今日好き青い春編みなみ。 與謝野晶子 晶子詩篇全集

與謝野晶子 晶子詩篇全集

今日好き青い春編みなみ

美濃部民子様 わたくしは今年の秋の初に、少しの暇を得ましたので、明治卅三年から最近までに作りました自分の詩の草稿を整理し、其中から四百廿壱篇を撰んで此の一冊にまとめました。 かうしてまとめて置けば、他日わたくしの子どもたちが何かの底から見附け出し、母の生活の記録の断片として読んでくれるかも知れないくらゐに考へてゐましたのですが、幸なことに、実業之日本社の御厚意に由り、このやうに印刷して下さることになりました。 ついては、奥様、この一冊を奥様に捧げさせて頂くことを、何とぞお許し下さいまし。 奥様は久しい以前から御自身の園にお手づからお作りになつてゐる薔薇の花を、毎年春から冬へかけて、お手づからお採りになつては屡わたくしに贈つて下さいます。 お女中に持たせて来て頂くばかりで無く、郊外からのお帰りに、その花のみづみづしい間にと思召して、御自身でわざわざお立寄り下さることさへ度度であるのに、わたくしは何時も何時も感激して居ます。 わたくしは奥様のお優しいお心の花であり匂ひであるその薔薇の花に、この十年の間、どれだけ励まされ、どれだけ和らげられてゐるか知れません。 何時も何時もかたじけないことだと喜んで居ます。 この一冊は、決して奥様のお優しいお心に酬い得るもので無く、奥様から頂くいろいろの秀れた美くしい薔薇の花に比べ得るものでも無いのですが、唯だわたくしの一生に、折にふれて心から歌ひたくて、真面目にわたくしの感動を打出したものであること、全く純個人的な、普遍性の乏しい、勝手気儘な詩ですけれども、わたくしと云ふ素人の手作りである点だけが奥様の薔薇と似てゐることに由つて、この光も香もない一冊をお受け下さいまし。 永い年月に草稿が失はれたので是れに収め得なかつたもの、また意識して省いたものが併せて二百篇もあらうと思ひます。 今日までの作を総べて整理して一冊にしたと云ふ意味で「全集」の名を附けました。 制作の年代が既に自分にも分らなくなつてゐるものが多いので、ほぼ似寄つた心情のものを類聚して篇を分ちました。 統一の無いのはわたくしの心の姿として御覧を願ひます。 山下新太郎先生が装幀のお筆を執つて下さいましたことは、奥様も、他の友人達も、一般の読者達も、共に喜んで下さいますことと思ひます。 わが恋を人問ひ 給 ( たま )ふ。 わが恋を 如何 ( いか )に答へん、 譬 ( たと )ふれば 小 ( ちさ )き塔なり、 礎 ( いしずゑ )に 二人 ( ふたり )の命、 真柱 ( まばしら )に愛を立てつつ、 層 ( そう )ごとに学と芸術、 汗と血を塗りて固めぬ。 塔は 是 ( こ )れ 無極 ( むきよく )の塔、 更に積み、更に重ねて、 世の風と雨に当らん。 猶 ( なほ ) 卑 ( ひく )し、今立つ所、 猶 ( なほ )狭し、今見る所、 天 ( あま )つ日も多くは 射 ( さ )さず、 寒きこと二月の 如 ( ごと )し。 頼めるは、 微 ( かすか )なれども 唯 ( た )だ一つ 内 ( うち )なる光。 ルサイユ 宮 ( きゆう ) [#ルビの「きゆう」は底本では「きう」]を過ぎしかど、 われは 是 ( こ )れに 勝 ( まさ )る花を見ざりき。 牡丹 ( ぼたん )よ、 葉は地中海の 桔梗色 ( ききやういろ )と 群青 ( ぐんじやう )とを盛り重ね、 花は 印度 ( いんど )の太陽の 赤光 ( しやくくわう )を懸けたり。 詩を作り終りて常に感ずることは、我国の詩に押韻の体なきために、句の独立性の確実に対する不安なり。 散文の横書にあらずやと云ふ非難は、放縦なる自由詩の何れにも伴ふが如し。 この欠点を救ひて押韻の新体を試みる風の起らんこと、我が年久しき願ひなり。 みづから興に触れて折折に試みたる拙きものより、次に其一部を抄せんとす。 押韻の法は唐以前の古詩、または欧洲の詩を参照し、主として内心の自律的発展に本づきながら、多少の推敲を加へたり。 コンソナンツを避けざるは仏蘭西近代の詩に同じ。 毎句に同韻を押し、または隔句に同語を繰返して韻に押すは漢土の古詩に例多し。 ここで 暫 ( しばら )く絶句して、 序文に 凝 ( こ )つて 夜 ( よ )が明けて、 覚めた夢から針が降る。 雨はもとより春の糸、 窓の柳も春の糸。 われは前をば選びつれ、 わかき仲間は 後 ( のち )の夢。 すべてが消える、 金 ( きん )の輪の 太陽までが風の中。 論じたまふな、 善 ( よ )き、 悪 ( あ )しき、 何 ( なに )か 此 ( この )世に 分 ( わか )つべき。 花と我とはかがやきぬ。 髪に触れても 刄 ( は )の欠ける もろい 鑿 ( のみ )ゆゑ大事がる。 わたしも同じもろい 鑿 ( のみ )。 林檎 ( りんご )が腐る、人は死ぬ、 最後の 文 ( ふみ )が人を打つ、 わたしは君を 悲 ( かなし )まぬ。 皆さんの愚痴、おのが無智、 誰 ( た )れが 覗 ( のぞ )いた垣の 中 ( うち )、 戸は立てられぬ人の口。 命の 闇 ( やみ )に火をつけて、 光る 刹那 ( せつな )の夢の華。 遠い 高嶺 ( たかね )と我がこころ すこしの雪がまだ残る。 鳥は飛び去り、冬が来て、 風が吹きまく砂つぶて。 ひろい 野中 ( のなか )の小鳥の巣。 時の言葉は 隔 ( へだ )つれど 冴 ( さ )ゆるは歌の 金 ( きん )の韻。 ままよ、 暫 ( しばら )く 隅 ( すみ )に居ん。 母はまだまだ 云 ( い )ひたきに、 金 ( きん )のお日様、 唖 ( おし )の 驢馬 ( ろば )、 おとぎ 噺 ( ばなし )が 云 ( い )ひたきに。 わたしは泣かない気でゐれど、 からりと晴れた 今朝 ( けさ )の窓 あまりに青い空に泣く。 ほんにどの木も冬に勝ち、 しかと 大地 ( たいち )に立つてゐる。 女ごころはいぢけがち。 裂けた心を目にしても 廿 ( にじふ )世紀は横を向く、 太陽までがすまし 行 ( ゆ )く。 なぜか 行 ( ゆ )くほどその道が 今日 ( けふ )のわたしに遠ざかる。 かつくてえるのことでない、 わたしの知つたことでない、 若い手で振る無産党。 わたしも 逢 ( あ )ひたや、 猶 ( なほ )ひと目、 載せて帰らぬ遠い夢、 どこにゐるやら、 真赤 ( まつか )な帆。 指を触れたか触れぬ 間 ( ま )に 石から 虹 ( にじ )が舞ひあがる。 寝てゐた 豹 ( へう )の目が光る。 唯 ( た )だやさしきは 明日 ( あす )の時、 われに 著 ( き )せんと、光る 衣 ( きぬ ) 千 ( ち )とせをかけて手に編みぬ。 よくも 揃 ( そろ )うた赤インキ、 ろしあまがひの 左書 ( ひだりが )き、 先 ( ま )づは 二三日 ( にさにち )あたらしい。 春の寒さに 音 ( ね )が細る、 こころ余れど身が 凍 ( こほ )る。 うぐひす、そなたも雪の中。 人の言葉を持たぬ牛、 云 ( い )はずに死ぬることであろ。 ああ虫で無し、牛でなし。 それも苦しい夢か知ら、 人が心で人を 斬 ( き )る。 他 ( た )を見るに過ぐ、目を閉ぢよ、 乏しきものは 己 ( おの )れなり。 うら 耻 ( はづ )かしと知りながら、 すべて貧しい身すぎから。 ああ 我 ( わ )れとても人の 中 ( うち )。 遠いところで 鴨 ( かも )が 啼 ( な )き、 心に 透 ( とほ )る、海の秋。 宿は岬の松の 岡 ( をか )。 世 ( よ ) 離 ( はな )れたれば、人を見て 路 ( みち )を譲らぬ牛もある。 海に 真赤 ( まつか )な日が落ちる。 いと 寂 ( さび )しきも我が心、 いと楽しきも我が心。 すべての人を思ふより。 わたしの歌は涙から。 空の 雲雀 ( ひばり )もさびしかろ、 はてなく青いあの 虚 ( うつ )ろ、 ともに 已 ( や )まれぬ歌ながら。 鏡の 間 ( ま )には 塵 ( ちり )も無し、 あとに静かに映れかし、 鸚哥 ( インコ )の色の 紅 ( べに )つばき。 痩 ( や )せて 此頃 ( このごろ )おもざしの 青ざめゆくも水ゆゑか。 花を 透 ( とほ )して日のひかり うす紫の 陰影 ( かげ )を 着 ( き )す。 物みな 今日 ( けふ )は身に 与 ( くみ )す。 わたしの船の上がるとき、 かなたの船は横を向き、 つひに別れて西ひがし。 恋の 脆 ( もろ )さも麦の笛、 思ひつめたる心ゆゑ よく鳴る時は裂ける時。 ことに優れてめでたきは 牡丹 ( ぼたん )の花と人の 袖 ( そで )。 今日 ( けふ )の言葉に 気息 ( いき )がせぬ、 絵筆を 把 ( と )れど色が出ぬ、 わたしの窓に鳥が 来 ( こ )ぬ、 空には白い月が死ぬ。 君を迎へて春の 園 ( その ) 路 ( みち )の砂にも歌がある。 心ばかりは 形無 ( かたちな )し、 偽りとても 如何 ( いか )にせん。 今日 ( けふ )も南の風が吹く。 馬に乗る身は 厭 ( いと )はぬか、 野を白くする砂の中。 ああ散ることも光なり、 かくの 如 ( ごと )くに派手なれば。 [#「なれば。 やはらかに降る、花に降る、 わが髪に降る、草に降る、 うす桃色の糸の雨。 少し離れて 垣 ( かき ) 越 ( こ )しに 帆柱ばかり見える船。 [#ここで段組み終わり] [#改丁] [#ここからページの左右中央] 明日 ( あす )よ、 明日 ( あす )よ、 そなたはわたしの前にあつて まだ踏まぬ未来の 不可思議の 路 ( みち )である。 どんなに苦しい日にも、わたしは そなたに 憬 ( こが )れて 励 ( はげ )み、 どんなに 楽 ( たのし )い日にも、わたしは そなたを望んで踊りあがる。 明日 ( あす )よ、 明日 ( あす )よ、 死と 飢 ( うゑ )とに追はれて歩くわたしは たびたびそなたに失望する。 そなたがやがて平凡な 今日 ( けふ )に変り、 灰色をした 昨日 ( きのふ )になつてゆくのを いつも、いつもわたしは恨んで居る。 そなたこそ人を釣る 好 ( よ )い 香 ( にほひ )の 餌 ( ゑさ )だ、 光に似た煙だと 咀 ( のろ )ふことさへある。 けれど、わたしはそなたを頼んで、 祭の前夜の子供のやうに 「 明日 ( あす )よ、 明日 ( あす )よ」と歌ふ。 わたしの前には まだまだ新しい無限の 明日 ( あす )がある。 よしや、そなたが涙を、 悔 ( くい )を、愛を、 名を、歓楽を、 何 ( なに )を持つて来ようとも [#「来ようとも」は底本では「来やうとも」]、 そなたこそ 今日 ( けふ )のわたしを引く力である。 わが 敬 ( けい )する画家よ、 願 ( ねがは )くは、我がために、 一枚の像を 描 ( ゑが )きたまへ。 バツクには 唯 ( た )だ深夜の空、 無智と死と疑惑との色なる黒に、 深き悲痛の 脂色 ( やにいろ )を交ぜたまへ。 髪みだせる裸の女、 そは青ざめし肉塊とのみや見えん。 じつと身ゆるぎもせず 坐 ( すわ )りて、 尽きぬ涙を手に受けつつ傾く。 前なる目に見えぬ 無底 ( むてい )の 淵 ( ふち )を 覗 ( のぞ )く 姿勢 ( かたち )。 目は疲れてあり、 泣く前に、余りに現実を見たるため。 口は堅く 緊 ( しま )りぬ、 未 ( いま )だ 一 ( ひと )たびも言はず歌はざる 其 ( そ )れの 如 ( ごと )く。 わが 敬 ( けい )する画家よ、 若 ( も )し 此 ( この )像の女に、 明日 ( あす )と 云 ( い )ふ日のありと知らば、 トワルの 何 ( いづ )れかに 黄金 ( きん )の目の光る 一羽 ( いちは )の 梟 ( ふくろふ )を添へ 給 ( たま )へ。 されど、そは君が意に任せん、わが知らぬことなり。 さて画家よ、 彩料 ( さいれう )には わが好むパステルを用ひたまへ、 剥落 ( はくらく )と 褪色 ( たいしよく )とは 恐らく 此 ( この )像の女の運命なるべければ。 晶子、ヅアラツストラを 一日一夜 ( いちにちいちや )に読み終り、 その 暁 ( あかつき )、ほつれし髪を 掻 ( かき )上げて 呟 ( つぶや )きぬ、 「 辞 ( ことば )の過ぎたるかな」と。 しかも、晶子の 動悸 ( どうき )は 羅 ( うすもの )を 透 ( とほ )して 慄 ( ふる )へ、 その全身の汗は 産 ( さん )の 夜 ( よ )の 如 ( ごと )くなりき。 さて 十日 ( とをか ) 経 ( へ )たり。 晶子は青ざめて胃弱の人の 如 ( ごと )く、 この 十日 ( とをか )、 良人 ( をつと )と多く語らず、 我子等 ( わがこら )を 抱 ( いだ )かず。 晶子の 幻 ( まぼろし )に見るは、ヅアラツストラの 黒き巨像の上げたる右の手なり。 アウギユスト、アウギユスト、 わたしの 五歳 ( いつつ )になるアウギユスト、 おまへこそは「真実」の典型。 おまへが両手を拡げて 自然にする身振の一つでも、 わたしは、どうして、 わたしの言葉に訳すことが出来よう。 わたしは 唯 ( た )だ ほれぼれと 其 ( そ )れを眺めるだけですよ、 喜んで目を見張るだけですよ。 アウギユスト、アウギユスト、 母の粗末な芸術なんかが ああ、 何 ( なん )にならう。 私はおまへに 由 ( よ )つて知ることが出来た。 真実の彫刻を、 真実の歌を、 真実の音楽を、 そして真実の愛を。 おまへは一瞬ごとに 神変 ( しんぺん )不思議を示し、 玲瓏 ( れいろう )円転として踊り廻る。 硝子 ( ガラス )の 外 ( そと )のあけぼのは 青白 ( あおしろ )き 繭 ( まゆ )のここち…… 今 一 ( ひと )すぢ 仄 ( ほの )かに 音せぬ 枝珊瑚 ( えださんご )の光を引きて、 わが 産室 ( うぶや )の壁を 匍 ( は )ふものあり。 と見れば、 嬉 ( うれ )し、 初冬 ( はつふゆ )のかよわなる 日の 蝶 ( てふ )の 出 ( い )づるなり。 [#「出づるなり。 尊 ( たふと )くなつかしき日よ、われは今、 戦ひに傷つきたる者の 如 ( ごと )く 疲れて低く横たはりぬ。 されど、わが新しき感激は 拝日 ( はいにち )教徒の信の 如 ( ごと )し、 わがさしのぶる 諸手 ( もろで )を受けよ、 日よ、 曙 ( あけぼの )の 女王 ( ぢよわう )よ。 日よ、君にも 夜 ( よる )と冬の悩みあり、 千万年の昔より幾億たび、 死の苦に 堪 ( た )へて若返る 天 ( あま )つ焔の力の 雄雄 ( をを )しきかな。 われは 猶 ( なほ )君に従はん、 わが生きて返れるは 纔 ( わずか )に 八 ( や )たびのみ 纔 ( わづか )に 八 ( や )たび絶叫と、血と、 死の 闇 ( やみ )とを超えしのみ。 ああ颱風、 初秋 ( はつあき )の野を越えて 都を襲ふ颱風、 汝 ( なんぢ )こそ 逞 ( たくま )しき 大馬 ( おほうま )の 群 ( むれ )なれ。 黄銅 ( くわうどう )の 背 ( せな )、 鉄の 脚 ( あし )、 黄金 ( きん )の 蹄 ( ひづめ )、 眼に遠き太陽を掛け、 鬣 ( たてがみ )に銀を散らしぬ。 火の 鼻息 ( はないき )に 水晶の雨を吹き、 暴 ( あら )く斜めに、 駆歩 ( くほ )す、 駆歩 ( くほ )す。 ああ 抑 ( おさ )へがたき 天 ( てん )の 大馬 ( おほうま )の 群 ( むれ )よ、 怒 ( いか )れるや、 戯れて遊ぶや。 大樹 ( だいじゆ )は 逃 ( のが )れんとして、 地中の足を挙げ、 骨を 挫 ( くじ )き、手を折る。 空には飛ぶ鳥も無し。 人は 怖 ( おそ )れて戸を 鎖 ( さ )せど、 世を裂く 蹄 ( ひづめ )の音に 屋根は崩れ、 家 ( いへ )は船よりも揺れぬ。 ああ颱風、 人は 汝 ( なんぢ )によりて、 今こそ 覚 ( さ )むれ、 気不精 ( きぶしやう )と 沮喪 ( そさう )とより。 こころよきかな、全身は 巨大なる 象牙 ( ざうげ )の 喇叭 ( らつぱ )のここちして、 颱風と共に 嘶 ( いなゝ )く。 おお十一月、 冬が始まる。 冬よ、冬よ、 わたしはそなたを 讃 ( たゝ )へる。 弱い者と 怠 ( なま )け者とには もとより 辛 ( つら )い季節。 しかし、四季の中に、 どうしてそなたを欠くことが出来よう。 健 ( すこや )かな者と 勇敢な者とが 試 ( た )めされる季節、 否 ( いな )、みづから 試 ( た )めす季節。 おお冬よ、 そなたの灰色の空は 人を 圧 ( あつ )しる。 けれども、常に心の曇らぬ人は その空の 陰鬱 ( いんうつ )に 克 ( か )つて、 そなたの贈る 沍寒 ( ごかん ) [#ルビの「ごかん」は底本では「ごうかん」]と、霜と、 雪と、北風とのなかに、 常に晴やかな太陽を望み、 春の 香 ( か )を 嗅 ( か )ぎ、 夏の光を感じることが出来る。 青春を引立てる季節、 ほんたうに血を流す 活動の季節、 意力を 鞭 ( むち )打つ季節、 幻想を醗酵する季節、 冬よ、そなたの前に、 一人 ( ひとり )の 厭人主義者 ( ミザントロオプ )も無ければ、 一人 ( ひとり )の 卑怯 ( ひけふ )者も無い、 人は皆、十二の偉勲を建てた ヘルクレスの子孫のやうに見える。 わたしは更に冬を 讃 ( たゝ )へる。 まあ 何 ( なん )と 云 ( い )ふ 優しい、なつかしい 他 ( た )の一面を 冬よ、そなたの持つてゐることぞ。 その永い、しめやかな 夜 ( よる )。 …… 榾 ( ほだ )を 焚 ( た )く田舎の 囲炉裏 ( いろり )…… 都会のサロンの 煖炉 ( ストオブ )…… おお家庭の季節、 夜会 ( やくわい )の季節 会話の、読書の、 音楽の、劇の、 踊 ( をどり )の、 愛の、鑑賞の、哲学の季節、 乳呑児 ( ちのみご )のために 罎 ( びん )の牛乳の腐らぬ季節、 小 ( ち )さいセエヴルの 杯 ( さかづき )で 夜会服 ( ロオブデコルテ )の 貴女 ( きぢよ )も飲むリキユルの季節。 とり 分 ( わ )き日本では 寒念仏 ( かんねんぶつ )の、 臘八 ( らふはち )坐禅の、 夜業の、 寒稽古 ( かんげいこ )の、 砧 ( きぬた )の、 香 ( かう )の、 茶の湯の季節、 紫の二枚 襲 ( がさね )に 唐織 ( からおり )の帯の落着く季節、 梅もどきの、 寒菊 ( かんぎく )の、 茶の花の、 寒牡丹 ( かんぼたん )の季節、 寺寺 ( てらでら )の鐘の 冴 ( さ )える季節、 おお厳粛な一面の 裏面 ( うら )に、 心憎きまで、 物の哀れさを知りぬいた冬よ、 楽 ( たのし )んで 溺 ( おぼ )れぬ季節、 感性と理性との調和した季節。 そなたは万物の無尽蔵、 ああ、わたしは冬の不思議を直視した。 嬉 ( うれ )しや、今、 その冬が始まる、始まる。 収穫 ( とりいれ )の 後 ( のち )の田に 落穂 ( おちほ )を拾ふ女、 日の出前に霜を踏んで 工場 ( こうば )に急ぐ男、 兄弟よ、とにかく私達は働かう、 一層働かう、 冬の日の汗する快さは わたし達無産者の 景福 ( けいふく )である。 おお十一月、 冬が始まる。 然 ( しか )れども 友は童顔、 いつまでも若き日の 如 ( ごと )く 物言へば 頬 ( ほ )の 染 ( そ )み、 目は 微笑 ( ほゝゑ )みて、 いつまでも童顔、 年 ( とし ) 四十 ( しじふ )となり 給 ( たま )へども。 年 ( とし ) 四十 ( しじふ )となり 給 ( たま )へども、 若き人、 みづみづしき人、 初秋 ( はつあき )の陽光を全身に受けて、 人生の 真紅 ( しんく )の 木 ( こ )の実 そのものと見ゆる人。 友は 何処 ( いづこ )に 行 ( い )く、 猶 ( なほ )も 猶 ( なほ )も高きへ、広きへ、 胸張りて、踏みしめて 行 ( い )く。 われはその足音に聞き 入 ( い )り、 その 行方 ( ゆくへ )を見守る。 科学者にして詩人、 他 ( た )に幾倍する友の欲の 重 ( おも )りかに華やげるかな。 同じ世に生れて 相知れること二十年、 友の見る世界の片端に 我も 曾 ( かつ )て触れにき。 さは 云 ( い )へど、今はわれ 今はわれ 漸 ( やうや )くに 寂 ( さび )し。 譬 ( たと )ふれば 我心 ( わがこゝろ )は 薄墨いろの桜、 唯 ( た )だ時として 雛罌粟 ( ひなげし )の夢を見るのみ。 羨 ( うらや )まし、 友は童顔、 いつまでも童顔、 今日 ( けふ ) 逢 ( あ )へば、いみじき 気高 ( けだか )ささへも添ひ 給 ( たま )へる。 金糸雀 ( カナリア )の 雛 ( ひな )を飼ふよりは 我子 ( わがこ )を飼ふぞおもしろき。 雛 ( ひな )の 初毛 ( うぶげ )はみすぼらし、 おぼつかなしや、 足取 ( あしどり )も。 盥 ( たらひ )のなかに 湯浴 ( ゆあ )みする よき肉づきの生みの 児 ( こ )の 白き裸を見るときは、 母の心を引立たす。 手足も、胴も、 面 ( おも )ざしも 汝 ( な )を飼ふ親に似たるこそ、 かの異類なる 金糸雀 ( カナリヤ )の 雛 ( ひな )にまさりて親しけれ。 かくて、いつしか親の 如 ( ごと )、 物を思はれ、物 云 ( い )はん。 詩人、 琴弾 ( ことひき )、医師、学者、 王、将軍にならずとも、 大船 ( おほふね )の 火夫 ( くわふ )、いさなとり、 乃至 ( ないし )活字を拾ふとも、 我は 我子 ( わがこ )をはぐくまん、 金糸雀 ( カナリヤ )の 雛 ( ひな )を飼ふよりは。 いとしき、いとしき 我子等 ( わがこら )よ、 世に生れしは 禍 ( わざはひ )か、 誰 ( たれ )か 之 ( これ )を「 否 ( いな )」と 云 ( い )はん。 いとしき、いとしき 我子等 ( わがこら )よ、 世に生れしは幸ひか、 誰 ( たれ )か 之 ( これ )を「 否 ( いな )」と 云 ( い )はん。 いとしき、いとしき 我子等 ( わがこら )よ、 今、君達のために、 この母は告げん。 君達は知れかし、 我等 ( わがら )の 家 ( いへ )に誇るべき祖先なきを、 私有する一尺の土地も無きを、 遊惰 ( いうだ )の日を送る 財 ( さい )も無きを。 人の身にして 己 ( おの )が 児 ( こ )を 愛することは 天地 ( あめつち )の 成しのままなる心なり。 けものも、鳥も、物 云 ( い )はぬ 木さへ、草さへ、おのづから 雛 ( ひな )と 種 ( たね )とをはぐくみぬ。 児等 ( こら )に 食 ( は )ません欲なくば 人はおほかた 怠 ( おこた )らん。 児等 ( こら )の栄えを思はずば 人は 其 ( その )身を慎まじ。 児 ( こ )の 美 ( うつ )くしさ素直さに すべての親は 浄 ( きよ )まりぬ。 さても悲しや、今の世は 働く 能 ( のう )を持ちながら、 職に離るる親多し。 いとしき心余れども 児 ( こ )を養はんこと 難 ( がた )し。 如何 ( いか )にすべきぞ、人に問ふ。 正月を、わたしは 元日 ( ぐわんじつ )から 月末 ( つきずゑ )まで 大なまけになまけてゐる。 勿論 ( もちろん )遊ぶことは骨が折れぬ、 けれど、 外 ( ほか )から思ふほど 決して、決して、おもしろくはない。 わたしはあの 鼠色 ( ねずみいろ )の雲だ、 晴れた空に 重苦しく 停 ( とゞま )つて、 陰鬱 ( いんうつ )な心を見せて居る雲だ。 わたしは 断 ( た )えず動きたい、 何 ( なに )かをしたい、 さうでなければ、この 家 ( いへ )の 大勢が皆飢ゑねばならぬ。 わたしはいらいらする。 それでゐて 何 ( なに )も手に 附 ( つ )かない、 人知れず廻る なまけぐせの 毒酒 ( どくしゆ )に ああ、わたしは 中 ( あ )てられた。 今日 ( けふ )こそは 何 ( なに )かしようと思ふばかりで、 わたしは毎日 つくねんと原稿 紙 ( し )を見詰めてゐる。 もう、わたしの上に 春の日は 射 ( さ )さないのか、 春の鳥は 啼 ( な )かないのか。 わたしの 内 ( うち )の火は消えたか。 あのじつと涙を 呑 ( の )むやうな 鼠色 ( ねずみいろ )の雲よ、 そなたも泣きたかろ、泣きたかろ。 正月は 唯 ( た )だ 徒 ( いたづ )らに 経 ( た )つて 行 ( ゆ )く。 おお、寒い風が吹く。 皆さん、 もう 夜明 ( よあけ )前ですよ。 お 互 ( たがひ )に大切なことは 「気を 附 ( つ )け」の 一語 ( いちご )。 まだ見えて居ます、 われわれの上に 大きな黒い手。 唯 ( た )だ片手ながら、 空に 聳 ( そび )えて動かず、 その指は じつと「死」を [#「「死」を」は底本では「「死」と」]指してゐます。 石で 圧 ( お )されたやうに 我我の 呼吸 ( いき )は苦しい。 けれど、皆さん、 我我は目が覚めてゐます。 今こそはつきりとした心で 見ることが出来ます、 太陽の 在所 ( ありか )を。 また知ることが出来ます、 華やかな朝の近づくことを。 大きな黒い手、 それは 弥 ( いや )が上に黒い。 その指は 猶 ( なほ ) じつと「死」を指して居ます。 われわれの上に。 大錯誤 ( おほまちがひ )の時が来た、 赤い 恐怖 ( おそれ )の時が来た、 野蛮が 濶 ( ひろ )い 羽 ( はね )を伸し、 文明人が一斉に 食人族 ( しよくじんぞく )の 仮面 ( めん )を 被 ( き )る。 ひとり世界を敵とする、 日耳曼人 ( ゲルマンじん )の大胆さ、 健気 ( けなげ )さ、しかし 此様 ( このやう )な 悪の力の 偏重 ( へんちよう )が 調節されずに 已 ( や )まれよか。 いまは戦ふ時である、 戦嫌 ( いくさぎら )ひのわたしさへ 今日 ( けふ ) 此頃 ( このごろ )は気が 昂 ( あが )る。 世界の霊と身と骨が 一度に 呻 ( うめ )く時が来た。 大陣痛 ( だいぢんつう )の時が来た、 生みの悩みの時が来た。 荒い 血汐 ( ちしほ )の洗礼で、 世界は更に新しい 知らぬ命を生むであろ。 其 ( そ )れがすべての人類に 真の平和を持ち 来 ( きた )す 精神 ( アアム )でなくて 何 ( な )んであろ。 どんな犠牲を払う [#「払う」はママ]ても いまは戦ふ時である。 歌はどうして作る。 じつと 観 ( み )、 じつと愛し、 じつと抱きしめて作る。 何 ( なに )を。 「真実」を。 「真実」は 何処 ( どこ )に在る。 最も近くに在る。 いつも自分と 一所 ( いつしよ )に、 この目の 観 ( み )る 下 ( もと )、 この心の愛する前、 わが両手の中に。 「真実」は 美 ( うつ )くしい人魚、 跳 ( は )ね 且 ( か )つ踊る、 ぴちぴちと踊る。 わが両手の中で、 わが感激の涙に 濡 ( ぬ )れながら。 疑ふ人は来て見よ、 わが両手の中の人魚は 自然の海を出たまま、 一つ一つの 鱗 ( うろこ )が 大理石 ( おほりせき ) [#ルビの「おほりせき」はママ]の 純白 ( じゆんぱく )のうへに 薔薇 ( ばら )の花の反射を持つてゐる。 みんな 何 ( なに )かを持つてゐる、 みんな 何 ( なに )かを持つてゐる。 後ろから来る女の 一列 ( いちれつ )、 みんな 何 ( なに )かを持つてゐる。 一人 ( ひとり )は右の手の上に 小さな 青玉 ( せいぎよく )の宝塔。 一人 ( ひとり )は 薔薇 ( ばら )と 睡蓮 ( すいれん )の ふくいくと香る花束。 一人 ( ひとり )は左の 腋 ( わき )に 革表紙 ( かはべうし )の 金字 ( きんじ )の書物。 一人 ( ひとり )は肩の上に地球儀。 一人 ( ひとり )は両手に大きな 竪琴 ( たてごと )。 わたしには 何 ( な )んにも無い わたしには 何 ( な )んにも無い。 身一つで踊るより 外 ( ほか )に わたしには 何 ( な )んにも無い。 競馬の馬の打勝たんとする鋭さならで 曲馬 ( きよくば )の馬は我を 棄 ( す )てし 服従の 素速 ( すばや )き気転なり。 曲馬 ( きよくば )の馬の 痩 ( や )せたるは、 競馬の馬の 逞 ( たくま )しく 美 ( うつ )くしき 優形 ( やさがた )と異なりぬ。 常に 飢 ( ひも )じきが 為 ( た )め。 競馬の馬もいと 稀 ( まれ )に 鞭 ( むち )を受く。 されど 寧 ( むし )ろ求めて 鞭 ( むち )打たれ、その刺戟に 跳 ( をど )る。 曲馬 ( きよくば )の馬の 爛 ( たゞ )れて 癒 ( い )ゆる 間 ( ま )なき 打傷 ( うちきず )と 何 ( いづ )れぞ。 競馬の馬と、 曲馬 ( きよくば )の馬と、 偶 ( たまた )ま 市 ( いち )の 大通 ( おほどほり )に 行 ( ゆ )き会ひし時、 競馬の馬はその同族の堕落を見て涙ぐみぬ。 曲馬 ( きよくば )の馬は泣くべき 暇 ( いとま )も無し、 慳貪 ( けんどん )なる 黒奴 ( くろんぼ )の 曲馬 ( きよくば )師は 広告のため、楽隊の 囃 ( はや )しに 伴 ( つ )れて彼を 歩 ( あゆ )ませぬ…… 手風琴 ( てふうきん )が鳴る…… そんなに、そんなに、 驢馬 ( ろば )が 啼 ( な )くやうな、 鉄葉 ( ブリキ )が 慄 ( ふる )へるやうな、 歯が浮くやうな、 厭 ( いや )な 手風琴 ( てふうきん )を鳴らさないで下さい。 鳴らさないで下さい、 そんなに 仰山 ( ぎやうさん )な 手風琴 ( てふうきん )を、 近所 合壁 ( がつぺき )から 邪慳 ( じやけん )に。 あれ、柱の 割目 ( われめ )にも、 電灯の 球 ( たま )の中にも、 天井にも、卓の 抽出 ( ひきだし )にも、 手風琴 ( てふうきん )の波が流れ込む。 わたしに 還 ( かへ )らうとするあの 幽 ( かす )かな声が 乱される……紛れる…… 途切れる…… 掻 ( か )き消される…… ああどうしよう……また逃げて行つてしまつた…… 「 手風琴 ( てふうきん )を鳴らすな」と 思ひ切つて 怒鳴 ( どな )つて見たが、 わたしにはもう声が無い、 有るのは真剣な 態度 ( ゼスト )ばかり…… 手風琴 ( てふうきん )が鳴る…… 煩 ( うる )さく鳴る…… 柱も、電灯も、 天井も、卓も、 瓶 ( かめ )の花も、 手風琴 ( てふうきん )に合せて踊つてゐる…… さうだ、こんな 処 ( ところ )に待つて居ず 駆け出さう、あの 闇 ( やみ )の方へ。 ……さて、わたしの声が 彷徨 ( さまよ )つてゐるのは 森か、 荒野 ( あらの )か、海のはてか…… ああ、どなたでも教へて下さい、 わたしの大事な 貴 ( たふと )い声の 在処 ( ありか )を。 「我」とは 何 ( なに )か、 斯 ( か )く問へば 物みな急に 後込 ( しりごみ )し、 あたりは白く静まりぬ。 いとよし、答ふる声なくば みづから 内 ( うち )に 事 ( こと )問はん。 「我」とは 何 ( なに )か、 斯 ( か )く問へば 愛 ( あい )、 憎 ( ぞう )、 喜 ( き )、 怒 ( ど )と名のりつつ 四人 ( よたり )の女あらはれぬ。 また 智 ( ち )と 信 ( しん )と名のりつつ 二人 ( ふたり )の男あらはれぬ。 われは 其等 ( それら )をうち眺め、 しばらくありてつぶやきぬ。 「心の中のもののけよ、 そは皆われに映りたる 世と他人との姿なり。 知らんとするは、ほだされず 模 ( ま )ねず、 雑 ( まじ )らず、従はぬ、 初生 ( うぶ )本来の我なるを、 消えよ」と 云 ( い )へば、 諸声 ( もろごゑ )に 泣き、 憤 ( いきどほ )り、 罵 ( のゝし )りぬ。 今こそわれは 冷 ( ひやゝ )かに いとよく我を 見得 ( みう )るなれ。 「我」とは 何 ( なに )か、答へぬも まことあはれや、 唖 ( おし )にして、 踊 ( をどり )を知れる肉なれば。 たそがれどきか、 明方 ( あけがた )か、 わたしの泣くは決まり無し。 蛋白石色 ( オパアルいろ ) [#「蛋白石色」は底本では「胥白石色」]のあの空が ふつと渦巻く海に見え、 波間 ( なみま )に [#「波間に」は底本では「波問に」]もがく白い手の 老 ( ふ )けたサツフオオ、死にきれぬ 若い心のサツフオオを ありあり眺めて共に泣く。 榛名山 ( はるなさん )の一角に、 段また段を成して、 羅馬 ( ロオマ )時代の 野外劇場 ( アンフイテアトル ) [#ルビの「アンフイテアトル」は底本では「アンフイテトアル」]の 如 ( ごと )く、 斜めに刻み 附 ( つ )けられた 桟敷 形 ( がた )の 伊香保 ( いかほ )の街。 屋根の上に屋根、 部屋の上に部屋、 すべてが温泉 宿 ( やど )である。 そして、 榛 ( はん )の若葉の光が 柔かい緑で 街全体を 濡 ( ぬら )してゐる。 街を縦に貫く 本道 ( ほんだう )は 雑多の店に 縁 ( ふち )どられて、 長い長い石の階段を作り、 伊香保 ( いかほ )神社の前にまで、 H ( エツチ )の字を無数に積み上げて、 殊更 ( ことさら )に建築家と絵師とを喜ばせる。 木魂 ( こだま )は声の霊、 如何 ( いか )に 微 ( かす )かなる声をも 早く感じ、早く知る。 常に時に先だつ彼女は また常に若し。 近き世の 木魂 ( こだま )は 市 ( いち )の中、 大路 ( おほぢ )の 並木の 蔭 ( かげ )に 佇 ( たゝず )み、 常に耳を澄まして聞く。 新しき生活の 諧音 ( かいおん )の 如何 ( いか )に生じ、 如何 ( いか )に移るべきかを。 木魂 ( こだま )は 稀 ( まれ )にも 肉身 ( にくしん )を示さず、 人の 狎 ( な )れて 驚かざらんことを 怖 ( おそ )る。 唯 ( た )だ 折折 ( をりをり )に 叫び 且 ( か )つ笑ふのみ。 小高 ( こだか )い丘の上へ、 何 ( なに )かを叫ぼうとして、 後 ( あと )から、 後 ( あと )からと 駆け登つて 行 ( ゆ )く人。 丘の下には 多勢 ( おほぜい )の人間が眠つてゐる。 もう、 夜 ( よる )では無い、 太陽は 中天 ( ちうてん )に近づいてゐる。 登つて 行 ( ゆ )く人、 行 ( ゆ )く人が 丘の上に顔を出し、 胸を張り、両手を拡げて、 「兄弟よ」と呼ばはる時、 さつと 血煙 ( ちけぶり )がその胸から立つ、 そして 直 ( す )ぐ 其 ( その )人は後ろに倒れる。 陰険な 狙撃 ( そげき )の矢に 中 ( あた )つたのである。 次の人も、また次の人も、 みんな丘の上で同じ様に倒れる。 丘の下には 眠つてゐる人ばかりで無い、 目を 覚 ( さま )した 人人 ( ひとびと )の中から 丘に登る予言者と その予言者を殺す反逆者とが現れる。 多勢 ( おほぜい )の人間は 何 ( なに )も知らずにゐる。 もう、 夜 ( よる )では無い、 太陽は 中天 ( ちうてん )に近づいて光つてゐる。 わが知れる 一柱 ( ひとはしら )の神の 御名 ( みな )を 讃 ( たた )へまつる。 あはれ欠けざることなき「孤独 清貧 ( せいひん )」の 御霊 ( みたま )、 ぐれんどうの 命 ( みこと )よ。 ぐれんどうの 命 ( みこと )にも 著 ( つ )け 給 ( たま )ふ 衣 ( きぬ )あり。 よれよれの 皺 ( しは )の波、 酒染 ( さかじみ )の雲、 煙草 ( たばこ )の 焼痕 ( やけあと )の 霰 ( あられ )模様。 もとより 痩 ( や )せに 痩 ( や )せ 給 ( たま )へば 衣 ( きぬ )を 透 ( とほ )して 乾物 ( ひもの )の 如 ( ごと )く骨だちぬ。 背丈の高きは冬の 老木 ( おいき )のむきだしなるが 如 ( ごと )し。 ぐれんどうの 命 ( みこと )の 顳 ( こめかみ )は音楽なり、 断 ( た )えず不思議なる 何事 ( なにごと )かを弾きぬ。 どす黒く青き筋肉の蛇の 節 ( ふし )廻し……… わが知れる芸術家の集りて、 女と酒とのある 処 ( ところ )、 ぐれんどうの 命 ( みこと )必ず 暴風 ( あらし )の 如 ( ごと )く 来 ( きた )りて 罵 ( のゝし )り 給 ( たま )ふ。 何処 ( いづこ )より 来給 ( きたま )ふや、知り 難 ( がた )し、 一所 ( いつしよ ) 不住 ( ふぢゆう )の神なり、 きちがひ 茄子 ( なす )の夢の 如 ( ごと )く過ぎ 給 ( たま )ふ神なり。 ぐれんどうの 命 ( みこと )の 御言葉 ( みことば )の荒さよ。 人皆その 眷属 ( けんぞく )の 如 ( ごと )くないがしろに呼ばれながら、 猶 ( なほ )この神と笑ひ興ずることを喜びぬ。 あれ、あれ、あれ、 後 ( あと )から 後 ( あと )からとのし掛つて、 ぐいぐいと 喉元 ( のどもと )を締める 凡俗の 生 ( せい )の圧迫……… 心は 気息 ( いき )を 次 ( つ )ぐ 間 ( ま )も無く、 どうすればいいかと 唯 ( た )だ右へ左へうろうろ……… もう 是 ( こ )れが癖になつた心は、 大やうな、 初心 ( うぶ )な、 時には 迂濶 ( うくわつ )らしくも見えた あの 好 ( す )いたらしい様子を 丸 ( まる )で失ひ、 氷のやうに 冴 ( さ )えた 細身の 刄先 ( はさき )を 苛苛 ( いらいら )と ふだんに 尖 ( とが )らす冷たさ。 けれど 蛙 ( かへる )は死なない、 びくびくと 顫 ( ふる )ひつづけ、 次の 刹那 ( せつな )に もう 直 ( す )ぐ前へ一歩、一歩、 裂けてはみだした 膓 ( はらわた )を 両手で抱きかかへて跳ぶ、跳ぶ。 そして 此 ( こ )の人間の 蛙 ( かへる )からは血が 滴 ( た )れる。 でも 猶 ( なほ )心は見て見ぬ 振 ( ふり )…… 泣かうにも涙が切れた、 叫ぼうにも声が立たぬ。 乾いた心の唇をじつと 噛 ( か )みしめ、 黙つて 唯 ( た )だうろうろと ( もが )くのは 人形だ、人形だ、 苦痛の 弾機 ( ばね )の上に乗つた人形だ。 被眼布 ( めかくし )したる女にて我がありしを、 その 被眼布 ( めかくし )は 却 ( かへ )りて 我 ( わ )れに 奇 ( く )しき光を導き、 よく物を 透 ( とほ )して見せつるを、 我が 行 ( ゆ )く 方 ( かた )に 淡紅 ( うすあか )き、白き、 とりどりの石の柱ありて 倚 ( よ )りしを、 花束と、 没薬 ( もつやく )と、 黄金 ( わうごん )の枝の果物と、 我が 水鏡 ( みづかゞみ )する 青玉 ( せいぎよく )の泉と、 また我に 接吻 ( くちづ )けて 羽羽 ( はば )たく 白鳥 ( はくてう )と、 其等 ( それら )みな我の 傍 ( かたへ )を離れざりしを。 ああ、我が 被眼布 ( めかくし )は落ちぬ。 天地 ( あめつち )は 忽 ( たちま )ちに 状変 ( さまかは )り、 うすぐらき中に我は立つ。 こは既に日の 入 ( い )りはてしか、 夜 ( よ )のまだ明けざるか、 はた、とこしへに光なく、音なく、 望 ( のぞみ )なく、 楽 ( たのし )みなく、 唯 ( た )だ大いなる 陰影 ( かげ )のたなびく国なるか。 否 ( いな )とよ、思へば、 これや我が目の 俄 ( には )かにも 盲 ( し )ひしならめ。 古き世界は古きままに、 日は 真赤 ( まつか )なる空を渡り、 花は緑の枝に咲きみだれ、 人は皆春のさかりに、 鳥のごとく歌ひ 交 ( かは )し、 うま酒は 盃 ( さかづき )より 滴 ( したゝ )れど、 われ 一人 ( ひとり )そを見ざるにやあらん。 否 ( いな )とよ、また思へば、幸ひは かの 肉色 ( にくいろ )の 被眼布 ( めかくし )にこそありけれ、 いでや再びそれを結ばん。 われは 戦 ( をのゝ )く身を 屈 ( かゞ )めて 闇 ( やみ )の底に冷たき手をさし伸ぶ。 あな、悲し、わが 推 ( お )しあての手探りに、 肉色 ( にくいろ )の 被眼布 ( めかくし )は触るる 由 ( よし )も無し。 とゆき、かくゆき、さまよへる 此処 ( ここ )は 何処 ( いづこ )ぞ、 かき曇りたる我が目にも 其 ( そ )れと知るは、 永き 夜 ( よ )の土を 一際 ( ひときは )黒く 圧 ( お )す 静かに 寂 ( さび )しき 扁柏 ( いとすぎ )の森の 蔭 ( かげ )なるらし。 頼む男のありながら 添はれずと 云 ( い )ふ君を見て、 一所 ( いつしよ )に泣くは 易 ( やす )けれど、 泣いて添はれる 由 ( よし )も無し。 何 ( なに )なぐさめて 云 ( い )はんにも 甲斐 ( かひ )なき 明日 ( あす )の見通され、 それと知る身は 本意 ( ほい )なくも うち 黙 ( もだ )すこそ苦しけれ。 片おもひとて恋は恋、 ひとり光れる 宝玉 ( はうぎよく )を 君が 抱 ( いだ )きて 悶 ( もだ )ゆるも 人の 羨 ( うらや )む 幸 ( さち )ながら、 海をよく知る船長は 早くも 暴風 ( しけ )を 避 ( さ )くと 云 ( い )ひ、 賢き人は涙もて 身を 浄 ( きよ )むるを知ると 云 ( い )ふ。 君は 何 ( いづ )れを 択 ( えら )ぶらん、 かく問ふことも我はせず、 うち 黙 ( もだ )すこそ苦しけれ。 君は 何 ( いづ )れを 択 ( えら )ぶらん。 ああ、弟よ、君を泣く、 君死にたまふことなかれ。 末 ( すゑ )に生れし君なれば 親のなさけは 勝 ( まさ )りしも、 親は 刄 ( やいば )をにぎらせて 人を殺せと教へしや、 人を殺して死ねよとて 廿四 ( にじふし )までを育てしや。 堺 ( さかい )の街のあきびとの 老舗 ( しにせ )を誇るあるじにて、 親の名を継ぐ君なれば、 君死にたまふことなかれ。 旅順の城はほろぶとも、 ほろびずとても、 何事 ( なにごと )ぞ、 君は知らじな、あきびとの 家 ( いへ )の習ひに無きことを。 君死にたまふことなかれ。 すめらみことは、戦ひに おほみづからは 出 ( い )でまさね [#「出でまさね」は底本では「出でませね」]、 互 ( かたみ )に人の血を流し、 獣 ( けもの )の 道 ( みち )に死ねよとは、 死ぬるを人の 誉 ( ほま )れとは、 おほみこころの深ければ、 もとより 如何 ( いか )で 思 ( おぼ )されん。 ああ、弟よ、戦ひに 君死にたまふことなかれ。 過ぎにし秋を 父君 ( ちゝぎみ )に おくれたまへる 母君 ( はゝぎみ )は、 歎きのなかに、いたましく、 我子 ( わがこ )を 召 ( め )され、 家 ( いへ )を 守 ( も )り、 安 ( やす )しと聞ける 大御代 ( おほみよ )も 母の 白髪 ( しらが )は増さりゆく。 暖簾 ( のれん )のかげに伏して泣く あえかに若き 新妻 ( にひづま )を 君忘るるや、思へるや。 十月 ( とつき )も添はで別れたる 少女 ( をとめ )ごころを思ひみよ。 この世ひとりの君ならで ああまた 誰 ( たれ )を頼むべき。 君死にたまふことなかれ。 うれしや、うれしや、 梅蘭芳 ( メイランフワン ) 今夜、世界は (ほんに、まあ、 華美 ( はで )な 唐画 ( たうぐわ )の世界、) 真赤 ( まつか )な、 真赤 ( まつか )な 石竹 ( せきちく )の色をして 匂 ( にほ )ひます。 おお、あなた故に、 梅蘭芳 ( メイランフワン )、 あなたの 美 ( うつ )くしい 楊貴妃 ( やうきひ )ゆゑに、 梅蘭芳 ( メイランフワン )、 愛に 焦 ( こが )れた女ごころが この不思議な 芳 ( かんば )しい酒となり、 世界を 浸 ( ひた )して流れます。 梅蘭芳 ( メイランフワン )、 あなたも 酔 ( ゑ )つてゐる、 あなたの 楊貴妃 ( やうきひ )も 酔 ( ゑ )つてゐる、 世界も 酔 ( ゑ )つてゐる、 わたしも 酔 ( ゑ )つてゐる、 むしやうに高いソプラノの 支那 ( しな )の 鼓弓 ( こきう )も 酔 ( ゑ )つてゐる。 うれしや、うれしや、 梅蘭芳 ( メイランフワン )。 これは不思議な 家 ( いへ )の絵だ、 家 ( いへ )では無くて塔の絵だ。 見上げる限り、 頑丈 ( ぐわんぢやう )に 五階重ねた鉄づくり。 入口 ( いりくち )からは機関車が 煙を吐いて首を出し、 二階の上の 露台 ( ろたい )には 大 ( だい )起重機が据ゑてある。 また、三階の正面は 大きな窓が 向日葵 ( ひまはり )の 花で 一 ( いつ )ぱい飾られて、 そこに 誰 ( たれ )やら 一人 ( ひとり )ゐる。 四階 ( しかい )の窓の横からは 長い 梯子 ( はしご )が地に届き、 五階は更に最大の 望遠鏡が天に向く。 塔の 尖端 ( さき )には 黄金 ( きん )の旗、 「平和」の文字が 靡 ( なび )いてる。 そして、 此 ( この )絵を 描 ( か )いたのは 小 ( ち )さい、優しい 京之介 ( きやうのすけ )。 秋の 嵐 ( あらし )が 荒 ( あ )れだして、 どの街の木も 横倒 ( よこたふ )し。 屋根の 瓦 ( かはら )も、 破風板 ( はふいた )も、 剥 ( は )がれて紙のやうに飛ぶ。 おお、この 荒 ( あ )れに、どの屋根で、 何 ( なに )に打たれて 傷 ( きず )したか、 可愛 ( かは )いい 一羽 ( いちは )のしら 鳩 ( はと )が 前の通りへ落ちて来た。 それと見るより 八歳 ( やつ )になる、 小 ( ち )さい、優しい、 京之介 ( きやうのすけ )、 嵐 ( あらし )の中に駆け寄つて、 じつと両手で抱き上げた。 傷 ( きず )した 鳩 ( はと )は背が少し うす桃色に 染 ( そ )んでゐる。 それを眺めた 京之介 ( きやうのすけ )、 もう 一 ( いつ )ぱいに目がうるむ。 鳩 ( はと )を 供 ( く )れよと、 口口 ( くちぐち )に 腕白 ( わんぱく )どもが呼ばはれど、 大人 ( おとな )のやうに 沈著 ( おちつ )いて、 頭 ( かぶり )を振つた 京之介 ( きやうのすけ )。 Ai ( アイ ) ( 愛 ( あい ))の 頭字 ( かしらじ )、片仮名と アルハベツトの書き 初 ( はじ )め、 わたしの好きな A ( エエ )の字を いろいろに見て歌ひましよ。 飾り 気 ( け )の無い A ( エエ )の字は 掘立 ( ほつたて )小屋の 入 ( はひ )り 口 ( くち )、 奥に見えるは 板敷 ( いたじき )か、 茣蓙 ( ござ )か、 囲炉裏 ( いろり )か、 飯台 ( はんだい )か。 小 ( ち )さくて 繊弱 ( きやしや )な A ( エエ )の字は 遠い岬に灯台を ほつそりとして一つ立て、 それを 繞 ( めぐ )るは白い 浪 ( なみ )。 いつも優しい A ( エエ )の字は 象牙 ( ざうげ )の 琴柱 ( ことぢ )、その 傍 ( そば )に 目には見えぬが、 好 ( よ )い 節 ( ふし )を 幻 ( まぼろし )の手が弾いてゐる。 いつも明るい A ( エエ )の字は 白水晶 ( しろずゐしやう )の 三稜鏡 ( プリズム )に 七 ( なな )つの 羽 ( はね )の 美 ( うつ )くしい 光の鳥をじつと抱く。 元気に満ちた A ( エエ )の字は 広い 沙漠 ( さばく )の砂を踏み さつく、さつくと 大足 ( おほあし )に、 あちらを向いて急ぐ人。 つんとすました A ( エエ )の字は オリンプ 山 ( ざん )の 頂 ( いただき )に 槍 ( やり )に代へたる 銀白 ( ぎんはく )の 鵞 ( が )ペンの 尖 ( さき )を立ててゐる。 時にさびしい A ( エエ )の字は 半身 ( はんしん )だけを窓に出し、 肱 ( ひぢ )をば突いて空を見る 三角 頭巾 ( づきん )の尼すがた。 しかも 威 ( ゐ )のある A ( エエ )の字は 埃及 ( エヂプト )の野の朝ゆふに 雲の 間 ( あひだ )の日を浴びて はるかに光る 金字塔 ( ピラミツド ) [#ルビの「ピラミツド」は底本では「ピラミツト」]。 そして 折折 ( をりをり ) A ( エエ )の字は 道化役者のピエロオの 赤い 尖 ( とが )つた帽となり、 わたしの前に踊り出す。 蟻 ( あり )よ、 蟻 ( あり )よ、 黒い 沢山 ( たくさん )の 蟻 ( あり )よ、 お前さん達の行列を見ると、 8 ( はち )、 8 ( はち )、 8 ( はち )、 8 ( はち )、 8 ( はち )、 8 ( はち )、 8 ( はち )、 8 ( はち )…… 幾万と並んだ 8 ( はち )の字の生きた鎖が動く。 蟻 ( あり )よ、 蟻 ( あり )よ、 そんなに並んで 何処 ( どこ )へ 行 ( ゆ )く。 行軍 ( かうぐん )か、 運動会か、 二千メエトル競走か、 それとも遠いブラジルへ 移住して 行 ( ゆ )く一隊か。 蟻 ( あり )よ、 蟻 ( あり )よ、 繊弱 ( かよわ )な体で なんと 云 ( い )ふ 活撥 ( くわつぱつ )なことだ。 全身を太陽に 暴露 ( さら )して、 疲れもせず、 怠 ( なま )けもせず、 さつさ、さつさと進んで 行 ( ゆ )く。 蟻 ( あり )よ、 蟻 ( あり )よ、 お前さん達はみんな 可愛 ( かは )いい、元気な 8 ( はち )の字少年隊。 古い細身の 槍 ( やり )のよに。 わたしの 孤蝶 ( こてふ )先生は、 ものおやさしい、 清 ( す )んだ 音 ( ね )の 乙 ( おつ )の調子で話す 方 ( かた )、 ふらんす、ろしあの小説を わたしの 為 ( た )めに話す 方 ( かた )。 わたしの 孤蝶 ( こてふ )先生は、 それで 何処 ( どこ )やら暗い 方 ( かた )、 はしやぐやうでも 滅入 ( めい )る 方 ( かた )、 舞妓 ( まひこ )の顔がをりをりに、 扇の 蔭 ( かげ )となるやうに。 [#「故郷」は底本では「故」] 堺 ( さかい )の街の妙国寺、 その門前の 庖丁屋 ( はうちよや )の 浅葱 ( あさぎ ) 納簾 ( のれん )の 間 ( あひだ )から 光る 刄物 ( はもの )のかなしさか。 御寺 ( おてら )の庭の塀の 内 ( うち )、 鳥の尾のよにやはらかな 青い芽をふく 蘇鉄 ( そてつ )をば 立つて見上げたかなしさか。 御堂 ( おだう )の前の 十 ( とを )の墓、 仏蘭西船 ( フランスぶね )に 斬 ( き )り 入 ( い )つた 重い 科 ( とが )ゆゑ死んだ人、 その 思出 ( おもひで )のかなしさか。 いいえ、それではありませぬ。 生れ故郷に 来 ( き )は 来 ( き )たが、 親の無い身は巡礼の さびしい気持になりました。 いたましく、いたましく、 流行 ( はやり )の 風 ( かぜ )に 三人 ( みたり )まで 我児 ( わがこ )ぞ病める。 梅霖 ( つゆ )の雨しとどと降るに、汗流れ、 こんこんと、苦しき 喉 ( のど )に 咳 ( せき )するよ。 あはれ、 此夜 ( このよ )のむし暑さ、 氷ぶくろを取りかへて、 団扇 ( うちは )とり 児等 ( こら )を 扇 ( あふ )げば、 蚊帳 ( かや )ごしに蚊のむれぞ鳴く。 名工 ( めいこう )のきたへし刀 一尺に満たぬ短き、 するどさを我は思ひぬ。 あるときは 異国人 ( とつくにびと )の 三角の 尖 ( さき )あるメスを われ 得 ( え )まく 切 ( せち )に願ひぬ。 いと憎き男の胸に 利 ( と )き 白刄 ( しらは )あてなん 刹那 ( せつな )、 たらたらと 我袖 ( わがそで )にさへ 指にさへ散るべき、 紅 ( あか )き 血を思ひ、 我 ( わ )れほくそ 笑 ( ゑ )み、 こころよく身さへ 慄 ( ふる )ふよ。 その時か、にくき男の 云 ( い )ひがたき心 宥 ( ゆる )さめ。 しかは 云 ( い )へ、突かんとすなる その胸に、 夜 ( よる )としなれば、 額 ( ぬか )よせて、いとうら 安 ( やす )の 夢に 入 ( い )る人も我なり。 男はた、いとしとばかり その胸に 我 ( わ )れかき 抱 ( いだ )き、 眠ること 未 ( いま )だ忘れず。 その胸を 今日 ( けふ )は 仮 ( か )さずと たはぶれに 云 ( い )ふことあらば、 我 ( わ )れ 如何 ( いか )に 佗 ( わび )しからまし。 素焼の 壺 ( つぼ )にらちもなく 投げては挿せど、 百合 ( ゆり )の花、 ひとり 秀 ( ひい )でて、清らかな 雪のひかりと白さとを 貴 ( あて )な 金紗 ( きんしや )の 匂 ( にほ )はしい エルに隠す 面 ( おも )ざしは、 二十歳 ( はたち )ばかりのつつましい そして 気高 ( けだか )い、やさがたの 侯爵夫人 ( マルキイズ )にもたとへよう。 花の秘密は知り 難 ( がた )い、 けれど、 百合 ( ゆり )をば見てゐると、 わたしの心は 涯 ( はて )もなく 拡がつて 行 ( ゆ )く、伸びて 行 ( ゆ )く。 [#ここで段組み終わり] [#改丁] [#ここからページの左右中央] 女、女、 女は王よりもよろづ 贅沢 ( ぜいたく )に、 世界の香料と、貴金属と、宝石と、 花と、 絹布 ( けんぷ )とは女こそ 使用 ( つか )ふなれ。 女の心臓のかよわなる血の 花弁 ( はなびら )の 旋律 ( ふしまはし )は ベエトオフエンの音楽のどの傑作にも 勝 ( まさ )り、 湯殿に 隠 ( こも )りて素肌のまま足の 爪 ( つめ )切る時すら、 女の誇りに 印度 ( いんど )の仏も知らぬほくそゑみあり。 言ひ寄る男をつれなく過ぐす自由も 女に許されたる楽しき特権にして、 相手の男の相場に負けて破産する日も、 女は 猶 ( なほ )恋の 小唄 ( こうた )を 口吟 ( くちずさ )みて男ごころを 和 ( やはら )ぐ。 たとへ 放火 ( ひつけ ) 殺人 ( ひとごろし )の 大罪 ( だいざい )にて監獄に 入 ( い )るとも、 男の 如 ( ごと )く 二分刈 ( にぶがり )とならず、黒髪は墓のあなたまで 浪 ( なみ )打ちぬ。 婦人運動を排する 諸声 ( もろごゑ )の 如何 ( いか )に高ければとて、 女は 何時 ( いつ )までも新しきゲエテ、カント、ニウトンを生み、 人間は 永久 ( とこしへ )うらわかき母の慈愛に育ちゆく。 女、女、日本の女よ、 いざ 諸共 ( もろとも )に 自 ( みづか )らを知らん。 青き 夜 ( よ )なり。 九段 ( くだん )の坂を 上 ( のぼ )り詰めて 振返りつつ 見下 ( みお )ろすことの 嬉 ( うれ )しや。 消え残る屋根の雪の色に 近き 家家 ( いへいへ )は 石造 ( いしづくり )の心地し、 神田、日本橋、 遠き 街街 ( まちまち )の 灯 ( ひ )のかげは 緑金 ( りよくこん )と、銀と、 紅玉 ( こうぎよく )の 星の海を作れり。 電車の 轢 ( きし )り……… 飯田町 ( いひだまち )駅の汽笛……… ふと、われは涙ぐみぬ、 高きモンマルトルの 段をなせる 路 ( みち )を 行 ( ゆ )きて、 君を眺めし 夕 ( ゆふべ )の 巴里 ( パリイ )を思ひ 出 ( い )でつれば。 わたしは 今日 ( けふ )病んでゐる、 生理的に病んでゐる。 わたしは黙つて目を 開 ( あ )いて 産前 ( さんぜん )の 床 ( とこ )に横になつてゐる。 なぜだらう、わたしは 度度 ( たびたび )死ぬ目に遭つてゐながら、 痛みと、血と、叫びに慣れて居ながら、 制しきれない不安と恐怖とに 慄 ( ふる )へてゐる。 若いお医者がわたしを慰めて、 生むことの 幸福 ( しあはせ )を述べて下された。 そんな事ならわたしの方が余計に知つてゐる。 それが今なんの役に立たう。 知識も現実で無い、 経験も過去のものである。 みんな黙つて居て下さい、 みんな傍観者の位置を越えずに居て下さい。 わたしは 唯 ( た )だ 一人 ( ひとり )、 天にも地にも 唯 ( た )だ 一人 ( ひとり )、 じつと唇を 噛 ( か )みしめて わたし自身の不可抗力を待ちませう。 生むことは、現に わたしの内から 爆 ( は )ぜる 唯 ( た )だ一つの真実創造、 もう是非の 隙 ( すき )も無い。 今、第一の陣痛…… 太陽は 俄 ( には )かに青白くなり、 世界は 冷 ( ひや )やかに 鎮 ( しづ )まる。 さうして、わたしは 唯 ( た )だ 一人 ( ひとり )……… 二歳 ( ふたつ )になる 可愛 ( かは )いいアウギユストよ、 おまへのために書いて置く、 おまへが 今日 ( けふ )はじめて おまへの母の 頬 ( ほ )を打つたことを。 おまへは 何 ( なに )も意識して居なかつたであらう、 そして 直 ( す )ぐに忘れてしまつたであらう、 けれど母は驚いた、 またしみじみと 嬉 ( うれ )しかつた。 おまへは、 他日 ( たじつ )、 一人 ( ひとり )の男として、 昂然 ( かうぜん )とみづから立つことが出来る、 清く 雄雄 ( をを )しく立つことが出来る、 また思ひ切り人と自然を愛することが出来る、 (征服の中枢は愛である、) また疑惑と、苦痛と、死と、 嫉妬 ( しつと )と、卑劣と、 嘲罵 ( てうば )と、 圧制と、 曲学 ( きよくがく )と、因襲と、 暴富 ( ぼうふ )と、 人爵 ( じんしやく )とに 打克 ( うちが )つことが出来る。 それだ、その純粋な一撃だ、 それがおまへの生涯の全部だ。 わたしはおまへの 掌 ( てのひら )が 獅子 ( しし )の 児 ( こ )のやうに打つた 鋭い一撃の痛さの 下 ( もと )で かう 云 ( い )ふ 白金 ( はくきん )の予感を覚えて 嬉 ( うれ )しかつた。 おまへは 何 ( なに )も意識して居なかつたであらう、 そして 直 ( す )ぐに忘れてしまつたであらう。 けれど、おまへが大人になつて、 思想する時にも、働く時にも、 恋する時にも、戦ふ時にも、 これを取り出してお読み。 二歳 ( ふたつ )になる 可愛 ( かは )いいアウギユストよ、 おまへのために書いて置く、 おまへが 今日 ( けふ )はじめて おまへの母の 頬 ( ほ )を打つたことを。 猶 ( なほ )かはいいアウギユストよ、 おまへは母の 胎 ( たい )に居て 欧羅巴 ( ヨオロツパ )を 観 ( み )てあるいたんだよ。 母と 一所 ( いつしよ )にしたその旅の記憶を おまへの成人するにつれて おまへの叡智が思ひ出すであらう。 [#「一撃だ。 」は底本では「一撃だ、」].

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海の見える俳句

今日好き青い春編みなみ

海の見える俳句 ed by 海を詠んだ俳句を集めました。 古今東西の文学作品の中で 海をテーマや背景にしたものはたくさんありますが、こと日本文学 に限って振り返ってみると、たとえば米文学ではハーマン・メルビルの 『白鯨』とかアーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』、英文学では ダニエル・ディフォーの『ロビンソン・クルーソー漂流記』、セシル・スコット・ フォレスターの海洋長編小説『ホーンブロワー・シリーズ』などのような 海を舞台にした作品は、管見ですが少ないように思います。 四囲を海に囲まれた島国、日本に住む日本人は『古事記』や 『万葉集』の時代から海と深い関わりがあることが窺えますが、こと文学 作品に限って言及すると、たとえば西洋古典文学の一大叙事詩、 ホメロス作『オデュッセイア』に見られるような海が大きな役割を担っている 作品は、残念ながら皆無に等しいようです。 しかしながら、幸いにも わたしたちには俳句があります。 わが俳句には、蕪村の有名な句 「春の海終日のたりのたりかな」から、高屋窓秋の句 「ちるさくら海あをければ海へちる」まで、海をテーマにした抒情的な 作品がたくさんあります。 ここでは現代俳句を中心に集めて、海岸に 打ち寄せる波をイメージして編集してみました。 俳句は一見すると、 波打ち際の白砂に書かれた文字のように淡くて儚い存在ですが、 その表現形式は世界文学の中ではひときわ「凛!」と輝いています。 浜辺に打ち寄せられた美しい貝殻を拾い集めるように、この コーナーでは海をテーマにした作品を収集していきたいと思って います。 はこちらから・・・ 春の海 潮騒の路地の奥まで初日の出 馬場龍吉 路地路地の春潮満ちてゐたりけり 加藤三七子 不知火の海の菜の花明りかな 加藤三七子 ちるさくら海あをければ海へちる 高屋窓秋 白き巨船きたれり春も遠からず 大野林火 雪嶺より稜駆けりきて春の岬 大野林火 卒業や海に合はむと海に来て 遠藤若狭男 春昼の真砂を濡らす潮かな 日野草城 春の浜大いなる輪が画いてある 高浜虚子 煙突の一本高し春の海 高浜虚子 海女とても陸こそよけれ桃の花 高浜虚子 海を見てをれば一列春の雁 高野素十 近海に鯛睦み居る涅槃像 永田耕衣 ふいに魚跳ぶ海底はどんな春 河井末子 ぎつしりと海がつまりし花辛夷 岡田史乃 海髪抱くその貝殻も数知れず 中村汀女 ゆく春や海恋ふものは海で死ね 鈴木真砂女 晩学や絶えず沖より春の波 鍵和田禾由子 春の旅はげしき海に出会ひけり 阿部みどり女 春日傘大きな船の着くを待つ 細川加賀 ひく波の跡美しや桜貝 松本たかし 蒲公英のかたさや海の日も一輪 中村草田男 海見える席譲り合ふ春の旅 乙武佳子 春岬コーヒー店に一人の客 山根きぬえ うららかや波を吸ひ込む砂の音 中井啓子 海が見えしか凧下りて来ず 鷹羽狩行 海わたる春雷塔を記憶せよ 大木あまり 大霞したる海より濤こだま 橋本鶏二 陸奥の海くらく濤たち春祭 柴田白葉女 戦艦は海底にあり黄砂降る 大庭紫逢 海の音山の音みな春しぐれ 中川宋淵 手をつけて海のつめたき桜かな 岸本尚毅 流さるる雛海にも荒野あり 藤井富美子 きつぱりと海山わかつ桜東風 宇多喜代子 海光に人の溶けゆくさくら月 上野章子 山に花海には鯛のふゞくかな 松瀬青々 海照ると芽吹きたらずや雑木山 篠田悌二郎 春の月海離れむとして撓む 藤木倶子 春月の暗きところを海といふ 行方克巳 春風の行方を記す海図室 八木荘一 囀や海の平らを死者歩く 三橋鷹女 海おぼろ忘れしころに浪くだけ 若木一朗 海の傷もたぬものなし桜貝 檜紀代 分骨のあとあをあをと春の海 友岡子郷 初蝶を追ひ海光をまぶしみぬ 沼田総子 海へ雲高く出てゆく藤の花 松林朝蒼 押し合うて海を桜のこゑわたる 川崎展宏 春雪のしばらく降るや海の上 前田普羅 拾われて海遠くなる桜貝 松田美子 紅梅や入海深くここまでも 高橋睦郎 ふるさとの海は鳴る海蓬餅 藤田湘子 立春の海よりの風海見えず 桂信子 鯛あまたゐる海の上盛装して 桂信子 春潮の幾重にも夜に入らむとす 桂信子 海機嫌防波堤と僕はそよ風 藤後左右 地球儀の海を見てをり卒業子 朝倉和江 雁風呂に海のつづきの波がたつ 渋谷道 そこらに島をばらまいて春の波 山頭火 ひらかなの柔かさもて春の波 富安風生 はまなすや波のうへより濤襲ひ 岸風三樓 病めばきこゆ春の襖の波の音 鷲谷七菜子 春光を砕きては波かゞやかに 稲畑汀子 春愁の波のままなる遠白帆 小檜山繁子 紅梅やをちこちに波たかぶれる 飴山實 春潮のひびきて白き月の暈 東早苗 少年にくらみそめたる春の沖 寺井谷子 蝶々や海へと抜ける穴ありき 五島高資 春の海まつすぐ行けば見える筈 大牧広 菜の花の丘大海が担ぎ上ぐ 竹内一犀 朧夜のフェリーボートのがらんどう 竹内一犀 春の地図コンパスを置く太平洋 坂石佳音 鶴帰るころと思ひし海の色 久保山敦子 雁供養北にあらうみあるばかり 久保山敦子 初旅の海しらしらとひらけたり 露草 ゆるやかに海に向く坂すみれ草 吉藤春美 ポーの詩の一節誦す春渚 吉藤春美 春眠や船近づきて遠ざかり 米元ひとみ 月おぼろ渚の恋のそこここに 米元ひとみ 春の波脚のモデルの足濡らす 米元ひとみ 帆船に世界の国旗風光る 米元ひとみ 船体のブルーのライン燕来る 米元ひとみ 紙ふぶき船春潮へすべり出づ 米元ひとみ ハンドルを左に切れば春の海 横山きっこ なみなみとみなとみたすや春のなみ 横山きっこ かつて海でありし銀座よ柳絮とぶ 横山きっこ 春潮やハモニカ吸へば鉄の味 横山きっこ 窓に顔映りて春の海暮るる 金子敦 突堤に犬と少年風光る 金子敦 風車海のひかりにまはりだす 金子敦 おぼろ夜の海はるかより母のこゑ 茂雄 船室の外朧夜の潮の風 茂雄 海に出て春風白き船となる 茂雄 またひとつ白き帆となる春の波 茂雄 夏の海 つばくらめナイフに海の蒼さあり 奥坂まや 東京湾海鳴滅びソーダ水 奥坂まや 船よりも白き航跡夏はじまる 鷹羽狩行 うたかたの海辺の恋や八月尽 吉屋信子 わが心に白波たてて海見る夏 原コウ子 港出てヨット淋しくなりにゆく 後藤比奈夫 父祖は海賊島の鬼百合蜜に充ち 坪内稔典 夜の冷蔵庫開けるな海があふれ出す 高野ムツオ 炎天の遠き帆やわがこころの帆 山口誓子 夏の海水兵ひとり紛失す 渡辺白泉 乳母車夏の怒濤によこむきに 橋本多佳子 夏の帆の夕日畳んで帰りけり 大串章 土用波わが立つ崖は進むなり 目迫秩父 夏すでに海恍惚として不安 飯田龍太 しんしんと肺碧きまで海の旅 篠原鳳作 管楽器寝かす五月の海の上 河合凱夫 波のりの白き疲れによこたはる 篠原鳳作 サングラス海へ突き出す鼻柱 三浦加代子 向日葵の蘂を見るとき海消えし 芝不器男 海の音にひまわり黒き瞳をひらく 木下夕爾 のこりゐる海の暮色と草いきれ 木下夕爾 ひるがほのほとりによべの渚あり 石田波郷 灯台の白立ちあがる夏岬 佐藤信子 水脈しるく曳きて晩夏のひかりとす 藤田湘子 海から誕生光る水着に肉つまり 西東三鬼 青大将太平洋に垂れ下がる 大串章 ひらききる百合はまつしろ海炎えゐむ 鷲谷七奈子 夏めくや海より生まれしいろの蝶 朝倉和江 パラソルにいますれすれの海原よ 齋藤慎爾 白日傘海に回せば海のいろ 勝田享子 遠き海夏手套に指されたる 木下夕爾 海凉し絣模様にうさぎ波 河野頼人 目開けば海目つむれば閑古鳥 飯田龍太 ガーベラの炎のごとし海を見たし 加藤楸邨 炎ゆる海わんわんと児が泣き喚き 山口誓子 ネガチブにまたポジチブに夏の海 鳴戸奈菜 夏帽に余る空あり海の旅 鈴木昌平 月見草涙見せじと海を見る 星野椿 夏海の匂ひ真白き朝のパン 平井さち子 海が見え詩を書く憂い夕立来る 穴井太 日傘さし海美しとひとことを 茨木和生 ひろがりひろがる青の信号だらけの海 阿部完市 海よりも陸荒々し昼寝覚 宮坂静生 桃啜る海へもぐりし昏さ曳き 宮坂静生 海へ出発菓子も水着も袋に透き 宮坂静生 卒業証書いだき寂寞海のごとし 宮坂静生 海へ少女朝を射ち抜く弾丸となつて 宮坂静生 かるい悔恨海より青い帽子と寝て 宮坂静生 正午の海と本の厚さのパン明るし 宮坂静生 浜木綿や坐りてぬるき海の砂 長谷川櫂 昏睡の海にただよふ白菖蒲 石寒太 海を見しかの羅を一度きり 正木ゆう子 晩年やまだ海のまま夏の海 永田耕衣 輝きてそそぐ水あり晩夏の海 安東次男 日傘させば海の底より淋しさ来る 津田清子 雲の峯男ばかりの海の上に 津田清子 夏海を見下して木をゆすぶれる 細見綾子 夏みかん手に海を見る場所探す 細見綾子 海越え来し端書一葉遠雷す 細見綾子 海を見る麦藁帽よ振り向かず 行方克巳 感情や少年海より上がりけり 攝津幸彦 海の青滲む葉書に数行余り 林田紀音夫 海のまぶしさ白骨の人立ちあがり 林田紀音夫 海ほどのさびしさよどむ樹下の椅子 林田紀音夫 遠くより風来て夏の海となる 飯田龍太 海へ去る水はるかなり金魚玉 三橋敏雄 長濤を以て音なし夏の海 三橋敏雄 皆海に向ひて座る夏帽子 稲畑汀子 七月の海がさみしきはずはなし 長谷川双魚 夏の手紙青いにじみは海の色 大高 翔 本の山くづれて遠き海に鮫 小澤 實 向日葵の空かがやけり波の群 水原秋桜子 深い夜の波が舷燈を消しにくる 富澤赤黄男 波騰げてひたすら青む加賀の国 飯田龍太 郷愁や夏波ななめにななめに寄す 川口重美 灯の下の波がひらりと夜の秋 飯田龍太 かがやきのきわみしら波うち返し 野村朱鱗洞 わが影の中のもの引く盆の波 中戸川朝人 土用波ひややかに蚊帳垂れにけり 金尾梅の門 抽出しにさざ波あふれ夏休暇 小檜山繁子 中年や身を夏濤のなすまゝに 藤井亘 夏潮にふぐりを摶たす孤島かな 秋元不死男 昼寝覚この世の涯は波白く 長谷川櫂 暁や北斗を浸す春の潮 松瀬青々 初夏の波を好めり高波を 藤後左右 海の紺白く剥ぎつつ土用波 瀧春一 さびしさは船一つ居る土用波 原石鼎 纜も旅の心も梅雨しとど 高野素十 花火待つ港の闇に誰も向き 野澤節子 日傘さすとき突堤をおもひ出す 岡本眸 ひきだしに海を映さぬサングラス 神野紗希 花蜜柑どの子もどこか潮に濡れ 友岡子郷 半身を魚に囲まれている土曜 五島高資 ドーナツの穴からゆりかもめが見える 五島高資 北海の波立つてゐる夏布団 のの ポケットの底に立夏の海がある 竹内一犀 海暮れて子が抱き上げし鯊の魚籠 露草 子にかけるプロレスの技海の家 露草 白南風や島を巡りて並木道 のりこ 梅雨きざす波止に帆船灯ともせり 米元ひとみ 水着着て恋のかたきと擦れ違ふ 米元ひとみ ティータイム一畳だけの海の家 米元ひとみ 星涼し汀に残る砂の城 米元ひとみ 雨あとの島の近さよ夏つばめ 米元ひとみ 潮風に光飛ばして髪洗ふ 米元ひとみ 潮騒や座布団で足る子の昼寝 米元ひとみ 波引くと素足の下の砂騒ぐ 米元ひとみ 夏萩の丘へ連れきて海見せる 米元ひとみ 星涼し島の最高峰にゐて 米元ひとみ 海の子の部屋より見ゆる夏の海 米元ひとみ 寄す波の崩す砂山夕つばめ 米元ひとみ 蠍座と平行に寝る浜キャンプ 米元ひとみ ビー玉の中のはるかな夏の海 米元ひとみ 群青の岬の空や夏ともし 米元ひとみ ざこねして青蚊帳にきく波の音 米元ひとみ 夏帽子最南端の風にぬぐ 米元ひとみ 下船まですごす甲板ソーダ水 米元ひとみ 枕辺に五月の波の来たりけり 横山きっこ サンダルをぶら提げてゆく防波堤 横山きっこ 土用波土用波へと崩れけり 横山きっこ 六月の海泣きにきて泣けなくて 横山きっこ 釣具屋の先に釣具屋夏近し 横山きっこ 失恋の歌の流るる海開き 金子敦 夏蜜柑ごろりと海へ傾きぬ 金子敦 石鹸に残る砂粒海の家 金子敦 海暮れて氷菓の棒の軽きこと 金子敦 いつせいに吊革傾ぎ夏の海 金子敦 夕焼の海閉ぢこめて画布畳む 金子敦 シャンソンの低く流るる海の家 金子敦 サーファーとなる数学の教師かな 金子敦 その夜の夢にあらはれ君泳ぐ 金子敦 行商の大いなる荷や土用波 金子敦 夕焼のかけらを踏める渚かな 金子敦 テーブルに残る貝殻海の家 金子敦 サンドイッチしづかに倒れ雲の峰 金子敦 ふるさとは遠き浜辺の花火かな 猫髭 短夜の海の母音の長きこと 猫髭 實朝の海へしただる青葉かな 猫髭 ひろげたる地図の岬があをあをす 茂雄 藍藍と海を五月の風が刷る 茂雄 揺れてゐるグラスの中の海の夏 茂雄 海明くる島のみどりの氾濫に 茂雄 夏川のひかりが海へ疾走す 茂雄 陽のあたるヨット陽翳るヨットあり 茂雄 灯台の白を晩夏の墓標とす 茂雄 打ち寄せる波のごとくに夏は来ぬ 茂雄 わが胸の海に涼しき波が立つ 茂雄 わが青き海に真白き帆がひとつ 茂雄 われは海ももかはヨット浮かべけり 茂雄 海の青さびしけふより一人の夏 茂雄 海の日の海を見てゐる漁師かな 茂雄 わが海にまつすぐ届く夏の波 茂雄 白日傘海辺にひとつ咲いてゐる 茂雄 逝く夏の浜に傾く帆がひとつ 茂雄 青簾外せば遠き海が見ゆ 茂雄 なみはやの波はや夏となりにけり 茂雄 大昼寝海へ海へと転がりぬ 茂雄 夏の波つぎつぎ白き帆となりぬ 茂雄 秋の海 鷹渡る白灯台を起点とし 栗田やすし 秋日差す海図古りたる操舵室 栗田やすし けさ秋の一帆生みぬ中の海 原石鼎 コスモスや海少し見ゆる邸道 萩原朔太郎 真夜に島離れゆく船青芒 友岡子郷 秋の航一大紺円盤の中 中村草田男 秋の船風吹く港出てゆけり 飯田龍太 ガラス戸の隅隅にまで秋の海 阿波野青畝 空になき翳りを海に見て秋思 菊池洋子 満月がひとりにひとつ海の上 正木ゆう子 秋の暮大魚の骨を海が引く 西東三鬼 海鳴りのはるけき芒折りにけり 木下夕爾 海とどまりわれら流れてゆきしかな 金子兜太 空になき翳りを海に見て愁思 菊池洋子 渡るべき海の昏さよ秋燕 高山れおな 秋の海木の間に見えてはるかなり 安住敦 ガラス戸の隅隅にまで秋の海 阿波野青畝 まひるまの海の平へきりぎりす 寺田達雄 海の色に朝顔咲かせ路地ぐらし 菖蒲あや けんらんたる七夕竹に海が透く 山口波津女 溜息のごとく秋の日海に入る 岩垣子鹿 葉月潮海は千筋の紺に澄み 中村草田男 いつのまに海はやつれて青蜜柑 川崎展宏 避雷針流れてやまぬ秋の海 川崎展宏 独りの母に海が濃すぎる曼珠沙華 鍵和田 禾由子 野も盡きて海うろこ雲茜まとふ 津田清子 檸檬青し海光秋の風に澄み 西島麥南 きらめきて月の海へとながるゝ罐 横山白虹 かなかなや夕日のあとの海の紺 中拓夫 海をみて佇てば海より秋の風 久保田万太郎 かなかなや絹の海ゆく裁鋏 渋谷道 蟋蟀の無明に海のいなびかり 山口誓子 月光を燃えさかのぼる海の蝶 石原八束 秋海の一流木に心とめ 高野素十 波あがり音のおくるる秋のくれ 野見山朱鳥 秋の潮波ぎつしりと昏れ際佳し 安達真弓 爽やかや風のことばを波が継ぎ 鷹羽狩行 月からの流木その他ありにけり 五島高資 初潮や文箱の螺鈿にじいろに 馬場龍吉 月の夜の川に入り来る海の魚 久保山敦子 尾花みな海にかたぶく岬かな 吉藤春美 星月夜デッキブラシと踊りけり 米元ひとみ 流星のひとつとびせり瀬戸の海 米元ひとみ 見送りのフェリーに乗つてしまふ秋 米元ひとみ 流星群待つ砂浜に焚火して 米元ひとみ 虫の夜をライトアップの豪華船 米元ひとみ 秋の燈をゆらし徹夜の浚渫船 米元ひとみ 吹かれくる浜辺の砂と秋の蝶 横山きっこ あんぱんの袋引き裂く秋の海 金子敦 雲ひとつはぐれてゐたり海は秋 ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,, 金子敦 港はや九月の海の暗さ負ひ 茂雄 秋の潮目を細めては開きては 茂雄 秋の波こころの浜に押し寄せて 茂雄 白浜の夕べを濡らす秋の波 茂雄 波白く砕けて秋の浜となる 茂雄 月光裡湾岸線に乗りしより 茂雄 秋晴れや海を遥かに船具店 茂雄 冬の海 水枕ガバリと寒い海がある 西東三鬼 路地ごとに海の暗さやクリスマス 加藤三七子 病めば蒲団のそと冬海の青きを覚え 中塚一碧楼 冬海や一隻の舟難航す 高浜虚子 あをあをと年越す北のうしほかな 飯田龍太 冬うらら海賊船は壜の中 中村苑子 鷺とんで白を彩とす冬の海 山口誓子 木がらしや目刺にのこる海の色 芥川龍之介 風花のかかりて青き目刺買ふ 石原舟月 水仙の花のむこうはいつも海 伊藤敬子 海を見るひとりひとりに雪降れり 小田郁子 海に出て木枯帰るところなし 山口誓子 哭く女窓の寒潮縞をなし 西東三鬼 凩や馬現れて海の上 松澤昭 核の冬天知る地知る海ぞ知る 高屋窓秋 皿洗う水のいつしか暗い海 林田紀音夫 冬の波冬の波止場に来て返す 加藤郁也 冬の海鮫の百尾もゐるごとし 藤崎久を がうがうと朝日押上ぐ寒の海 小島みつ代 燈を点けて冬至の海の貨客船 川崎展宏 海鳴りの底よりにじむ一流木 穴井太 そそる石山水仙ひとむら海を聴き 友岡子郷 どこまでも海が蹤きくる冬の坂 鍵和田 禾由子 海鳴りに覚める祖の血や野水仙 鍵和田 禾由子 鏡餅こころの海の光るなり 鍵和田 禾由子 初桜もう海に無い玉手箱 鍵和田 禾由子 冬の海吐出す顎の如きもの 高橋睦郎 冬麗の海を木の間に子守唄 片山由美子 薄々と筆を下ろせば冬の海 正木ゆう子 海光を海にかへして冬の崖 平井照敏 またもとの如く昃り冬の海 波多野爽波 全身が書に飢えて冬の日は海となる 橋本夢道 冬苺海一枚となり光る 深見けん二 冬の海こころにも波確かなり 朝倉和江 編棒は荒海をあむ蔵の窓 渋谷道 母死んで海の青さよつわぶきよ 坪内稔典 冬の海をんなを畳みきれざるまま 小檜山繁子 冬海へ鳴らぬ時計をささげゆく 宇多喜代子 障子あけて置く海も暮れ切る 尾崎放哉 海見えて風花光るものとなる 稲畑汀子 母の櫛使えば吹雪く海が見ゆ 大井 恒行 一月の海まつさをに陸に着く 原田喬 群青の海に櫂漕ぐ冬の夢 妹尾 健 冬波の百千万の皆起伏 高野素十 寒潮の一つの色に湛へたる 高野素十 冬波に乗り夜が来る夜が来る 角川源義 波冴ゆる流木立たん立たんとす 山口草堂 冬の波退くや鉄鎖の響きして 長谷川櫂 凍港や楽器売り場のごと光る 櫂未知子 病室の窓はんぶんは冬の海 五島高資 どの海も海と繋がる大旦 辻美奈子 枯草の上に大きな海があり 山西雅子 木枯や佐渡を背に立つ良寛碑 のりこ 数へ日のひと日を海に遊びけり 吉藤春美 日矢あまた降りてしづかな冬の海 吉藤春美 寒月光海の底ひに届きけり 吉藤春美 海山の風をいとはず雪中花 吉藤春美 水仙の波打つ崖に上りけり 吉藤春美 灯台と海の暮れゆく野水仙 吉藤春美 寒の波雲湧くごとく立ち上がる 吉藤春美 一湾の波ともなれず百合鴎 吉藤春美 ホットレモン船の発着見てをりぬ 米元ひとみ 黒ブーツ寄港の夫に会ひにゆく 米元ひとみ 冬夕焼コンビナートに巨船入る 米元ひとみ 凩の港に立てりオリオン座 米元ひとみ 黒潮の浜にうたた寝十二月 米元ひとみ 沖の船灯り初めたる冬景色 米元ひとみ 冬凪へ胸の揚羽を放ちけり 横山きっこ 小春日の海に三つの汽笛かな 竹内一犀 月光をさりさり削る波がしら 金子敦 欠伸して冬麗の海見えて来し 金子敦 思い出になりかけてゐる冬の海 金子敦 冬かもめ白いページとなりて舞ふ 金子敦 空缶のななめに刺さり冬の海 金子敦 海を見て来しマフラーを畳みけり 金子敦 一歩づつ海盛り上がる枯野かな 金子敦 冬蝶や崖の下より波の音 金子敦 白息の声とはならず夜の海 金子敦 冬空と海のあはひの軋みけり 金子敦 冬晴の海や少年なら叫ぶ 金子敦 初日出で海の匂ひをまとひけり 金子敦 冬木の芽ひとつひとつが海に向く 金子敦 しばらくは海を見てゐる焼藷屋 金子敦 冬濤の砕けてはまた星となる 茂雄 これは2004年5月からわたしの掲示板ではじまった連句です。 宗匠役の の呼びかけで始まったこの連句は、歌仙と 呼ばれる形式でやっているのですが、誤解を恐れずに言えば、イメージ 遊び、言葉遊びの楽しさがあります。 まるでブレーンストーミングに似た、 連想が連想を呼び、イメージがイメージを生み、言葉が言葉を紡ぎ出す という知的好奇心をくすぐる遊戯。 しかも大人でないと付き合えないような、 長句から短句への付合(つけあい)の和。 まだお互いに一度も会ったこともないにもかかわらず、もう旧知のように 「しげちゃん、 」などと呼び合う連衆になりました。 わたしをはじめ最近始めた初心者が編んだ歌仙ですので、 専門家の方がご覧になったら、とても連句文芸などと言えない かも知れませんが、楽しく繋ぐことが出来ました。 掲示板「海の見える カフェ・テラス」にて編まれた歌仙ですので、この「海の見える俳句」の ページに置くことにしました。 ご笑覧いただけると幸いです。 日付は歌仙が巻き上がった日です。 文を中揃えにしたら句や名前が 乱れてしまいましたが、この乱れがまた波のイメージに似ている のを幸いに、あえて揃えることをしせんでした。

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sukima2019

今日好き青い春編みなみ

海の見える俳句 ed by 海を詠んだ俳句を集めました。 古今東西の文学作品の中で 海をテーマや背景にしたものはたくさんありますが、こと日本文学 に限って振り返ってみると、たとえば米文学ではハーマン・メルビルの 『白鯨』とかアーネスト・ヘミングウェイの『老人と海』、英文学では ダニエル・ディフォーの『ロビンソン・クルーソー漂流記』、セシル・スコット・ フォレスターの海洋長編小説『ホーンブロワー・シリーズ』などのような 海を舞台にした作品は、管見ですが少ないように思います。 四囲を海に囲まれた島国、日本に住む日本人は『古事記』や 『万葉集』の時代から海と深い関わりがあることが窺えますが、こと文学 作品に限って言及すると、たとえば西洋古典文学の一大叙事詩、 ホメロス作『オデュッセイア』に見られるような海が大きな役割を担っている 作品は、残念ながら皆無に等しいようです。 しかしながら、幸いにも わたしたちには俳句があります。 わが俳句には、蕪村の有名な句 「春の海終日のたりのたりかな」から、高屋窓秋の句 「ちるさくら海あをければ海へちる」まで、海をテーマにした抒情的な 作品がたくさんあります。 ここでは現代俳句を中心に集めて、海岸に 打ち寄せる波をイメージして編集してみました。 俳句は一見すると、 波打ち際の白砂に書かれた文字のように淡くて儚い存在ですが、 その表現形式は世界文学の中ではひときわ「凛!」と輝いています。 浜辺に打ち寄せられた美しい貝殻を拾い集めるように、この コーナーでは海をテーマにした作品を収集していきたいと思って います。 はこちらから・・・ 春の海 潮騒の路地の奥まで初日の出 馬場龍吉 路地路地の春潮満ちてゐたりけり 加藤三七子 不知火の海の菜の花明りかな 加藤三七子 ちるさくら海あをければ海へちる 高屋窓秋 白き巨船きたれり春も遠からず 大野林火 雪嶺より稜駆けりきて春の岬 大野林火 卒業や海に合はむと海に来て 遠藤若狭男 春昼の真砂を濡らす潮かな 日野草城 春の浜大いなる輪が画いてある 高浜虚子 煙突の一本高し春の海 高浜虚子 海女とても陸こそよけれ桃の花 高浜虚子 海を見てをれば一列春の雁 高野素十 近海に鯛睦み居る涅槃像 永田耕衣 ふいに魚跳ぶ海底はどんな春 河井末子 ぎつしりと海がつまりし花辛夷 岡田史乃 海髪抱くその貝殻も数知れず 中村汀女 ゆく春や海恋ふものは海で死ね 鈴木真砂女 晩学や絶えず沖より春の波 鍵和田禾由子 春の旅はげしき海に出会ひけり 阿部みどり女 春日傘大きな船の着くを待つ 細川加賀 ひく波の跡美しや桜貝 松本たかし 蒲公英のかたさや海の日も一輪 中村草田男 海見える席譲り合ふ春の旅 乙武佳子 春岬コーヒー店に一人の客 山根きぬえ うららかや波を吸ひ込む砂の音 中井啓子 海が見えしか凧下りて来ず 鷹羽狩行 海わたる春雷塔を記憶せよ 大木あまり 大霞したる海より濤こだま 橋本鶏二 陸奥の海くらく濤たち春祭 柴田白葉女 戦艦は海底にあり黄砂降る 大庭紫逢 海の音山の音みな春しぐれ 中川宋淵 手をつけて海のつめたき桜かな 岸本尚毅 流さるる雛海にも荒野あり 藤井富美子 きつぱりと海山わかつ桜東風 宇多喜代子 海光に人の溶けゆくさくら月 上野章子 山に花海には鯛のふゞくかな 松瀬青々 海照ると芽吹きたらずや雑木山 篠田悌二郎 春の月海離れむとして撓む 藤木倶子 春月の暗きところを海といふ 行方克巳 春風の行方を記す海図室 八木荘一 囀や海の平らを死者歩く 三橋鷹女 海おぼろ忘れしころに浪くだけ 若木一朗 海の傷もたぬものなし桜貝 檜紀代 分骨のあとあをあをと春の海 友岡子郷 初蝶を追ひ海光をまぶしみぬ 沼田総子 海へ雲高く出てゆく藤の花 松林朝蒼 押し合うて海を桜のこゑわたる 川崎展宏 春雪のしばらく降るや海の上 前田普羅 拾われて海遠くなる桜貝 松田美子 紅梅や入海深くここまでも 高橋睦郎 ふるさとの海は鳴る海蓬餅 藤田湘子 立春の海よりの風海見えず 桂信子 鯛あまたゐる海の上盛装して 桂信子 春潮の幾重にも夜に入らむとす 桂信子 海機嫌防波堤と僕はそよ風 藤後左右 地球儀の海を見てをり卒業子 朝倉和江 雁風呂に海のつづきの波がたつ 渋谷道 そこらに島をばらまいて春の波 山頭火 ひらかなの柔かさもて春の波 富安風生 はまなすや波のうへより濤襲ひ 岸風三樓 病めばきこゆ春の襖の波の音 鷲谷七菜子 春光を砕きては波かゞやかに 稲畑汀子 春愁の波のままなる遠白帆 小檜山繁子 紅梅やをちこちに波たかぶれる 飴山實 春潮のひびきて白き月の暈 東早苗 少年にくらみそめたる春の沖 寺井谷子 蝶々や海へと抜ける穴ありき 五島高資 春の海まつすぐ行けば見える筈 大牧広 菜の花の丘大海が担ぎ上ぐ 竹内一犀 朧夜のフェリーボートのがらんどう 竹内一犀 春の地図コンパスを置く太平洋 坂石佳音 鶴帰るころと思ひし海の色 久保山敦子 雁供養北にあらうみあるばかり 久保山敦子 初旅の海しらしらとひらけたり 露草 ゆるやかに海に向く坂すみれ草 吉藤春美 ポーの詩の一節誦す春渚 吉藤春美 春眠や船近づきて遠ざかり 米元ひとみ 月おぼろ渚の恋のそこここに 米元ひとみ 春の波脚のモデルの足濡らす 米元ひとみ 帆船に世界の国旗風光る 米元ひとみ 船体のブルーのライン燕来る 米元ひとみ 紙ふぶき船春潮へすべり出づ 米元ひとみ ハンドルを左に切れば春の海 横山きっこ なみなみとみなとみたすや春のなみ 横山きっこ かつて海でありし銀座よ柳絮とぶ 横山きっこ 春潮やハモニカ吸へば鉄の味 横山きっこ 窓に顔映りて春の海暮るる 金子敦 突堤に犬と少年風光る 金子敦 風車海のひかりにまはりだす 金子敦 おぼろ夜の海はるかより母のこゑ 茂雄 船室の外朧夜の潮の風 茂雄 海に出て春風白き船となる 茂雄 またひとつ白き帆となる春の波 茂雄 夏の海 つばくらめナイフに海の蒼さあり 奥坂まや 東京湾海鳴滅びソーダ水 奥坂まや 船よりも白き航跡夏はじまる 鷹羽狩行 うたかたの海辺の恋や八月尽 吉屋信子 わが心に白波たてて海見る夏 原コウ子 港出てヨット淋しくなりにゆく 後藤比奈夫 父祖は海賊島の鬼百合蜜に充ち 坪内稔典 夜の冷蔵庫開けるな海があふれ出す 高野ムツオ 炎天の遠き帆やわがこころの帆 山口誓子 夏の海水兵ひとり紛失す 渡辺白泉 乳母車夏の怒濤によこむきに 橋本多佳子 夏の帆の夕日畳んで帰りけり 大串章 土用波わが立つ崖は進むなり 目迫秩父 夏すでに海恍惚として不安 飯田龍太 しんしんと肺碧きまで海の旅 篠原鳳作 管楽器寝かす五月の海の上 河合凱夫 波のりの白き疲れによこたはる 篠原鳳作 サングラス海へ突き出す鼻柱 三浦加代子 向日葵の蘂を見るとき海消えし 芝不器男 海の音にひまわり黒き瞳をひらく 木下夕爾 のこりゐる海の暮色と草いきれ 木下夕爾 ひるがほのほとりによべの渚あり 石田波郷 灯台の白立ちあがる夏岬 佐藤信子 水脈しるく曳きて晩夏のひかりとす 藤田湘子 海から誕生光る水着に肉つまり 西東三鬼 青大将太平洋に垂れ下がる 大串章 ひらききる百合はまつしろ海炎えゐむ 鷲谷七奈子 夏めくや海より生まれしいろの蝶 朝倉和江 パラソルにいますれすれの海原よ 齋藤慎爾 白日傘海に回せば海のいろ 勝田享子 遠き海夏手套に指されたる 木下夕爾 海凉し絣模様にうさぎ波 河野頼人 目開けば海目つむれば閑古鳥 飯田龍太 ガーベラの炎のごとし海を見たし 加藤楸邨 炎ゆる海わんわんと児が泣き喚き 山口誓子 ネガチブにまたポジチブに夏の海 鳴戸奈菜 夏帽に余る空あり海の旅 鈴木昌平 月見草涙見せじと海を見る 星野椿 夏海の匂ひ真白き朝のパン 平井さち子 海が見え詩を書く憂い夕立来る 穴井太 日傘さし海美しとひとことを 茨木和生 ひろがりひろがる青の信号だらけの海 阿部完市 海よりも陸荒々し昼寝覚 宮坂静生 桃啜る海へもぐりし昏さ曳き 宮坂静生 海へ出発菓子も水着も袋に透き 宮坂静生 卒業証書いだき寂寞海のごとし 宮坂静生 海へ少女朝を射ち抜く弾丸となつて 宮坂静生 かるい悔恨海より青い帽子と寝て 宮坂静生 正午の海と本の厚さのパン明るし 宮坂静生 浜木綿や坐りてぬるき海の砂 長谷川櫂 昏睡の海にただよふ白菖蒲 石寒太 海を見しかの羅を一度きり 正木ゆう子 晩年やまだ海のまま夏の海 永田耕衣 輝きてそそぐ水あり晩夏の海 安東次男 日傘させば海の底より淋しさ来る 津田清子 雲の峯男ばかりの海の上に 津田清子 夏海を見下して木をゆすぶれる 細見綾子 夏みかん手に海を見る場所探す 細見綾子 海越え来し端書一葉遠雷す 細見綾子 海を見る麦藁帽よ振り向かず 行方克巳 感情や少年海より上がりけり 攝津幸彦 海の青滲む葉書に数行余り 林田紀音夫 海のまぶしさ白骨の人立ちあがり 林田紀音夫 海ほどのさびしさよどむ樹下の椅子 林田紀音夫 遠くより風来て夏の海となる 飯田龍太 海へ去る水はるかなり金魚玉 三橋敏雄 長濤を以て音なし夏の海 三橋敏雄 皆海に向ひて座る夏帽子 稲畑汀子 七月の海がさみしきはずはなし 長谷川双魚 夏の手紙青いにじみは海の色 大高 翔 本の山くづれて遠き海に鮫 小澤 實 向日葵の空かがやけり波の群 水原秋桜子 深い夜の波が舷燈を消しにくる 富澤赤黄男 波騰げてひたすら青む加賀の国 飯田龍太 郷愁や夏波ななめにななめに寄す 川口重美 灯の下の波がひらりと夜の秋 飯田龍太 かがやきのきわみしら波うち返し 野村朱鱗洞 わが影の中のもの引く盆の波 中戸川朝人 土用波ひややかに蚊帳垂れにけり 金尾梅の門 抽出しにさざ波あふれ夏休暇 小檜山繁子 中年や身を夏濤のなすまゝに 藤井亘 夏潮にふぐりを摶たす孤島かな 秋元不死男 昼寝覚この世の涯は波白く 長谷川櫂 暁や北斗を浸す春の潮 松瀬青々 初夏の波を好めり高波を 藤後左右 海の紺白く剥ぎつつ土用波 瀧春一 さびしさは船一つ居る土用波 原石鼎 纜も旅の心も梅雨しとど 高野素十 花火待つ港の闇に誰も向き 野澤節子 日傘さすとき突堤をおもひ出す 岡本眸 ひきだしに海を映さぬサングラス 神野紗希 花蜜柑どの子もどこか潮に濡れ 友岡子郷 半身を魚に囲まれている土曜 五島高資 ドーナツの穴からゆりかもめが見える 五島高資 北海の波立つてゐる夏布団 のの ポケットの底に立夏の海がある 竹内一犀 海暮れて子が抱き上げし鯊の魚籠 露草 子にかけるプロレスの技海の家 露草 白南風や島を巡りて並木道 のりこ 梅雨きざす波止に帆船灯ともせり 米元ひとみ 水着着て恋のかたきと擦れ違ふ 米元ひとみ ティータイム一畳だけの海の家 米元ひとみ 星涼し汀に残る砂の城 米元ひとみ 雨あとの島の近さよ夏つばめ 米元ひとみ 潮風に光飛ばして髪洗ふ 米元ひとみ 潮騒や座布団で足る子の昼寝 米元ひとみ 波引くと素足の下の砂騒ぐ 米元ひとみ 夏萩の丘へ連れきて海見せる 米元ひとみ 星涼し島の最高峰にゐて 米元ひとみ 海の子の部屋より見ゆる夏の海 米元ひとみ 寄す波の崩す砂山夕つばめ 米元ひとみ 蠍座と平行に寝る浜キャンプ 米元ひとみ ビー玉の中のはるかな夏の海 米元ひとみ 群青の岬の空や夏ともし 米元ひとみ ざこねして青蚊帳にきく波の音 米元ひとみ 夏帽子最南端の風にぬぐ 米元ひとみ 下船まですごす甲板ソーダ水 米元ひとみ 枕辺に五月の波の来たりけり 横山きっこ サンダルをぶら提げてゆく防波堤 横山きっこ 土用波土用波へと崩れけり 横山きっこ 六月の海泣きにきて泣けなくて 横山きっこ 釣具屋の先に釣具屋夏近し 横山きっこ 失恋の歌の流るる海開き 金子敦 夏蜜柑ごろりと海へ傾きぬ 金子敦 石鹸に残る砂粒海の家 金子敦 海暮れて氷菓の棒の軽きこと 金子敦 いつせいに吊革傾ぎ夏の海 金子敦 夕焼の海閉ぢこめて画布畳む 金子敦 シャンソンの低く流るる海の家 金子敦 サーファーとなる数学の教師かな 金子敦 その夜の夢にあらはれ君泳ぐ 金子敦 行商の大いなる荷や土用波 金子敦 夕焼のかけらを踏める渚かな 金子敦 テーブルに残る貝殻海の家 金子敦 サンドイッチしづかに倒れ雲の峰 金子敦 ふるさとは遠き浜辺の花火かな 猫髭 短夜の海の母音の長きこと 猫髭 實朝の海へしただる青葉かな 猫髭 ひろげたる地図の岬があをあをす 茂雄 藍藍と海を五月の風が刷る 茂雄 揺れてゐるグラスの中の海の夏 茂雄 海明くる島のみどりの氾濫に 茂雄 夏川のひかりが海へ疾走す 茂雄 陽のあたるヨット陽翳るヨットあり 茂雄 灯台の白を晩夏の墓標とす 茂雄 打ち寄せる波のごとくに夏は来ぬ 茂雄 わが胸の海に涼しき波が立つ 茂雄 わが青き海に真白き帆がひとつ 茂雄 われは海ももかはヨット浮かべけり 茂雄 海の青さびしけふより一人の夏 茂雄 海の日の海を見てゐる漁師かな 茂雄 わが海にまつすぐ届く夏の波 茂雄 白日傘海辺にひとつ咲いてゐる 茂雄 逝く夏の浜に傾く帆がひとつ 茂雄 青簾外せば遠き海が見ゆ 茂雄 なみはやの波はや夏となりにけり 茂雄 大昼寝海へ海へと転がりぬ 茂雄 夏の波つぎつぎ白き帆となりぬ 茂雄 秋の海 鷹渡る白灯台を起点とし 栗田やすし 秋日差す海図古りたる操舵室 栗田やすし けさ秋の一帆生みぬ中の海 原石鼎 コスモスや海少し見ゆる邸道 萩原朔太郎 真夜に島離れゆく船青芒 友岡子郷 秋の航一大紺円盤の中 中村草田男 秋の船風吹く港出てゆけり 飯田龍太 ガラス戸の隅隅にまで秋の海 阿波野青畝 空になき翳りを海に見て秋思 菊池洋子 満月がひとりにひとつ海の上 正木ゆう子 秋の暮大魚の骨を海が引く 西東三鬼 海鳴りのはるけき芒折りにけり 木下夕爾 海とどまりわれら流れてゆきしかな 金子兜太 空になき翳りを海に見て愁思 菊池洋子 渡るべき海の昏さよ秋燕 高山れおな 秋の海木の間に見えてはるかなり 安住敦 ガラス戸の隅隅にまで秋の海 阿波野青畝 まひるまの海の平へきりぎりす 寺田達雄 海の色に朝顔咲かせ路地ぐらし 菖蒲あや けんらんたる七夕竹に海が透く 山口波津女 溜息のごとく秋の日海に入る 岩垣子鹿 葉月潮海は千筋の紺に澄み 中村草田男 いつのまに海はやつれて青蜜柑 川崎展宏 避雷針流れてやまぬ秋の海 川崎展宏 独りの母に海が濃すぎる曼珠沙華 鍵和田 禾由子 野も盡きて海うろこ雲茜まとふ 津田清子 檸檬青し海光秋の風に澄み 西島麥南 きらめきて月の海へとながるゝ罐 横山白虹 かなかなや夕日のあとの海の紺 中拓夫 海をみて佇てば海より秋の風 久保田万太郎 かなかなや絹の海ゆく裁鋏 渋谷道 蟋蟀の無明に海のいなびかり 山口誓子 月光を燃えさかのぼる海の蝶 石原八束 秋海の一流木に心とめ 高野素十 波あがり音のおくるる秋のくれ 野見山朱鳥 秋の潮波ぎつしりと昏れ際佳し 安達真弓 爽やかや風のことばを波が継ぎ 鷹羽狩行 月からの流木その他ありにけり 五島高資 初潮や文箱の螺鈿にじいろに 馬場龍吉 月の夜の川に入り来る海の魚 久保山敦子 尾花みな海にかたぶく岬かな 吉藤春美 星月夜デッキブラシと踊りけり 米元ひとみ 流星のひとつとびせり瀬戸の海 米元ひとみ 見送りのフェリーに乗つてしまふ秋 米元ひとみ 流星群待つ砂浜に焚火して 米元ひとみ 虫の夜をライトアップの豪華船 米元ひとみ 秋の燈をゆらし徹夜の浚渫船 米元ひとみ 吹かれくる浜辺の砂と秋の蝶 横山きっこ あんぱんの袋引き裂く秋の海 金子敦 雲ひとつはぐれてゐたり海は秋 ,,,,,,,,,,,,,,,,,,,, 金子敦 港はや九月の海の暗さ負ひ 茂雄 秋の潮目を細めては開きては 茂雄 秋の波こころの浜に押し寄せて 茂雄 白浜の夕べを濡らす秋の波 茂雄 波白く砕けて秋の浜となる 茂雄 月光裡湾岸線に乗りしより 茂雄 秋晴れや海を遥かに船具店 茂雄 冬の海 水枕ガバリと寒い海がある 西東三鬼 路地ごとに海の暗さやクリスマス 加藤三七子 病めば蒲団のそと冬海の青きを覚え 中塚一碧楼 冬海や一隻の舟難航す 高浜虚子 あをあをと年越す北のうしほかな 飯田龍太 冬うらら海賊船は壜の中 中村苑子 鷺とんで白を彩とす冬の海 山口誓子 木がらしや目刺にのこる海の色 芥川龍之介 風花のかかりて青き目刺買ふ 石原舟月 水仙の花のむこうはいつも海 伊藤敬子 海を見るひとりひとりに雪降れり 小田郁子 海に出て木枯帰るところなし 山口誓子 哭く女窓の寒潮縞をなし 西東三鬼 凩や馬現れて海の上 松澤昭 核の冬天知る地知る海ぞ知る 高屋窓秋 皿洗う水のいつしか暗い海 林田紀音夫 冬の波冬の波止場に来て返す 加藤郁也 冬の海鮫の百尾もゐるごとし 藤崎久を がうがうと朝日押上ぐ寒の海 小島みつ代 燈を点けて冬至の海の貨客船 川崎展宏 海鳴りの底よりにじむ一流木 穴井太 そそる石山水仙ひとむら海を聴き 友岡子郷 どこまでも海が蹤きくる冬の坂 鍵和田 禾由子 海鳴りに覚める祖の血や野水仙 鍵和田 禾由子 鏡餅こころの海の光るなり 鍵和田 禾由子 初桜もう海に無い玉手箱 鍵和田 禾由子 冬の海吐出す顎の如きもの 高橋睦郎 冬麗の海を木の間に子守唄 片山由美子 薄々と筆を下ろせば冬の海 正木ゆう子 海光を海にかへして冬の崖 平井照敏 またもとの如く昃り冬の海 波多野爽波 全身が書に飢えて冬の日は海となる 橋本夢道 冬苺海一枚となり光る 深見けん二 冬の海こころにも波確かなり 朝倉和江 編棒は荒海をあむ蔵の窓 渋谷道 母死んで海の青さよつわぶきよ 坪内稔典 冬の海をんなを畳みきれざるまま 小檜山繁子 冬海へ鳴らぬ時計をささげゆく 宇多喜代子 障子あけて置く海も暮れ切る 尾崎放哉 海見えて風花光るものとなる 稲畑汀子 母の櫛使えば吹雪く海が見ゆ 大井 恒行 一月の海まつさをに陸に着く 原田喬 群青の海に櫂漕ぐ冬の夢 妹尾 健 冬波の百千万の皆起伏 高野素十 寒潮の一つの色に湛へたる 高野素十 冬波に乗り夜が来る夜が来る 角川源義 波冴ゆる流木立たん立たんとす 山口草堂 冬の波退くや鉄鎖の響きして 長谷川櫂 凍港や楽器売り場のごと光る 櫂未知子 病室の窓はんぶんは冬の海 五島高資 どの海も海と繋がる大旦 辻美奈子 枯草の上に大きな海があり 山西雅子 木枯や佐渡を背に立つ良寛碑 のりこ 数へ日のひと日を海に遊びけり 吉藤春美 日矢あまた降りてしづかな冬の海 吉藤春美 寒月光海の底ひに届きけり 吉藤春美 海山の風をいとはず雪中花 吉藤春美 水仙の波打つ崖に上りけり 吉藤春美 灯台と海の暮れゆく野水仙 吉藤春美 寒の波雲湧くごとく立ち上がる 吉藤春美 一湾の波ともなれず百合鴎 吉藤春美 ホットレモン船の発着見てをりぬ 米元ひとみ 黒ブーツ寄港の夫に会ひにゆく 米元ひとみ 冬夕焼コンビナートに巨船入る 米元ひとみ 凩の港に立てりオリオン座 米元ひとみ 黒潮の浜にうたた寝十二月 米元ひとみ 沖の船灯り初めたる冬景色 米元ひとみ 冬凪へ胸の揚羽を放ちけり 横山きっこ 小春日の海に三つの汽笛かな 竹内一犀 月光をさりさり削る波がしら 金子敦 欠伸して冬麗の海見えて来し 金子敦 思い出になりかけてゐる冬の海 金子敦 冬かもめ白いページとなりて舞ふ 金子敦 空缶のななめに刺さり冬の海 金子敦 海を見て来しマフラーを畳みけり 金子敦 一歩づつ海盛り上がる枯野かな 金子敦 冬蝶や崖の下より波の音 金子敦 白息の声とはならず夜の海 金子敦 冬空と海のあはひの軋みけり 金子敦 冬晴の海や少年なら叫ぶ 金子敦 初日出で海の匂ひをまとひけり 金子敦 冬木の芽ひとつひとつが海に向く 金子敦 しばらくは海を見てゐる焼藷屋 金子敦 冬濤の砕けてはまた星となる 茂雄 これは2004年5月からわたしの掲示板ではじまった連句です。 宗匠役の の呼びかけで始まったこの連句は、歌仙と 呼ばれる形式でやっているのですが、誤解を恐れずに言えば、イメージ 遊び、言葉遊びの楽しさがあります。 まるでブレーンストーミングに似た、 連想が連想を呼び、イメージがイメージを生み、言葉が言葉を紡ぎ出す という知的好奇心をくすぐる遊戯。 しかも大人でないと付き合えないような、 長句から短句への付合(つけあい)の和。 まだお互いに一度も会ったこともないにもかかわらず、もう旧知のように 「しげちゃん、 」などと呼び合う連衆になりました。 わたしをはじめ最近始めた初心者が編んだ歌仙ですので、 専門家の方がご覧になったら、とても連句文芸などと言えない かも知れませんが、楽しく繋ぐことが出来ました。 掲示板「海の見える カフェ・テラス」にて編まれた歌仙ですので、この「海の見える俳句」の ページに置くことにしました。 ご笑覧いただけると幸いです。 日付は歌仙が巻き上がった日です。 文を中揃えにしたら句や名前が 乱れてしまいましたが、この乱れがまた波のイメージに似ている のを幸いに、あえて揃えることをしせんでした。

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