妹はびっぱー。 妹はVIPPER

リトルdeびっち! 〜小悪魔な妹〜

妹はびっぱー

びっきーに2通目の年賀状が届いた。 1通目は、かかりつけの動物病院から。 そして2通目は、遥々オーストラリアの娘から。 アボリジニアートの絵ハガキだ。 「明けましておめでとう」から始まり、「写真見たよ。 びっきーは元気そうだね。 2月に帰ったら一緒に散歩に行こうね」とかかれている。 父でも母でも妹でもなく、びっきー宛てというところが何とも彼女らしい。 びっきーに見せると、まさか娘の匂いがする訳はあるまいが、ひとしきり匂いを確認していた。 「きみの飼い主は、今頃、何してるんだろうねぇ」 びっきーの頭をなでたが、返事はない。 2月はすぐそこまで来ているんだなと、あらためて思う。 1年など本当にあっと言う間だ。 わたしが小さな毎日を変わりなく過ごしているあいだに、彼女は、日本ではできない様々な体験をしていたのだろう。 もうすっかり、背中に羽根が生えているかもしれない。 びっきーに届いたエアメールのように、世界中何処へでも飛んで行けそうなほどに、大きく成長した羽根が。 「それも、いいか」 ふたたび、びっきーの頭をなでたが、やはり返事は返ってこなかった。 「よくない」と彼が思ったかどうかは定かではない。 ややっ!? これは姫の匂いが! 姫、何処におられるのですか? びっきーは、淋しいです。 姫ぇぇぇぇぇ。 雪の日。 長靴を履いてびっきーと散歩に出かけた。 びっきーは雪が大好きで、雪の上をサクサク音を立てリズミカルに歩く。 雪を食べたり、蹴散らしたり、顔を突っ込んで匂いを嗅いだり、遊びながら散歩するので、いつもの道に倍の時間がかかる。 北風はなく穏やかな陽が差し、青空が見え始めた。 わたしもびっきーペースの、のんびりとした気分になり、雪をかぶったアメリカセンダングサや、セキレイが尻尾を振る様子や、ジョウビタキの羽根に入った白いラインを眩しく眺める。 鳥達も心なしかいつもよりのんびりしているように見え、近くで眺めていても慌てて飛んで行ったりしない。 やること、やらなきゃならないことが、列を成して並んでいる。 何かと忙しく慌ただしい。 だが雪の休日、びっきーとのんびり散歩して、のんびりペースを思い出した。 「気持ちいいなぁ」と声に出してみる。 わたしの声に驚いたのか、山鳩が3羽、冬枯れの草むらから飛び立った。 のんびりペースを思い出すと、いったい何をせかせかとしていたんだろうと可笑しくなる。 のんびりと夕飯に娘の好きな八宝菜を作り、のんびりと薪を運んで火を燃やし、のんびりと娘を図書館に迎えに行き、のんびりと風呂を沸かした。 柚子湯にのんびりとつかり、考えた。 やっていることも時間もたぶん変わらない。 だったらのんびりいこうよと。 でもそれがなかなかできないんだよなぁ。 僕はのんびりしていた訳ではありません。 ん!? この匂いは! んんっ?? 分析解明に忙しいんです。 雪が匂いを消してしまうので、たいへんなんです。 顔を突っ込んで遊んでいるなんて、ひどい誤解だ。 オーストラリアの娘からびっきーの絵が届いた。 彼女は絵が苦手だったように思うが、似ている。 12月に帰る予定を2月に延ばしたのは彼女だが、ホームシックならぬびっきーシックだろうか。 これまでも度々びっきーに会いたいとfacebookでつぶやいているのを見かけた。 彼女がびっきーを可愛がる様は、わたしにはとても微笑ましく映る。 みずがめ座的冷たさを持つわたしは、びっきーとも適度に距離を置き、同じ部活でたまたまペアを組んだ友人のごとくつきあっている。 悪い奴じゃないとおたがい分かってはいるけれど、相容れないところを持ち合わせているペア。 しかし、決して仲が悪いわけではない。 最近びっきーは、軽トラに飛びかからずお座りして我慢することを覚えた。 と言うのも、何故か4歳位から走って行く軽トラに限り、飛びかかるようになってしまったのだ。 乗用車には目もくれない。 軽だからという訳でもない。 軽トラックオンリーに反応する。 散歩中、農作業の軽トラが2、3回は通るし、本気で飛びかかっていくので、ものすごく危険だ。 びっきー本人が。 それでわたしは根気よくジャーキーを持ち歩き、軽トラが通る前にびっきーを脇に座らせて待たせ、通り過ぎた時にジャーキーをあげるようにした。 今では、軽トラ=ジャーキー。 呼ばなくても自分でわたしの脇に座るようになった。 ちぎったジャーキーを放り投げると、嬉しそうに空中キャッチする。 娘が教えたこの技は健在だ。 たまたま組んだだけの、特に気が合う訳じゃないペアだって、時と共にその距離は、わずかではあるかもしれないけれど縮まっていくものなのだ。 夫は、軽トラが通り過ぎてもジャーキーをあげません。 「あれ? あれ? ジャーキーですよね?」と、びっきーは催促します。 夫は、途中でトレーニングをするので、それを待っていたご褒美に、 ジャーキーと決めているようです。 「統一性がないなぁ」とびっきーが思っているかどうかはわかりません。 夫と喧嘩した。 びっきーのことでだ。 夕方の散歩。 帰路西陽に向かい、わたしはびっきーと歩いていた。 西陽の眩しさに目が眩んで前は見えなかったが、もう家に着く辺りだったので安心しきってのんびりと歩いていた。 その途端だ。 わたしの後ろにいたびっきーが、勢いよく前に向かって走り出した。 知らない散歩の犬がいたのだ。 何が起こったのがわからず、そのままわたしのリードを持った右手は強い力で引っ張られた。 伸縮性リードで引っ張られるまでに1秒ほどあったおかげで、びっきーを止めることはできたものの、肩を痛めた。 夜帰ってきた夫にそれを話した。 「また引っ張られて、肩傷めちゃった」 ただ一言「だいじょうぶ?」と優しい言葉をかけて欲しかったのだ。 けれど夫の反応は予測不可能な方向に向かって行った。 「また? 何で注意できないの? びっきーが引っ張ることはわかってるのに」 「だって、西陽で前が見えなかったんだよ」 「注意してないから、引っ張られるんだよ」 さらに夫はジャーキーは褒める時以外にあげるなとか、後ろを歩かせないとだめだとか、言いたい放題。 「もういい。 びっきーの散歩なんか行かない」わたしはひねくれて言った。 「行かなきゃいいでしょ」夫も売り言葉に買い言葉だ。 わたしはいじけて先にベッドに入り眠った。 眠りながら思い出した。 そうだ。 彼は心配すると怒ってしまう性質なのだと。 「おはよう!」翌朝は明るく挨拶した。 「おはよう」夫も夕べの喧嘩などなかったように挨拶を返してくれた。 そして彼は、会社に行く前にびっきーを散歩に連れ出し、3日分の薪をリビングに運んでくれた。 わたしは肩にフェイタスを貼り、今日もびっきーと散歩に行く。 初冬は大好きな季節です 暑くないのが何よりです 落ち葉に埋もれてのんびり日向ぼっこ いいですよね~ 夫婦喧嘩? 食べたくありませんね そんなもの でも ジャーキーより美味しいのかな? 我が家の愛犬びっきーは、純粋な(?)雑種だ。 しかしその名前だけは雑種ではない。 ビーグルのびっきー。 ビーグルから付けられた名なのだ。 犬が欲しいという10歳の娘のために、友人が、もうすぐ赤ちゃんを産むという母さん犬を紹介してくれた。 夫婦ともにビーグルで、何度も出産しているという。 見に行くと母さん犬は重たそうなお腹を横たえていたが、わたし達を見ると、吠えるでもなく嬉しそうに近づいてきた。 父さん犬もおなじくで人懐っこい。 娘は母さん犬を撫で、お腹の子犬に名前を付けた。 「びっきー」 生まれる日を心待ちにし、何度かビーグル夫婦を見に行った。 しかし、そのうち妙なことが起こった。 母さん犬のお腹が少しずつ縮んできたのだ。 そして子犬を生んでもいないのにすっかりもとの大きさに戻ってしまった。 「想像妊娠だったみたいだ。 悪かったね」 飼い主さんは言った。 犬でも赤ちゃんが欲しくなり想像妊娠することがあるのだそうだ。 びっきーはビーグルからは生まれなかった。 びっきーはその頃たぶん何処かで捨てられて、里親の会に引き取られていたのだろう。 そしてビーグルが生まれてこなかったおかげで娘の犬になった。 「びっきー」 ビーグルじゃない子犬を娘は愛おしそうに呼んだ。 昨年の冬 上の娘と一緒に うれしそうにお手するびっきー 昨日のびっきーの散歩には毛糸の帽子をかぶって臨んだ。 今からそんなことを言っててどうするんだ? と思うが寒いものは寒い。 つい先週まで帽子は紫外線対策用だったのに、耳を温めるものに変わった。 しかし、フリースを着て、毛糸の帽子をかぶり、手袋をすれば、まだまだ快適に散歩できる。 冬本番はずっと先なのだ。 びっきーはと言えば、このくらいの寒さは何とも思っていないようだ。 「北海道犬の血が入っていますね」 躾を教わったブリーダーは、びっきーの足を見て言った。 真冬でも外の犬小屋ですごす彼は、凍った雪の上をサクサク音を立てて歩くのも大好きだ。 「霜焼けになるよ、びっきー」と言っても、 「霜焼けって何ですか?」と素知らぬ顔だ。 もし寒さ対策のためにワンちゃん用の服など着せようものなら、狂ったように抵抗するだろう。 「何するんですか? 窮屈なのはダメなんです!」 捨て犬だったびっきーは、里親の会が飼い主を募るイベントで、10匹ほどの子犬達と一緒にケージに入っていた。 犬を飼いたいと望んでいた10歳の娘は、じっと子犬達を見つめ、やがてびっきーを抱き上げた。 『縁』たった一文字のこの言葉の意味の何と深きことよ。 びっきーは、最初から安心しきった様子で娘に抱かれていた。 「びっきー」 娘は子犬の名を呼んだ。 名前はもう、会う前から決まっていたのだ。 彼女が差し出した小さな手のおかげで、彼は今、けっこう幸せなんじゃないかな。 毛糸の帽子をびっきーのリードの隣にスタンバイさせ、冬支度がまたひとつ完了した。 娘の部屋に飾ってある12年前のびっきーの写真 週末はいつも夫と歩く。 朝夕のびっきーとの散歩だ。 ウォーキング中のご近所さんと立ち話したり、夕焼けを眺めたり、ワイン用葡萄収穫中のほろ酔いになりそうなほど香り立つ空気を一緒に吸ったり、読んだ本のことを話したりしながら、びっきーといろんなコースを歩く。 歩きながら『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(大和書房)という読んだばかりだという本の話を夫から聞いた。 「人は箱に入ってしまうと言い訳を始めるって、かいてあるんだ」 「箱に入るって? 自分の殻に閉じこもるとか?」 「それがちょっと違って、うーん。 自分の気持ちを裏切って自分を正当化することかな。 たとえば、赤ん坊が泣いてて妻は眠ってる。 疲れて眠ってるんだな、手伝ってあげたいなと思う。 でも自分だって仕事で疲れてる」 「そこで言い訳を始めるんだ」 「そう。 俺は仕事でがんばってるとか、なのになぜ妻は起きないんだとか、そもそも子育ては母親の仕事だとか。 だから悪いのは妻だと思った瞬間箱に入ってしまうって感じかな」 「自分を正当化するために、言い訳しなくちゃならなくなるんだね」 「その箱に入った人同士が話をしてうまくいくかってとこがキーなんだ」 「赤ん坊をどうするかは別にしても、確かに自分を正当化している人同士じゃ話し合いにはならないね」 「うん。 箱に入った人同士が話し合っても、箱がぶつかるだけなんだよ」 「箱から出なくちゃならないね」 「まずは相手を理解しようと考えて、ようやく箱から出られるんだ。 それを読んで思った。 君は子ども達に対して箱に入らずに接してるって」 「いつも肯定するところから始めたいとは思ってきたけど、箱に入ってたことも多かったんじゃないかな」 それだけ話して、しばらくふたり黙って歩いた。 夫は仕事に必要だと思って買った本だと言っていた。 彼は今月、末娘の誕生日と日にちを合わせ2つ目の会社を設立した。 わたしは箱に入っていないだろうか。 自分を正当化するために誰かを否定していないだろうか。 否定し追いつめていないだろうか。 箱がぶつかるだけの関係なんて悲しい。 たぶん夫もそう思いながら歩いていたと思う。 びっきーはどうだかわからないけれど。 僕はいつだって箱には入りません 入るのは犬小屋だけと決めています おとーさんとおかーさんが 箱に入っている姿は時々目にします 僕がリードを引っ張ったり 拾い食いしたりするのを否定します どうしてかな? 肯定するところから始めようよ オーストラリアにいる22歳の娘がメールのたびに聞いてくることがある。 「それで、びっきーは元気?」 彼女の10歳のバースディにプレゼントした愛犬のことだ。 彼はとても元気だ。 元気すぎるくらい元気だ。 12歳のおじいちゃんとは思えないほどに本当に元気だ。 彼女は知っていることだが、おかげでわたしは骨折もしたし、テニス肘にもなり1年間痛みが引かなかった。 間違えてもびっきーのせいで、と言ってはいけない。 「犬のせいではありません。 飼い主の不注意です。 犬に悪意はありません。 しつけが行き届いていないために起こった事故ですから」 と、愛犬家さん達にたしなめられるのがオチだ。 その後も彼の瞬発力はまったく衰えていない。 伸縮性のリードに替え、急に引っ張られた場合に備え集中力を欠かないよう気をつけて散歩しているが、擦り傷程度のケガは絶えない。 自然とわたしは彼とは距離を置き、みずがめ座らしいクールさで接することになる。 朝夕散歩し、おすわりをすれば頭を撫で、水を切らさずエサを与え、注射に連れて行き、フィラリアの薬を飲ませているのもわたしだが、彼はその距離を正確に把握し、彼もまた同じだけの距離を置いてわたしに接してくる。 帰宅したときの反応にその差が顕著に出る。 夫と上の娘の場合は、犬小屋から出てきて笑顔で尻尾を振る。 下の娘の場合は、犬小屋の中で顔だけ上げる。 ところがわたしの場合には、微動だにしない。 目線を上げることすらしない。 「びっきー。 わたしってそんなに冷たくしてる?」 じつは心身ともに傷ついているのは、こちらの方なのだ。 オーストラリアから娘が帰ってきたら、びっきーは大喜びし、ちぎれんばかりに尻尾を振ることだろう。 悔しい。 夏毛に生え変わりちょっとスリムになりました.

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妹はびっぱー

びっきーに2通目の年賀状が届いた。 1通目は、かかりつけの動物病院から。 そして2通目は、遥々オーストラリアの娘から。 アボリジニアートの絵ハガキだ。 「明けましておめでとう」から始まり、「写真見たよ。 びっきーは元気そうだね。 2月に帰ったら一緒に散歩に行こうね」とかかれている。 父でも母でも妹でもなく、びっきー宛てというところが何とも彼女らしい。 びっきーに見せると、まさか娘の匂いがする訳はあるまいが、ひとしきり匂いを確認していた。 「きみの飼い主は、今頃、何してるんだろうねぇ」 びっきーの頭をなでたが、返事はない。 2月はすぐそこまで来ているんだなと、あらためて思う。 1年など本当にあっと言う間だ。 わたしが小さな毎日を変わりなく過ごしているあいだに、彼女は、日本ではできない様々な体験をしていたのだろう。 もうすっかり、背中に羽根が生えているかもしれない。 びっきーに届いたエアメールのように、世界中何処へでも飛んで行けそうなほどに、大きく成長した羽根が。 「それも、いいか」 ふたたび、びっきーの頭をなでたが、やはり返事は返ってこなかった。 「よくない」と彼が思ったかどうかは定かではない。 ややっ!? これは姫の匂いが! 姫、何処におられるのですか? びっきーは、淋しいです。 姫ぇぇぇぇぇ。 雪の日。 長靴を履いてびっきーと散歩に出かけた。 びっきーは雪が大好きで、雪の上をサクサク音を立てリズミカルに歩く。 雪を食べたり、蹴散らしたり、顔を突っ込んで匂いを嗅いだり、遊びながら散歩するので、いつもの道に倍の時間がかかる。 北風はなく穏やかな陽が差し、青空が見え始めた。 わたしもびっきーペースの、のんびりとした気分になり、雪をかぶったアメリカセンダングサや、セキレイが尻尾を振る様子や、ジョウビタキの羽根に入った白いラインを眩しく眺める。 鳥達も心なしかいつもよりのんびりしているように見え、近くで眺めていても慌てて飛んで行ったりしない。 やること、やらなきゃならないことが、列を成して並んでいる。 何かと忙しく慌ただしい。 だが雪の休日、びっきーとのんびり散歩して、のんびりペースを思い出した。 「気持ちいいなぁ」と声に出してみる。 わたしの声に驚いたのか、山鳩が3羽、冬枯れの草むらから飛び立った。 のんびりペースを思い出すと、いったい何をせかせかとしていたんだろうと可笑しくなる。 のんびりと夕飯に娘の好きな八宝菜を作り、のんびりと薪を運んで火を燃やし、のんびりと娘を図書館に迎えに行き、のんびりと風呂を沸かした。 柚子湯にのんびりとつかり、考えた。 やっていることも時間もたぶん変わらない。 だったらのんびりいこうよと。 でもそれがなかなかできないんだよなぁ。 僕はのんびりしていた訳ではありません。 ん!? この匂いは! んんっ?? 分析解明に忙しいんです。 雪が匂いを消してしまうので、たいへんなんです。 顔を突っ込んで遊んでいるなんて、ひどい誤解だ。 オーストラリアの娘からびっきーの絵が届いた。 彼女は絵が苦手だったように思うが、似ている。 12月に帰る予定を2月に延ばしたのは彼女だが、ホームシックならぬびっきーシックだろうか。 これまでも度々びっきーに会いたいとfacebookでつぶやいているのを見かけた。 彼女がびっきーを可愛がる様は、わたしにはとても微笑ましく映る。 みずがめ座的冷たさを持つわたしは、びっきーとも適度に距離を置き、同じ部活でたまたまペアを組んだ友人のごとくつきあっている。 悪い奴じゃないとおたがい分かってはいるけれど、相容れないところを持ち合わせているペア。 しかし、決して仲が悪いわけではない。 最近びっきーは、軽トラに飛びかからずお座りして我慢することを覚えた。 と言うのも、何故か4歳位から走って行く軽トラに限り、飛びかかるようになってしまったのだ。 乗用車には目もくれない。 軽だからという訳でもない。 軽トラックオンリーに反応する。 散歩中、農作業の軽トラが2、3回は通るし、本気で飛びかかっていくので、ものすごく危険だ。 びっきー本人が。 それでわたしは根気よくジャーキーを持ち歩き、軽トラが通る前にびっきーを脇に座らせて待たせ、通り過ぎた時にジャーキーをあげるようにした。 今では、軽トラ=ジャーキー。 呼ばなくても自分でわたしの脇に座るようになった。 ちぎったジャーキーを放り投げると、嬉しそうに空中キャッチする。 娘が教えたこの技は健在だ。 たまたま組んだだけの、特に気が合う訳じゃないペアだって、時と共にその距離は、わずかではあるかもしれないけれど縮まっていくものなのだ。 夫は、軽トラが通り過ぎてもジャーキーをあげません。 「あれ? あれ? ジャーキーですよね?」と、びっきーは催促します。 夫は、途中でトレーニングをするので、それを待っていたご褒美に、 ジャーキーと決めているようです。 「統一性がないなぁ」とびっきーが思っているかどうかはわかりません。 夫と喧嘩した。 びっきーのことでだ。 夕方の散歩。 帰路西陽に向かい、わたしはびっきーと歩いていた。 西陽の眩しさに目が眩んで前は見えなかったが、もう家に着く辺りだったので安心しきってのんびりと歩いていた。 その途端だ。 わたしの後ろにいたびっきーが、勢いよく前に向かって走り出した。 知らない散歩の犬がいたのだ。 何が起こったのがわからず、そのままわたしのリードを持った右手は強い力で引っ張られた。 伸縮性リードで引っ張られるまでに1秒ほどあったおかげで、びっきーを止めることはできたものの、肩を痛めた。 夜帰ってきた夫にそれを話した。 「また引っ張られて、肩傷めちゃった」 ただ一言「だいじょうぶ?」と優しい言葉をかけて欲しかったのだ。 けれど夫の反応は予測不可能な方向に向かって行った。 「また? 何で注意できないの? びっきーが引っ張ることはわかってるのに」 「だって、西陽で前が見えなかったんだよ」 「注意してないから、引っ張られるんだよ」 さらに夫はジャーキーは褒める時以外にあげるなとか、後ろを歩かせないとだめだとか、言いたい放題。 「もういい。 びっきーの散歩なんか行かない」わたしはひねくれて言った。 「行かなきゃいいでしょ」夫も売り言葉に買い言葉だ。 わたしはいじけて先にベッドに入り眠った。 眠りながら思い出した。 そうだ。 彼は心配すると怒ってしまう性質なのだと。 「おはよう!」翌朝は明るく挨拶した。 「おはよう」夫も夕べの喧嘩などなかったように挨拶を返してくれた。 そして彼は、会社に行く前にびっきーを散歩に連れ出し、3日分の薪をリビングに運んでくれた。 わたしは肩にフェイタスを貼り、今日もびっきーと散歩に行く。 初冬は大好きな季節です 暑くないのが何よりです 落ち葉に埋もれてのんびり日向ぼっこ いいですよね~ 夫婦喧嘩? 食べたくありませんね そんなもの でも ジャーキーより美味しいのかな? 我が家の愛犬びっきーは、純粋な(?)雑種だ。 しかしその名前だけは雑種ではない。 ビーグルのびっきー。 ビーグルから付けられた名なのだ。 犬が欲しいという10歳の娘のために、友人が、もうすぐ赤ちゃんを産むという母さん犬を紹介してくれた。 夫婦ともにビーグルで、何度も出産しているという。 見に行くと母さん犬は重たそうなお腹を横たえていたが、わたし達を見ると、吠えるでもなく嬉しそうに近づいてきた。 父さん犬もおなじくで人懐っこい。 娘は母さん犬を撫で、お腹の子犬に名前を付けた。 「びっきー」 生まれる日を心待ちにし、何度かビーグル夫婦を見に行った。 しかし、そのうち妙なことが起こった。 母さん犬のお腹が少しずつ縮んできたのだ。 そして子犬を生んでもいないのにすっかりもとの大きさに戻ってしまった。 「想像妊娠だったみたいだ。 悪かったね」 飼い主さんは言った。 犬でも赤ちゃんが欲しくなり想像妊娠することがあるのだそうだ。 びっきーはビーグルからは生まれなかった。 びっきーはその頃たぶん何処かで捨てられて、里親の会に引き取られていたのだろう。 そしてビーグルが生まれてこなかったおかげで娘の犬になった。 「びっきー」 ビーグルじゃない子犬を娘は愛おしそうに呼んだ。 昨年の冬 上の娘と一緒に うれしそうにお手するびっきー 昨日のびっきーの散歩には毛糸の帽子をかぶって臨んだ。 今からそんなことを言っててどうするんだ? と思うが寒いものは寒い。 つい先週まで帽子は紫外線対策用だったのに、耳を温めるものに変わった。 しかし、フリースを着て、毛糸の帽子をかぶり、手袋をすれば、まだまだ快適に散歩できる。 冬本番はずっと先なのだ。 びっきーはと言えば、このくらいの寒さは何とも思っていないようだ。 「北海道犬の血が入っていますね」 躾を教わったブリーダーは、びっきーの足を見て言った。 真冬でも外の犬小屋ですごす彼は、凍った雪の上をサクサク音を立てて歩くのも大好きだ。 「霜焼けになるよ、びっきー」と言っても、 「霜焼けって何ですか?」と素知らぬ顔だ。 もし寒さ対策のためにワンちゃん用の服など着せようものなら、狂ったように抵抗するだろう。 「何するんですか? 窮屈なのはダメなんです!」 捨て犬だったびっきーは、里親の会が飼い主を募るイベントで、10匹ほどの子犬達と一緒にケージに入っていた。 犬を飼いたいと望んでいた10歳の娘は、じっと子犬達を見つめ、やがてびっきーを抱き上げた。 『縁』たった一文字のこの言葉の意味の何と深きことよ。 びっきーは、最初から安心しきった様子で娘に抱かれていた。 「びっきー」 娘は子犬の名を呼んだ。 名前はもう、会う前から決まっていたのだ。 彼女が差し出した小さな手のおかげで、彼は今、けっこう幸せなんじゃないかな。 毛糸の帽子をびっきーのリードの隣にスタンバイさせ、冬支度がまたひとつ完了した。 娘の部屋に飾ってある12年前のびっきーの写真 週末はいつも夫と歩く。 朝夕のびっきーとの散歩だ。 ウォーキング中のご近所さんと立ち話したり、夕焼けを眺めたり、ワイン用葡萄収穫中のほろ酔いになりそうなほど香り立つ空気を一緒に吸ったり、読んだ本のことを話したりしながら、びっきーといろんなコースを歩く。 歩きながら『自分の小さな「箱」から脱出する方法』(大和書房)という読んだばかりだという本の話を夫から聞いた。 「人は箱に入ってしまうと言い訳を始めるって、かいてあるんだ」 「箱に入るって? 自分の殻に閉じこもるとか?」 「それがちょっと違って、うーん。 自分の気持ちを裏切って自分を正当化することかな。 たとえば、赤ん坊が泣いてて妻は眠ってる。 疲れて眠ってるんだな、手伝ってあげたいなと思う。 でも自分だって仕事で疲れてる」 「そこで言い訳を始めるんだ」 「そう。 俺は仕事でがんばってるとか、なのになぜ妻は起きないんだとか、そもそも子育ては母親の仕事だとか。 だから悪いのは妻だと思った瞬間箱に入ってしまうって感じかな」 「自分を正当化するために、言い訳しなくちゃならなくなるんだね」 「その箱に入った人同士が話をしてうまくいくかってとこがキーなんだ」 「赤ん坊をどうするかは別にしても、確かに自分を正当化している人同士じゃ話し合いにはならないね」 「うん。 箱に入った人同士が話し合っても、箱がぶつかるだけなんだよ」 「箱から出なくちゃならないね」 「まずは相手を理解しようと考えて、ようやく箱から出られるんだ。 それを読んで思った。 君は子ども達に対して箱に入らずに接してるって」 「いつも肯定するところから始めたいとは思ってきたけど、箱に入ってたことも多かったんじゃないかな」 それだけ話して、しばらくふたり黙って歩いた。 夫は仕事に必要だと思って買った本だと言っていた。 彼は今月、末娘の誕生日と日にちを合わせ2つ目の会社を設立した。 わたしは箱に入っていないだろうか。 自分を正当化するために誰かを否定していないだろうか。 否定し追いつめていないだろうか。 箱がぶつかるだけの関係なんて悲しい。 たぶん夫もそう思いながら歩いていたと思う。 びっきーはどうだかわからないけれど。 僕はいつだって箱には入りません 入るのは犬小屋だけと決めています おとーさんとおかーさんが 箱に入っている姿は時々目にします 僕がリードを引っ張ったり 拾い食いしたりするのを否定します どうしてかな? 肯定するところから始めようよ オーストラリアにいる22歳の娘がメールのたびに聞いてくることがある。 「それで、びっきーは元気?」 彼女の10歳のバースディにプレゼントした愛犬のことだ。 彼はとても元気だ。 元気すぎるくらい元気だ。 12歳のおじいちゃんとは思えないほどに本当に元気だ。 彼女は知っていることだが、おかげでわたしは骨折もしたし、テニス肘にもなり1年間痛みが引かなかった。 間違えてもびっきーのせいで、と言ってはいけない。 「犬のせいではありません。 飼い主の不注意です。 犬に悪意はありません。 しつけが行き届いていないために起こった事故ですから」 と、愛犬家さん達にたしなめられるのがオチだ。 その後も彼の瞬発力はまったく衰えていない。 伸縮性のリードに替え、急に引っ張られた場合に備え集中力を欠かないよう気をつけて散歩しているが、擦り傷程度のケガは絶えない。 自然とわたしは彼とは距離を置き、みずがめ座らしいクールさで接することになる。 朝夕散歩し、おすわりをすれば頭を撫で、水を切らさずエサを与え、注射に連れて行き、フィラリアの薬を飲ませているのもわたしだが、彼はその距離を正確に把握し、彼もまた同じだけの距離を置いてわたしに接してくる。 帰宅したときの反応にその差が顕著に出る。 夫と上の娘の場合は、犬小屋から出てきて笑顔で尻尾を振る。 下の娘の場合は、犬小屋の中で顔だけ上げる。 ところがわたしの場合には、微動だにしない。 目線を上げることすらしない。 「びっきー。 わたしってそんなに冷たくしてる?」 じつは心身ともに傷ついているのは、こちらの方なのだ。 オーストラリアから娘が帰ってきたら、びっきーは大喜びし、ちぎれんばかりに尻尾を振ることだろう。 悔しい。 夏毛に生え変わりちょっとスリムになりました.

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リトルdeびっち! 〜小悪魔な妹〜

妹はびっぱー

小学校の書道で見た、 硯 すずり に溜まっていく 墨 すみ のような 静謐 せいひつ な瞳。 困ったように小さく微笑む姿がやたらと似合うのがどうしようもなく好きで、わざとわがままを言って困らせたりもした。 彼女は知らない。 小競り合いの絶えない、半ば喧嘩仲間に片足を突っ込んでいるような実の兄も。 若干不思議系が入ってはいるものの優しく、穏やかで面倒見の良い未来の義姉も。 兄の元は女で、義姉の元が男の生まれ変わりであると。 だけれど、彼女にとっては生まれてから十数年ともに過ごした時間だけが間違いなく正しいもので、結局のところ、彼女は兄と将来の義姉をもつ、ただの妹だった。 「いいか。 これはおまえの兄としての助言。 恋人は早いうちに見つけるんだ。 学生服っていうのはな。 コスプレになる前にいちゃついて、コスプレになってからいちゃつく。 二度美味しい。 むしろ二度目が美味しい。 やっぱり幼馴染はいいぞ。 おれは何回死んでもこの持論を変えるつもりはない。 滑り台行きでも、負け属性でもないんだよ。 おまえのお義姉ちゃんは正直、ずぅっと昔からぼんやりおっとりしててそこはかとなくエロかった」 「ああ゛ぁ゛ぁ゛!聞きたくないったら聞きたくなぁい!おねーちゃんを汚すなぁっ!お兄ちゃんの変態!死ね!うっさぁいっ!」 「おまえが『おねーちゃん、おねーちゃん』ってやつの腰に抱き着いてた頃にはおれはもうおまえのお義姉ちゃんのスカートの中に顔を突っ込んであの柔らかそうな太腿を脳みそに焼き付けてた」 「へんなこと想像させんなァッ!私の綺麗な想い出をお兄ちゃんの欲望で汚さないでっ!ああああ゛ぁ゛ぁぁァァァ゛!!!」 「叫び方までそっくり。 ……兄妹だからか?昔の おれ あたし にそっくりなのは因果なものまで感じるわ。 「うん。 うーん……」 こたつの上に広げられた『冬休みの宿題』と銘打たれたそれと向き合いながら小さな女の子が唸っている。 だが、無情なことにそんなことをしたところで、彼女の前で広げられた『冬休みの算数ドリル』とやらのページは埋まらないのだが。 「うぼぁー」 彼女は突っ伏すようにして上半身をこたつの天板の上に横たえる。 その様子に反応したのは、女の子の真横でこたつに同じように足を入れた、彼女の未来の義姉であった。 少しだけ目を細めて、女の子の髪を壊れ物でも扱うように漉くように撫でる。 まるで、長年そうしてきたかのような、……まぁ、実際そうなのだが。 経験に基づいた手つきは非情に心地よいものであり、彼女が物心つく前から慣れ親しんだものであった。 「……もうちょっと、頑張ろう?」 「はぁい」 突っ伏していた顔を挙げると、女の子の顔が露わになる。 彼女は、背中まで伸ばした少し固めの髪質の髪と家系の特徴なのか、ややキツい印象を受ける吊り気味の目元。 そして、来年に高校受験を控えた兄と未来の義姉を持つ普通の女の子である。 かつ、かつ、と。 鉛筆が紙面の上に轍を刻んでいく音。 時刻はまだ午前八時。 窓ガラスの向こうを覗き込めば、肌に突き刺さるような冬の乾いた風が吹いている。 時折、静かな空間に満ちている鉛筆の走る音が止まれば、女の子が宿題を潰していくのに付き合ってくれている義姉がぽつり、とヒントを呟く。 ほぅ、と小さく息を吐き出し、その言葉に理解を得た彼女は再び鉛筆を走らせた。 この義姉は言葉数こそ多い方ではないが、言葉に無駄が少ない分だけ必要なところを引っこ抜いて教えるのが上手い。 その点、素のスペックが肉体面含めて頭一つ抜けているせいで、教えを乞うのにいまいち気が引ける兄と違うところであったが、その印象付けは、兄が『活発で陽気で頭が良く、運動も出来る女の子』であったような 前世 むかし から延々と続くたった一人の相手に向けられた『完璧超人なあの子の恋人』という名の壮大な 虫除け マーキング なのだが、ここにその人生掛けたある種、狂的ともいえる愛情表現を知るものはいないし、それが知られることを本人も望みはしないだろう。 「おねーちゃん、あきたー」 ぽい、と鉛筆と一緒に体を投げ出して、再びこたつの上に上半身を転がす。 女の子の努力の結晶である宿題を巻き込んでくしゃくしゃにしてしまわないためか、鉛筆の先で怪我することを憂慮したのか、倒れこむ前にはそれらが普段からおっとりとした印象のある義姉にさらっと回収されていた事実に女の子の頬が思わずにやついた。 「うぇへぇ。 これが分かりあっているということなんだよね、おねーちゃん」 「飽きっぽいところも、それはそれで、かわいい」 女の子の両肩に義姉の掌が添えられて、揉み解すようにして動く。 「あーうー。 よいぞ、よいぞぉー。 ねぇちゃんやぁ、もっと強くやってくれたまえよぉ」 「……なんだか一気におじさん臭くなったよう、な?」 当然の話だが、普通の女子小学生に凝るような肩があるわけもなく、ただくすぐったいだけなのだが、兄との言葉の剣を突き刺し合うようなコミュニケーションとは真逆の義姉と過ごす時間は地味に貴重なものであった。 大抵が 兄 よけいなの がくっついてくるだけに。 「おねーちゃんが一番かわいいよ」 「わたしは学校でも地味な方」 微かに笑って見せる義姉の姿に女の子もまた、苦笑いで返す。 どうせ兄のガードが堅いだけなのだろうということは間違いなかった。 家庭崩壊のホームドラマと魔女裁判の中世ファンタジーが同時発生してしまうのだ。 少しだけ可哀そうな気もするが、ちっちゃくておっぱい大きいゆるくて優しい義姉にふやけきるほどにダダ甘に甘やかされる妹というポジションは万が一にでも失う訳にはいかなかった。 ついでに兄の10年後生存率も若干上がる。 「……ふぁ、来てたなら起こしてくれたらいいのに」 執着心の強い兄妹の妹の方がそんな腹黒いことを考えていると、つい先ほどまで妹の脳内パラレルワールドで市の防火水槽に沈んで鯉の餌になったばかりの兄が二階の自分の部屋から彼女が宿題を広げていたリビングへとあくびを漏らしながら降りてくる。 くそが。 心で恐ろしい悪態をつきながら妹は兄へと完璧な妹スマイルを向ける。 「今、おまえ、愛するお兄ちゃんに舌打ちしなかった?あと、なんか一瞬すげぇ悪意を向けられた気がしたんだけど」 「おはようっ!お兄ちゃん!」 「……おはよう。 なんかお兄ちゃんは朝から妹の笑顔がいまいち信じられないんだよなぁ」 水面下で静かな戦いが起きているのだが、気づかぬはロリ巨乳ばかりである。 何事もメリハリが大事。 そう言わんばかりに、義姉はテレビのリモコンを弄り始める。 基本的に、彼女は甘やかしてなんぼの性格であった。 「おはよう。 こんなにかわいい妹がいるのにそんなこと言ったら、バチが当たる」 心底羨ましいとばかりに、眉を顰める義姉の姿を見て、心底嬉しそうににやけている実の妹の姿を目撃し、兄は育て方を間違ったかと若干の後悔する。 いや、そもそも義姉と呼ばせてしまったことから既に失敗だったのか。 自分と性格が似たからって好みまで似なくてもいいだろうに、と。 妹のことは可愛がってはいるものの、似ているだけどこか、かつての自分を彷彿とさせるその姿が、やけに心に刺さるのだ。 そうやって女の子として、子犬同士がじゃれあうような日々をずっと、ずっと過ごしていたのは おれ あたし であったはずなのに。 と、そんな気持ちがどこかから湧いてくるのだ。 妹と並んでこたつに足を入れている彼女だけが変わらない。 どうして変わらないでいられるのか不思議で溜まらない。 虫が明かりに自然に惹かれてしまうように彼の足は引き寄せられる。 彼はテレビに視線を向けている愛する彼女に近づいて、こう声を掛けた。 「おら、足開けやっ!」 「ぶふぅっ!っどぉっ!ああ゛っっぶなぁっ!?」 妹は兄が義姉に唐突に掛けた下種っぽい言葉に、思わず口に含んでいた緑茶を噴出した。 そして、『冬休みの算数ドリル』やらには噴出したそれが被害を及ぼさなかったことに安堵している。 「ん…………こう?」 その点、言われた当人の方は特に動じることなく、こたつに入れていた体を少し引いて、足を広げてこたつとの間にスペースを作る。 身に着けていた長めの青空の色をしたフレアスカートで誂えられたスペース、股の間に、あろうことか彼はどっかと座り込んだ。 「なんにも見えない」 「な、なにやってんの?お兄ちゃん……?とうとう頭が……」 ただでさえ小柄な少女の股の間に座り込めば、当然少女の視界が彼の背中に完全に塞がれることは想像に難くない。 そして、兄の頭の中身を割りと真剣に心配する妹。 真面目に失礼であった。 当の本人の兄も、独占欲から来る、言いようのない衝動に身を任せてしまっただけであった。 しかも、妹に見られていることもあってか、羞恥を募らせ始めて耳まで赤くなっている。 少しして、耳障りのいいくすくすと囁くような笑い声が彼の背中から聞こえてくる。 「……えいっ」 次に彼が感じたのは、両の肩に添えられた小さな掌の熱、そして背中の側に導くように引き込む力だった。 彼は思わず、といった様子で、まるでリクライニングシートにするように背後の少女の体にもたれかかる。 背中に感じるのは、小柄でありながら女性的な柔らかさを秘めた既知であり、ある意味未知のもの。 そのはずなのに、どうしてだか酷く懐かしく、安心するものに触れているような不思議な感覚に涙が出そうになる。 「もっと寄りかかっていい。 ……座高が高いのも、厄介。 もっと体をこたつに沈めなくてはわたしはテレビが見えない」 彼の両の脇のあたりからほっそりとした手が差し込まれ、あばら骨のあたりで組むように彼は抱きしめられた。 小柄な彼女に肩から腰のあたりまでを預けるような、どう見ても不格好な姿。 辛うじて彼の首元から顔を出せるようになった、彼女の吐息が彼の耳元をくすぐる。 「……覚えてる?」 耳元から聞こえる小さな問いかけ。 彼は声を出したらなにか大切なものが溢れ出してしまいそうで、ただ、小さく頷いた。 「あなたの、特等席。 ……けど、ごめんね。 わたし、ちっちゃくなっちゃったね。 かっこわるいね」 「……元々、カッコよくは、なかったよ」 辛うじて、絞り出すように出した言葉はやけに皮肉じみていた。 ずっと、ずぅっと長いこと、長いこと。 何年も、何年もこうやって過ごしてきた。 「……そんなことないはず」 「どーだろね?」 傷ついたとばかりに、少しだけ眉を顰める彼女が面白くて、彼は意味ありげな意地の悪い笑みを見せた。 「なぁんか、実の兄が顔真っ赤にして照れてるの気持ち悪いんですけどー。 ここに小学生の妹が居るんでやめてくれませんかー?」 もはや大好きな義姉を奪われた妹のジトッとした視線すら心地よい。 兄はもはやそんな心境であった。 「妹よ」 「なに、変態のお兄ちゃん。 おねーちゃんのおっぱいを背中一杯に感じられて幸せなの?」 なるほど。 と、兄はまた一つ納得した。 世間一般の常識に照らし合わせるとそういうことになるらしい。 「お小遣いあげるから今日はお外で遊んでおいで」 「ちょっと、おねーちゃんになにする気だ。 なにしちゃう気なんだ、ねぇ」 これまで一度も見たことのないような、晴れやかな笑顔で財布ごと差し出す兄の姿に妹は心底恐怖した。 なにが起きるのかは分からないが、なぜか、義姉が壊されてしまうような嫌な予感が止まらなかった。 「わたしは今日はこのまま、映画でも借りてこのまま見たい」 どんな時でもマイペースを崩さない彼女の言葉に兄と妹が「ふっ」と息を吐いて、空気が弛緩する。 彼としても、彼女が自分の胸元でしっかりと結んだ手で、過去を現在に刻み直すのは望むところであったというのもある。 「おねーちゃん。 じゃあ映画一本見たら、次は私がお兄ちゃんの場所と交換する」 「残念ながらここは恋人の特等席だっておまえのお義姉ちゃんが言ってたんだよ」 「わたしも抱き心地の良さそうな妹ちゃんの方がいい」 「わぁい!」 「こらこらこら!特等席言ったじゃん!こう見えて今日は何十年に一度レベルで珍しくカッコいいこと言ってたから泣きそうになったんだけど!」 余りにも堂々たる恋人の裏切り行為。 なまじ抱き心地に関しては改善の余地がなかった。 「特等席は収益が安定しなくて今年から家族席になった」 「世知辛い」 「利益にならないものは淘汰されていく世の中。 駄菓子屋とか、残るのは竿竹屋だけ」 「その話題はよくない」 くすくす。 とさきほどと同じ、彼にとっては愛しくてたまらない鈴を転がすような声が聞こえるのと一緒に、抱きしめられていた腕の熱が離れていく。 気づけば既に立ち上がった彼女が彼へと手を差し出していた。 「早く借りに行かなくては見に行く時間がなくなる」 なんとなく面白くなくて、差し出された手を無視して彼は立ち上がろうとする。 「……わたしは妹ちゃんと結婚することにした」 「わかった!くっだらない意地張りました!ごめん!」 「やっぱお兄ちゃんって弱いよね……」 ややブスッとした彼女の手を握って立ち上がる。 そして、彼女は空いた方の手で未来の義妹の手を握って、家を出て歩き出した。 「……今日のわたしは両手に華。 くそびっち言われてもほどほどに許してしまう」 少なくとも兄は華ではないのではないか、妹はツッコミを入れようとしたが、本人が楽しそうだったので野暮なことを言わないあたりは歳不相応に大人であった。 「愛してるよ」 唐突に、右手と左手を両の手とも繋いでいた少女に言葉が掛けられた。 「わたしは両方愛してる」 そう言うと彼女は、年齢にこそ差はあるが、片手は女の子と結ばれた手と、片手は男の子と結ばれた手。 左右に繋がれたそれを両方とも、少しだけ持ち上げる。 その言葉の、本当の意味が分かるのは二人だけ。 そして、少しだけ彼を見つめてから、妹へと視線を向ける。 「……ね?」 「ねー」 彼の愛する彼女と彼の愛する妹が楽しそうに視線と、確認の合図を交わしている。 思わず、といった感じで、彼の口元からは苦笑いが漏れていた。 「くそびっち」 「くそびっちではない。 わたしは、割りと一途」 もはや疑う余地などあろうはずもなく。

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