松本人志 男尊女卑。 松本人志のアマゾンプライム『ドキュメンタル』のセクハラが酷すぎる! 能町みね子も批判(リテラ) 赤かぶ

松本人志のアマゾンプライム『ドキュメンタル』のセクハラが酷すぎる! 能町みね子も批判(リテラ) 赤かぶ

松本人志 男尊女卑

『ワイドナショー』で、セクハラ問題が取り上げられた際は一貫して松本に同調し加害者を擁護し被害者を非難していたし、安倍首相が出演した際は「(子どもを)産めれば産めるほど産みますよ。 国に貢献したい」と前のめりに発言してきた。 それが今回は「勉強不足で信念もなかった」というのは、明らかにごまかしだろう。 SNSで盛り上がっていたときに勉強不足で発信できなかったとしても、報道番組や情報番組にコメンテーターとして出演する以上、扱うテーマを自分なりにある程度勉強した範囲でコメントする責任がある。 そのポジションにある者が発言しないことは現状を是認することと同義だ。 ようするに、松本にしても、指原にしても、世間の空気を読むことにかけては随一の才能を持っているから、今回は世論の空気的に政権を擁護し抗議の声を批判するのは得策じゃないと考え、明言しなかっただけ。 本音は「安倍政権を批判するな」なのである。 しかし、今回のことでわかったことがもうひとつある。 それは指原のこうした本質がほとんどバレていないということだ。 松本の場合は、安倍応援団で男尊女卑で強者の味方であることが周知の事実になっているが、指原の場合は、弱者の味方をしてくれるんじゃないかと錯覚されている。 実際、この日の『ワイドナ』で検察庁法改正案への抗議について議論するなかで、指原は自身のもとにハッシュタグを促すようなリプが来たと明かしたのに対し、松本は来なかったと話していた。 松本が検察庁法改正案に抗議するわけないとわかっているし抗議を望むようなファンもいない。 でも、指原のファンは指原が抗議してくれるんじゃないかと期待しているのだ。 しかし、それは錯覚だ。 実際の指原は、強者を擁護し、弱者を叩いてきた。 しかも、タチの悪いことに、あたかも弱者の側にいる、あるいは中間管理職的な立場で立ち回ることだ(象徴的なのが、NGT問題で、あの騒動で、指原がいちばん守ったのは、山口真帆ではなく秋元康だ)。 本サイトでは、指原がHKT48卒業を発表した際に、男性優位社会の論理を内面化し、権力者側に同調する、指原の処世術について考察したことがある。 以下に再録するので、あらためてご一読いただきたい。 ***********************.

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東出昌大の不倫を男性芸能人が擁護!女性は激怒!根本は男尊女卑

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このシーズン4は全編にわたってその下品さが批判されるだけではなく、黒沢に対するセクハラについても指摘された。 コラムニストの能町みね子は、「週刊文春」(文藝春秋)で、 <基本的に松本人志の笑いは男尊女卑観がものすごく強いと思うのですが、上に立つ使命感 なのか、女芸人も使いたいという気持ちは強いのだと思う(シーズン2でも森三中・大島を起用している)。 でも、結局女芸人が来てしまうと、松本人志門下にあたる芸人たちは女芸人に対し 性的な方面でアプローチしてしまう。 一般論としてのセクハラについてもあまりに無頓着です>と批判している。 いずれにせよ、ドキュメンタルにホモソーシャル的な空気が支配し、女芸人にとって非常にやりにくい土壌が出来上がっていることは明白だろう。 とはいえ男性主体という風潮は、ドキュメンタルの収録現場に限らず、お笑い業界全体に横たわっているものかも知れない。 この背景を知ったうえでシーズン6を視聴すると、おのずと女芸人たちを応援したくなってしまう。 とはいえ、現在公開中の1、2話でも、村上ジョージが乳首をいじり、ジミー大西が局部をさらし、肛門にうずらの卵を入れて飛ばす……など、やはり恥も外聞もなく体を使うタイプの下ネタが健在である。 黒沢ら女芸人たちはそれをやるわけにもいかず、遠巻きに顔をしかめて眺めるばかりだ……。 素っ裸になれなければ、局部で笑いを取れなければ、芸人ではないのか? そんなことは決してないだろう。 今回ドキュメンタルに参加した黒沢、近藤、友近、ゆりやんには、決して男たちのクローズドなノリに迎合することなく、持ち前の良さを発揮して、笑わせてほしい。

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女性が訴えた「正月の男尊女卑」に共感多数「苦痛で仕方ない」

松本人志 男尊女卑

また、 がそのミソジニーっぷりを公共の電波で露呈させた。 『ワイドナショー』(12日放送、フジテレビ)でのことだ。 きっかけは、芸能界での将来に不安があるかと問われた が不安があると言って、こんな話を切り出したことだった。 「貯蓄派なので貯めてはいるんですけど、考えてみれば男性のタレントさんとか芸人さんはずっとテレビに一線にいるような感じがするのに、女性はやっぱ移り変わりが激しいのか、まあ結婚とかそれぞれ事情もあると思いますが、そんなにずっといるイメージがなくて」 から「あとどれくらい(テレビに)出られるとか、自分のなかで計算みたいなのあるんですか?」などと突っ込まれると、指原はこう答えた。 「そのときの変動によりません? なんか好きな人ができて、それが『おめでとう』って言われるようなやつだったら、なんかまた5年くらい延びる気がするし」 これを受けて が「女性のタレントでね、それまで自由奔放にしゃべってた方が、好きな人ができたりとかすると……」と語り始めると、松本人志が我が意を得たりと、こう言い放ったのだ。 「すっげえダメになるでしょ」 これには指原が「ダメになるっていう言い方、すごいイヤなんですけど」と突っ込むのだが、松本はおかまいなし。 あえて蔑むような表情・口ぶりでこう主張し続けたのだ。 「全然おもんなくなる」 「なんなんだろうなあ、あれ。 男はあまりないのよ、それ」 指原は男性より女性のほうが芸能界で一線にい続けることが難しいのではないかという分析したうえ、恋愛・結婚などもタレントの商品価値に影響を与えると語っただけなのに、好きな人ができると女性タレントはダメになると、あたかもそれが女性の問題であるかのように決めつけたのだ。 何をすり替えているのか、という話だが、これには指原がめずらしく食い下がって、こう松本に反論した。 「(女性は好きな人ができると)おもしろくなくなるとか攻めなくなると言われるじゃないですか、松本さん。 でも松本さんだってお子さんから砂場に埋められたどうこうみたいなツイッターに載せてるじゃないですか。 そう思ってる人もいるかもしれないですよ?」 「男性も女性も一緒ですよ。 変わっちゃうんですよ、それは年齢とともに。 結婚とかじゃなくて」 この指原の指摘はもっともだ。 結婚や年齢によって変わるのは男女関係ない。 というか、結婚によっておもしろくなくなるとしたら、松本人志こそその典型だろう。 かつては、すべてをストイックにお笑いに捧げ、刃物のように尖り、すべての価値を転倒させるような過激なお笑いを追及していた松本だが、結婚した頃から一変した。 スポーツ嫌いを公言していたのに、体を鍛えはじめ、自分の権威や既得権益を守ることに躍起になり、権力に迎合するような保守的な発言を連発する……。 松本の恩人であるプロデューサーの田中文夫氏も、「週刊金曜日」に寄せた手記で、松本の変節をこう憂いていた。 〈ある時ハッと気がついたら松ちゃんが別人に変わっていました。 金髪で筋肉ムキムキのマッチョマンになっていました。 あれぇ、何かおかしいなぁ、見かけも変わったけど考え方も人柄も変わってしまったのではないだろうか〉 〈確かに松ちゃんは昔から「芸人が体を鍛えてどないするねん」とか「映画は撮らない」とか「できちゃった婚はしない」とかいろんなことを言っていましたが、今は全部その反対です。 〉 〈今は何がどうなっているのですか?『ワイドナショー』って何ですかそれ。 「コメンテーター」って何のつもりですか。 いったい何事が起こったのですか。 実際、松本はこの指原のツッコミに対して、まともに応答することも、笑いに変えることもできず、話を自身の「引退」話にすりかえてしまった。 松本「男タレントは、これはこれで辞めどきが難しいのよ」 東野「たしかに、女性は、結婚とか出産とか、いろんなタイミングで辞め、まあ利用するわけでしょ。 家に入れるけど。 男の人はずーーっと出続けないと」 松本「そう、そうなの。 だから、本気で辞めたくなったら、タピオカ屋に喧嘩売って辞めたろうかな」 しかし、このくだりもまさに女性差別丸出しだろう。 松本たちは女性蔑視と旧態依然とした結婚観を突っ込まれ、女性は結婚や出産を理由に仕事を辞められるけど、男には辞められないなどと主張したが、話は完全に逆ではないか。 たしかに指原が指摘したとおり、バラエティ番組では、男性タレントに比べ女性タレントが一線で活躍し続けている例は極めて少ない。 でも、それは松本人志が言ったような「女性は好きな人ができるとダメになる」「女性は結婚するとおもしろくなくなる」からなどではまったくない。 言うまでもなく、日本社会の男尊女卑が反映されたものだ。 家事労働や育児を女性が一方的に担わされ、結婚や出産を機に、仕事を断念せざるを得ない女性は、いまだに少なくない。 テレビ、とくにバラエティでは、ドラマや音楽以上に、男尊女卑が根強い。 長く一線で活躍し続ける女性タレントが少ない以前に、そもそも女性出演者自体が男性にくらべて圧倒的に少ない。 ですら、ドラマや映画だと出演者の半分は女優なのに対し、バラエティの現場に来て女性の少なさに驚いたと語っていたことがあった。 まずメインMCを担っているのは男性タレントが圧倒的に多く、女性はアシスタント的な扱いが多い。 10人ほどいるひな壇でも女性はせいぜい1人か2人ということだって少なくない。 そして、繰り広げられるトークは、お笑い芸人の上下関係や男尊女卑の人間関係をベースにしたものだ。 しかも、そこで女性タレントが求められている役割もきわめて限定的だ。 「かわいさ」や「若さ」など性的商品としての役割を付されているケースが多い。 だから、「若く」なくってきたり、結婚や出産によって「若い女性」という役割を担わせづらくなると、卒業などと称して用済みにし、より「若い」女性タレントに入れ替える。 (これは女性タレントに限らず、女性アナウンサーなどにもいえる。 にもかかわらず、松本や東野は結婚や出産に影響されず仕事が続けられるという自分たち男性の優位性を転倒させて、「結婚や出産があるから女性は辞められる」などと、女性の特権のように言い立てるのだ。 女性蔑視が横行するブラック企業で、男性管理職がけ出産した女性を退職に追い込みながら、「女はいいよな、子どもができて辞められるから」などとうそぶいているケースがよくあるが、松本や東野の態度はそれとそっくりだ。 もっといえば、ありもしない「特権」を作り出して被差別者を攻撃するという意味では、ネトウヨの「在日特権」デマや「女尊男卑」の発想そのものといってもいい。 そして、問題はこうした現実を隠蔽する女性蔑視発言が地上波のテレビで堂々と垂れ流され、何の批判もされていないことだ。 ふだんは、松本と指原のやり取りに食いつくスポーツ紙も今回はまったくと言っていいほど触れていない。 これは、松本の批判がタブーになっているうえ、自分たちにも同じ発想があるからだろう。 こうしたメディアの姿勢を見ていると、この国で、女性が結婚・出産しても当たり前に仕事ができる状況がなぜ一向に実現されないのか、その理由がよくわかるというものだ。 (本田コッペ) ().

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