スピッツ メンバー。 スピッツのメンバーについて

メンバー紹介

スピッツ メンバー

名前 草野 マサムネ (くさの まさむね) 本業 愛とエロスの 歌うたい、味わいの ギター弾き 副業 プチもの楽器 所属 フロントマン。 制作部門、アイドル部門 生誕地等 福岡県福岡市 0型 齢(よわい) 1967年 昭和42年)12月21日生 スピッツの末っ子 40歳 上背・目方 ややひかえめ・適量 眼力 左:悪し 右:悪し ひと言 筋金入りの頑固者にしてあまのじゃくの「ワビサビ系」ボーカリスト。 メディアから遠ざかるとすぐにヒゲを伸ばしたがるのが玉にキズ。 その"万年少年"のような澄んだ瞳や、麻薬のような声、琴線をつまびく楽曲でいたいけな婦女子を前後不覚におとしめる、日本ロック界の至宝にして A級戦犯。 実はアイドル好き、ゲーム好き、下ネタ好きという「そこいらのオトコノコと変わらない」俗物性を巧みに隠蔽(いんぺい)した、平成の「歌うエロ・ピーターパン」 名前 三輪 テツヤ (みわ てつや) 本業 心優しきこわもて ギター小僧 副業 コーラスガール(?)、またオファーがあればモデル 所属 エロ部門、ギャグ部門 生誕地等 静岡県静岡市 B型 齢(よわい) 1967年 昭和42年)5月17日生 数字上は長男、 40歳 上背・目方 やや遠慮がち・やや少なめ 眼力 グラサンは度付き、コンタクトは色付き ひと言 ほんとはシャイなスピッツ唯一の「ビジュアル系」ギタリスト。 抜群のファッションセンスをまだ幼い長男にいかに引き継ぐか、早くもファンの楽しみ。 "一人異彩を放つ"という免罪符の元に、実は堅気(かたぎ)でナイーブな性格をその奇抜なルックスで武装し続けるサイケデリック・ギター兄ちゃん。 「永遠の悪ガキ」キャラと、将来を心配させるヘアケア、そして突っ込みようのないパフォーマンスで母性本能をチクチクする孤高の 確信犯。 名前 田村 明浩 (たむら あきひろ) 本業 正義と狂気の子煩悩 ベースマン 副業 憑依(ひょうい)的ステージパフォーマンス、博徒 所属 元経理担当(アマ時代。 現在は桁が大きくなり過ぎて勇退) 生誕地等 静岡県藤枝市 A型 齢(よわい) 1967年 昭和42年)5月31日生 竹馬の友(テツヤ)とは誕生月も仲良し、 40歳 上背・目方 やや押さえ気味・適量 眼力 左:二重 右:一重 ひと言 スピッツのリーダーは実はこの「体育会系」ベーシスト。 Jリーガー「ゴン中山」氏は高校の同級生。 田村くんは観るサッカー好き。 大人しげな"見てくれ"は詐欺にも値する実は熱きギャンプラー。 残されたパフォーマンスは「火を吹く」のみとも言われ、今日も泥酔ステップでステージを転げまわる天下御免の暴れん坊将軍。 こんな不埒(ふらち)なベース弾きは世界広しと言えど「唯一無二」の 前科一犯(子供二人)。 名前 崎山 龍男 (さきやま たつお) 本業 地に足ついた牧歌的 ドラム打ち 副業 「動物王国」の会員、中華の鉄人 所属 引率係担当(未だ悪ガキぽさが抜けない他のメンバーをその落ち着いた雰囲気で中和する) 生誕地等 栃木県佐野市 B型 齢(よわい) 1967年 昭和42年)10月25日生 後半組の一人目、 40歳 上背・目方 やや奥ゆかし目・適量 眼力 良い。 大きい。 ひと言 動物とバイクをこよなく愛する「癒し系」ドラマー。 意外にも私生活はかなり謎だったが、2003年に待望の長男誕生。 愛犬「キナコ」がやきもちを焼きそうで心配している? こう見えても「昔は金髪を逆立ていた」若気のいたりを、「寡黙(かもく)」というキャラクターで封印してしまった、実はなかなかの 知能犯。 10代の少女から「ちゃんづけ」で呼ばれても違和感がない、その不思議で朴訥とした存在感。 「動物好きに悪い人はいない」ことを体感できる、スティックを持った「ムツゴロウの息子」。

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スピッツ、メンバー同士が顔を合わせることなくリモート制作した新曲「猫ちぐら」を配信リリース(2020年6月26日)|BIGLOBEニュース

スピッツ メンバー

本名は「草野正宗」で読み方は同じです。 インディーズ時代は「マサムネ」と名乗っていました。 あだ名は特に無く、間でも「草野」や「マサムネ」と呼ばれています。 スピッツの全曲の作詞を担当しており、また、ほとんどの曲のも手掛けています。 そして、その際には本名の「草野正宗」名義を使用しています。 ボーカル・のみならず、時にハーモニカ・タンバリンも担当しています。 性格ですが、自分では「あまのじゃくでひがみっぽい子分肌」と分析しています。 を中心にロックやフォークに多大な影響を受けており、パンクや日本のロックもこよなく愛しています。 元々は東京造形大学に入学し、そこで同級生となったの田村明浩と仲良くなり、を結成し、後にスピッツがスタートしました。 この2人がいなければスピッツは無かったでしょう。 ちなみに今のところ、結婚の発表はされていないので、独身とされています。 三輪テツヤ 本名は「三輪徹也」で読み方は同じです。 インディーズ時代は「テツヤ」と名乗っていました。 あだ名は「てっちゃん」や「テツヤ」と呼ばれています。 スピッツの一部の曲のも手掛けています。 ギターのみならず、時にコーラスも担当しています。 個性的な髪型と、サングラスがトレードマークで、ナチュラルな印象の他のメンバーとは一風変わった強面をしています。 しかし、実際の性格は気さくでトークも面白く、のMCでも笑いを取ることが多い役回りになっています。 演奏も決して派手ではなく、安定したアルペジオ中心のスタイルが特徴です。 これは少年時代に好きだった音楽の影響であり、特にレインボーが好きだったことで、このようなプレイスタイルに繋がったそうです。 の田村とは小学生の頃にすでに出会っており、縁の深い間柄です。 田村明浩 本名はそのままです。 インディーズ時代は「タムラ」と名乗っていました。 またデビュー初期は名前の表記が「田村アキヒロ」になっていました。 あだ名は スピッツのリーダーであることから「リーダー」や「田村」と呼ばれています。 スピッツの一部の曲のも手掛けています。 ベースのみならず、時にコーラスも担当しています。 前述もしましたが、草野マサムネ・三輪テツヤとは縁が深く、田村明浩がいたことでスピッツが結成されたと言っても過言ではないでしょう。 そんなこともあり、リーダーになっています。 見た目の地味さとは裏腹に、演奏スタイルは非常にアクティブです。 ベースを弾きながらステージを駆け回ったり、飛び跳ねたりする姿が有名です。 意外にもアクティブなその気性は、競馬などのギャンブル好きにも繋がっているかもしれません。 クイーンをこよなく愛し、多大な影響を受けています。

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メンバー紹介

スピッツ メンバー

初期の頃、スピッツは繊細な世界観を持つバンドとして認知されていたので、野外は似合わないと思われていた。 確かにリリックをじっくり噛みしめながら聴きたい歌が多いだけに、それは当然のことだったのかもしれない。 だが、バンドはキャリアを重ねるごとにたくましさを増し、野外イベントでもその魅力を発揮するようになっていった。 一方、当のスピッツは、野外というより、大規模ライヴをやらない方針をデビュー時から打ち出していた。 派手な演出は無し。 バンドの持つ温かさが伝わるライヴを身上としてきたのだ。 だから2009年、結成22年目にして初めてさいたまスーパーアリーナ公演を行なった際、大きなニュースになった。 そうしてアリーナ・ライヴは大成功。 そこには、大会場なのに普段とまったく変わらないスピッツがいた。 それはとてもスピッツらしいアリーナ・ライヴだった。 赤レンガ倉庫に夕暮れが迫ってくる。 海をはさんで会場の反対側にある公園の斜面には、遠くからスピッツのライヴを楽しもうというファンの姿が見える。 15,000人を収容して満員の会場に入りきれなかった人たちなのだろう。 会場の中は、これだけの人数が詰めかけているのに、とても整然としている。 スピッツとともに成長してきたファンたちは、音楽の穏やかな楽しみ方を知っている。 それでも開演時間が来て、ステージ背後の大スクリーンに入場してくるメンバーの姿が映されると、大きな歓声が起こった。 カメラが切り替わって、会場の全景が映し出される。 港の古い建物が、スピッツによく似合う。 三輪テツヤがギターでコードを鳴らすと、すかさず草野マサムネがシェイカーを振りながら 「恋のうた」を歌い始めた。 オープニングは2曲続けてミディアム・ナンバーだ。 とはいえバンドのアンサンブルは最初の1音から素晴らしい。 田村明浩のベース、? 山龍男のドラム、 欠かせないサポート・キーボードのクジヒロコが、楽器はもちろん、コーラスがサウンドの要になって、澄んだ音楽が海風に乗って広がっていく。 絶好のスタートを切ったスピッツは、高いテンションでライヴを進めていく。 「ハチミツ」は大ヒット曲らしからぬ落ち着きがカッコいい。 と 思っていたら、草野が歌詞をトバしてしまい、会場は大笑い。 これでバンドもオーディエンスも一気にリラックスして、サビからはハンドクラップが起こったのだった。 「だいぶ暗くなってきました。 どーなん、スピッツは? こんなロマンティックな横浜に合ってますか?」と、三輪が切り出す。 「久々に『夏が終わる』を演奏しました。 20年前の曲です。 1993年は夏が寒くて、お米が足りなくなった年。 この曲を暑い夏に向けて作ったんですけど、見事にハズれました。 だから暑かった今年に、歌えてよかったです(笑)。 ニューアルバムが出ました。 そのタイトル曲『小さな生き物』を、今日初めて人前で歌いました」と草野。 さらにニューアルバムから「さらさら」を歌う。 それにしても、大きなスピーカーから会場に流れてくる、野外とは思えないハイクオリティなPAサウンドは特筆に価する。 大規模ライヴに慎重なバンドの誠実な姿勢を、改めて感じて嬉しくなった。 ちょうど会場のいちばん後ろまで行ったときに、ニューアルバム中の佳曲「ランプ」が始まった。 震災を経験した心あるミュージシャンの誰もが、歌うことの意味を問われた。 ギターの美しいアルペジオに乗って、《遠くまででも 歩いていくよ 命が 灯ってる限り》という歌詞に差しかかる頃、海風が涼しく吹き始めた。 隣接するレンガの建物のガラス窓や、遠くに見える高層ホテルの窓に灯りが灯る。 この歌が、この日最高のナンバーとなった。 アンコールでは田村が「オレらの音楽がいちばん後ろにも届いてるんでしょうか? この歓声を、今、アジカンがライヴやってる横浜スタジアムに届かせよう!」と叫ぶ。 そう、スピッツをリスペクトする若手ナンバーワンバンドが、同じ横浜でライヴを同時刻にやっているのだ。 会場から大きな歓声が上がる。 続いて草野が語る。 「このライヴのセットリストを作っている途中に気が付いたんですけど、これまで出してきた14枚のアルバムから曲が選ばれている。 次の曲で全部揃います」。 5thアルバム『空の飛び方』からの「ベビーフェイス」は、これもコーラスが心地よく響く。 すべての演奏が終わった後、花火が夜空を彩った。 それまで静かに聴き入っていたファンから、大きな大きな拍手と歓声が起こる。 打ち上げでメンバーにライヴもニューアルバムも素晴らしかったと伝えると、4人は本当に嬉しそうに笑顔を返してくれたのだった。

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