、「随分嬉しそうだな」と苦い表情をされた。 そうかもしれない。 大抵、餅を焼く側は私だからだ。 それを隠し通せるのが大人なのかもしれないが、私はそんな人間にはなれない。 それが今日は立場が逆だから、少し嬉しい。 思わず浮かぶ笑みを隠さずにいれば、銃兎さんがため息をついた。 「やきもち、ねぇ」 「……違うんですか」 「そんな可愛いもんじゃねぇよ」 その言葉にさらに笑みを濃くした唇は、忌々しげに歪む薄い唇に飲み込まれた。 「それで?行くんですか」 荒れた息を整えながら廊下を戻り、依然騒がしい部屋へ戻るために戸に手をかけようとした。 銃兎さんも同じように反対の戸を開けようとしていて、その状態でこちらを見ていた。 その言葉に一瞬首を傾げ、質問の意図を理解する。 誰かに見られやしないかとひやひやしながら拒まずいたキスの間にもぽこぽこと通知音を鳴らすスマートフォンに、銃兎さんが舌打ちをしたのはしっかり聞こえていた。 「……いえ、二次会は断って帰ります」 「足はあるんですか?」 「電車ですね」 この時間ならばまだまだ本数に余裕はある。 ゆっくり帰っても問題ないだろうと言えば、銃兎さんは「十分も経たずに自分の発言を忘れるんですか、この鳥頭は」と正面から頭を掴まれた。 笑顔の圧がすごい。 意味がわからず困っていると、銃兎さんは仕方がないというようにため息をついて手を離した。 「終わりそうになったら連絡しろ」 「はい?」 「車、付けておきますから」 ……ああ、そうだ。 次は電話をするといったのは確かに私だった。 いや、でもこの店から私の家と彼の家は真逆の方向ではないか?往復させるのは悪いと言うと、「誰が貴女の家に送ると?」と微笑まれた。 ……ええっと、それは、確かに言ってなかったかもしれない。 「明日は休みでしょう」 「そう、ですね」 「なら問題ない。 ……さっさと出てこい」 すっかり口紅が落ちた唇を、赤い指先がなぞる。 意味ありげなその仕草にじわりと顔が熱くなるのがわかった。 銃兎さんはそれを見て笑みを深めると、一足先に自分の飲み会会場へ戻って行った。 ……私はまず、二次会の断り文句を考えてから戸を開けるとしよう。

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#5 兎の夢

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年齢的に煙草を吸えないことはないけれど、吸ったことはない。 寧ろ、吸わせてもらえない、と言った方が正しいのかもしれない。 「さあ、どうでしょうね。 人それぞれ趣味嗜好が異なりますから」 そう言って、彼はふう、と白い煙を吐き出す。 「なら、私も吸ってみたいです」 「貴女には必要ないでしょう」 だから、ダメです。 きっぱりと言われ、むう、と押し黙ってしまう。 先程、吸わせてもらえない、と言ったのは、つまりこういうことである。 彼は、私に煙草を吸わせようとしないのだ。 わざわざ身体に毒を振りまくことなんてないです、なんて、自分のことは棚に上げてそう言われたりして。 彼はある意味、過保護だと思う。 それが時々、なんとも面白くない。 「…そんなに気になるのであれば、」 彼は、指で挟んでいた煙草を灰皿に押し付けたかと思うと、ガタンと立ち上がって。 なんだろう、と思ったところで、腕をグッと引っ張られて、彼の方に身体が傾く。 いきなりのことで目を見開いた途端、唇に柔らかくて温かいものが押し付けられる感触がした。 彼の整った顔がやたら近くに見えて、ぬめり、としたものが口の中に入ってきて、そこでやっと、彼に口付けされていることに気が付いた。 少しして頭がぼうとした頃に、彼の顔が離れると、舌に広がる苦い味に、思わず顔を顰めてしまう。 「…やはり、この味は貴女には必要ないですよね」 クックッ、と喉を鳴らして、彼は可笑しそうに笑う。 それがなんだか妙に腹立たしくて。 だから、彼の襟元を掴んで引っ張って、先程まで私の唇に押し当てられていた、赤くて妙に艶かしい唇に、噛み付く勢いで自分の唇を押し当ててやったのだった。 飴なんて久しく食べていないし、なんとなく口寂しいので、包みから出して口に放り込む。 レモンの甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がる。 それが楽しくて、口の中でからんころんと飴玉を転がした。 「飴食ってんの珍しいじゃねえか」 私の頬が丸く膨らんでいるのを見た彼は、フンと鼻で笑ってから私の頬を指でつつく。 ちょっと痛い。 「さっき乱数くんから貰ったの」 そう答えると、彼はなるほど、といった表情をしたあと、面白くないと言いたげに顔を顰めた。 かと思えば、わざとらしくニヤリと笑う。 なんだか嫌な予感しかしない。 彼と少し距離を取ろうとした瞬間、腕を引っ張られて身体が傾く。 勢い余って彼の胸に飛び込む形になった。 「な、いきなり何す…ん、」 文句を言おうとして彼を見上げると、彼によって口を封じられてしまった。 文句の一言も、息すらもままならないほどに深く、長く、口付けられて。 気がついたら、ぬるっとしたものが口内に侵入して、まさぐられるように動いて、あっさりと飴玉を奪われたところで、やっと顔が少し離れた。 「俺様の前で他の男の名前出してんじゃねえよ、クソアマ」 そう言って彼は、いやらしく舌を出す。 先程まで私の口に入っていた飴玉が、彼の舌の上にちょこんと乗っていた。 肩で息をしつつ、先程まで口の中に広がっていた甘酸っぱい味に上書きされるように、いつもの煙草の苦い味を感じて、恨めしく思い彼を睨みつけてやった。 長い間身に染み付いた女性恐怖症は、なかなか離れようとしてくれない。 目を合わせるのも怖くて、横目でチラリとしか彼女を見ることができない。 「手、繋いでもいいかな?」 困ったように眉を下げて、笑う彼女を、視界の端で捉えた。 いつもそうだ。 彼女は、オレに触れようとする時、必ず一声掛ける。 困ったように笑いながら。 オレを怖がらせないように声を掛けてくれる、そんな優しい彼女のことが大好き。 オレの鼓膜を震わせる彼女の声も、大好きで、本当は触ることだって嫌なわけがない。 触りたい。 触ってほしい。 だけれども、身体が受け入れてくれない。 彼女のことは好きだけれども、女性は怖い。 好きなのに怖い。 怖いのに好き。 相反する感情を抱えて、いつもジレンマを感じずにはいられなくなる。 「う、ん…いいよ…て、手、繋ご…」 吃りながら、なんとか言葉を紡ぎ出して、恐る恐る手を彼女の方へ差し出す。 情けないけれど、これが今のオレの精一杯だ。 「うん、ありがとう」 そろりと、温もりが近づいて、オレの手と重なる。 またビクッとしそうになったけれど、心の準備ができていたから、そうならずに済んだ。 温かい。 嬉しい。 横目でまた彼女をチラリと見ると、嬉しそうに笑ってオレの方を見ていた。 目が合いそうになって、慌てて逸らしてしまったけれど、でも幸せな気持ちになった。 いつか彼女を思いっきり抱きしめられたら、オレの心臓は止まってしまうかな。 なんて頭の片隅で思ったりもして。 というより、近付くなオーラが放たれている気がする。 綺麗な顔立ちに高い身長の彼は、新学期当初はクラスメイトの女の子たちによく話しかけられていたけれど、つれない態度と鋭く冷たい言動で、話しかけようとするクラスメイトは男女問わずいなくなっていった。 1番後ろの、窓側から2番目の席。 彼はその席で、いつもつまらなそうに授業を聞いて、つまらなそうに休み時間を過ごしている。 その隣の、1番窓側の席が、私の席だ。 彼と隣の席になって数ヶ月経つけれど、彼と言葉を交わしたことは、片手の指で数え足りるほどしかなかった。 「…あ、教科書…ない!」 次の授業に備えて数学の教科書を鞄から出そうとすると、ノートしか入っていないことに気が付く。 何故教科書が入ってないんだろう。 昨日家で宿題をして、ノートだけ鞄に入れて、教科書は机に置きっぱなしにしてしまったのかも…。 とりあえず、他のクラスの友達に借りに行こう。 そう思い席を離れようと立ち上がった瞬間、無慈悲にも鳴り響くチャイムの音。 絶望的…諦めるしかない。 私はすとんと再び席に着く。 こうなってしまったら、隣の席の人に見せてもらう、という手段一択になってしまった。 しかし隣の席はあの山田くん。 他に頼れる人がいない、この窓側の端の席は、こういうときばかりはついてないな、と思ってため息が出る。 勇気を出して山田くんに話しかけるべきなのはわかるけれど、その肝心の勇気が出ない。 そもそも彼は、私なんかに教科書を見せてくれるのだろうか。 誰も寄せ付けないオーラを放っている、あの彼が。 などとぐるぐる考えつつ、隣の彼の様子を伺う。 頬杖をついて黒板をぼうと眺める彼が、不意にこちらを、チラリと見た。 目が、ぱちっと合ってしまった。 慌てて目を逸らして、ぎゅっとスカートの裾を握りしめて、俯く。 すると隣から、はあ、とため息が聞こえてきて、かと思ったら、がたんという音と、人が動く気配がして。 「…教科書、忘れたならさっさと言えよ」 びっくりして、声のする方を見ると、私の机に自分の机をくっつける彼の姿。 机の端と端をぴたりとくっつけて、彼は自分の席にすとんと腰を下ろして、机の境目に教科書を置く。 そして、何事もなかったかのように、また頬杖をついて、前を向く。 突然の彼の行動にびっくりして、何も言えず唖然としてしまう。 だけれども、ぴたりとくっついている机と、その境目に置かれている教科書が、少しだけ私の方に傾いていることに気が付いて、思わず頬が緩んでしまう。 なんだ、近付くなオーラは、こんなにも簡単に引っ込んでしまうものなのか。 「ありがとう、山田くん」 彼の顔を覗き込むようにして言うと、頬杖をついたまま「ん、」と短く返事をする彼。 その彼が私と目を合わせようとしなかったこと、口元を抑えて頬杖をついていること、その手の間からちらりと見える彼の頬が少し赤いこと、全てが可愛く思えてしまって、なんだか幸せな気持ちになってしまった。

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#5 兎の夢

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誰かに愛されるというのも、悪くない。 理鶯といると、自分が愛されているのだと感じる。 誰も人は信じられないと思っていたが、理鶯なら信じてみてもいいのかもしれないと、どこかで思ってしまう自分がいる。 ふと隣を見ると、理鶯が微笑みながら、 「小官は貴殿を愛しているぞ。 」 と言う。 私もです、と言いかけて驚く。 自分が恋をしているのだと気付いて。 そして、正気に戻る。 こんな汚れた自分に恋など必要ない。 恋をすることなど、許されるわけがない。 俺は、そういった邪魔な感情を全て捨てて、麻薬をこの世から消すと誓ったんだ。 …理鶯といると、自分が自分でないような感覚に陥る。 自分が…幸せになってもいいような…そんな感覚。 「幸せになっていいわけないだろ。 」 もう一人の自分が耳元で囁く。 「見てみろよ。 もう手遅れなんだよ。 お前の手は汚れてる。 」 手元を見ると、血で染まった自分の手があった。 いつの間にか理鶯が目の前にいる。 そして、 「すまない。 貴殿とはもう、居られない。 」 と、理鶯が言った。 待ってくれ。 前が見えない。 隣を歩いていたはずの理鶯は、手を伸ばしても何処にもいない。 ずっと傍にいるって言ってくれたのに、何で一人で行っちゃうんだよ。 待ってくれ、置いて行かないでくれ。 俺を一人に……しないでくれよ… 「理鶯…。 」 そう言って、手を伸ばす。 その手は先程と同じく空を切る。 「………理鶯。 ……理鶯。 …理鶯。 」 返事をしてくれ。 もう一度その優しい笑顔で、心地よい低い声で、返事をしてくれ。 まだ、俺はお前に言えてないんだよ。 一人だけ告白して満足するなよ…。 「理鶯、何処にも行くな!俺の傍にいてくれ!」 「小官は此処にいるぞ、銃兎。 」 それまで空を切っていた手が、握られた…気がした。 何故今まで気が付かなかったのか。

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