キバナ 小説。 攻め主小説

ドラゴンストームの初恋

キバナ 小説

攻め主小説 - エムペ!無料ホムペ作成 ほしがる くぁっと、大口を開けてあくびをする。 開かれたそこに見えるのは、まるで猛獣のように尖った八重歯だ。 それを持つ青年キバナは、しかし、リラックスした表情で口を閉じると、涙の溜まった目元を擦った。 ふと、すぐ隣を見れば、盛り上がっている布団。 さすがに上半身裸のままだと、肌寒かったかと思えば、どうやらこの丸い塊に、布団をすべて奪われていたせいらしい。 それの先からは、イメチェンしたと昨日はしゃいでいた髪の毛が見える。 まるでラフレシアのようになっているその様子に笑い、男は彼女を起こさないようにと、ゆっくりと腰を持ち上げた。 ベッドの下でズボンを探すが見当たらず、仕方なく、下着一枚という格好で起き上がる。 「名無しさん、なに食うかな」 まだ起きてくる気配もない恋人の朝食の事を考え、一人呟く男。 そのまま、のしのしと洗面所へと向かう。 蛇口をひねり、溢れ出した水。 大きな手のひらでそれを掬い、顔につけた。 手さぐりで近くのタオルを引き寄せ、顔を拭く。 そして、鏡を見上げた、その時だ。 「なっ、」 鏡の男の顔は、見る見るうちに赤くなる。 そう、顔を上げた瞬間、鏡を通して見えてしまったのだ。 「こ、これって……」 自身の鎖骨の下あたりについた、赤い痣。 男は恐る恐る自身の体に触れた。 確実に、昨日まではなかったものだ。 ならば、これがつけられたのは、昨夜から今朝にかけて。 その時にいったい男が何をしていたかと問われずとも、キバナは、思い出しただけでムズムズと体が揺れ動いてしまう。 『キバナさん、』 優しく自分を呼ぶ声。 触れる指先はたどたどしく、遠慮がちで、まだ他人の熱に慣れていない様子だ。 それでも懸命に、何かを得ようと、そして与えようと動く唇。 それがキバナの記憶の中で、ふと、鎖骨の下へ落ち、今へと重なる。 「ッ、きす、まーく……」 男はそう呟くと思わず、口元を覆った。 ファンに大人気である彼のSNSには到底晒せそうにない、だらしない表情が鏡の前に広がっているのだ。 それでも、男は自身の身体へと視線を移す。 「うっわ、えろ……」 褐色の肌に映える、赤。 ナルシストと言われる彼だからこそなのか。 彼女から与えられた痕と、自らの体のコラボレーションに、酔うように男はそう呟く。 「っ……名無しさん、この前まで経験とかなかったのに、な……」 そう言ってから、うずうずと動き出してしまう両足。 無垢な恋人を、自分色に染めていくような感覚がたまらなく心地よい。 「あ、そうだ!」 しばらく余韻に浸っていたキバナは、良いアイディアを思いついたというように手を打ち、キッチンに置きっぱなしにしておいた、スマホを手に取る。 中のロトムはまだ寝ているのか、静かだ。 仕方なく、自ら腕を伸ばし、上からのアングルで自身を撮影するキバナ。 すぐに文字通り跡形もなく消えてしまう、貴重な恋人との思い出を前に、こうしちゃいられない。 どんな時でも、自撮を忘れないキバナらしい行動である。 「んー、いや、なんかこう、明るいところだと違うんだよな」 しかし、撮った写真は、キバナの思うものではなかったようだ。 時刻はもう昼に近く、カーテンの隙間から日光が差し込んでいる所為で明るい。 写真のアングルはいつも通り最高であるが、どことなくチープさが漂っていた。 「もっとこう、それっぽさを思わせる場所……」 キバナはぼそぼそと呟きながら、スマホロトム片手に移動する。 そして、寝室へと辿りついた。 「やっぱ、ここだよな」 男はそう呟き、再びベッドへと横になる。 そこで体を広げ、自らにレンズを向けると、シャッターを切った。 「う、ぉ、えろ……」 画面に映し出されたそれは、男の口元から下しか映っておらず、ベッドに投げ出した体が中心にくる画像だ。 暗がりの所為か、雰囲気が出ている。 我ながら、かなり『映える』写真を撮ってしまったと思うキバナだが。 「さ、さすがにこれは、SNSにはあげられねぇか」 自らのあからさまなそれに赤面し、男は唸る。 だいたい、こういうのを他人の目に晒すのであれば、たまたま見えてしまったという、ショットの方がいいのだろう。 「っていっても、俺様のユニフォームじゃまったく見えないしなぁ……タンクトップおろすか。 けど、まださすがに寒いよな……」 悶々と、一人悩むキバナ。 どうにか頭の中で最高の写真を想像してみるが、『さりげなさ』を最優先してしまえば、どれも現実的には不可能そうである。 「SNS用はまた改めて考えるか……なら、もう少しこっちのクオリティをあげたいところだな。 名無しさんの腕とかいれてみるか?」 その後、男は眠っている名無しさんさえも引き込み、試行錯誤して何枚もシャッターを切る。 パシャリパシャリと音を重ねるたびに、埋まっていく、画像フォルダの中身。 「っ……いいな、これ」 出来上がったそれを見て、ニヤニヤと口角をあげる男。 これは後々、良いオカズにもなるな……とそう考えた時だ。 「キバナさん?」 「うぉ!」 急に背後から掛けられた声。 それにビクリと男は身体を、コイキングのように跳ねさせる。 「お、おはよう、名無しさん」 「おはよう、ございます」 名無しさんはまだ眠気眼でそう返すと、キバナの裸の背中へと擦り寄る。 「ん、」 抱きしめるように触れてくる柔らかな感触。 それが心地よくなり、キバナは喉の奥で声を震わせると、だらしなく目元を緩めた。 朝から甘えてくるなんて、可愛いことをしてくれるじゃねぇかと、すっかりその気になり、後ろを振り返った時だ。 「なにか、撮ってたんですか?」 「あ、バレたか。 ちょ、ちょっと今朝のキバナ様をだな」 手に持っていたスマホの存在を、名無しさんに気付かれてしまった。 なんとかはぐらかそうと、視線を泳がせるキバナ。 画像フォルダの中身を見られるわけにはいかないと、枕の下へと仕舞い込む。 「それより、名無しさん、何か食いたいもんはあるか?」 男はニカっと微笑み、名無しさんへと体ごと向き合う。 しかし、男のそんな体を見て、彼女は怪訝そうに眉を寄せた。 「……それ、どうしたんですか?」 「へ? あ、いや、どうしたって……」 彼女に指差された部分。 それに自らも視線を送って、キバナは頬を赤らめた。 まだ残っている、鎖骨の下の痕。 「っ……名無しさんだろ、つけたの」 「つけるって?」 「だから、キスマークだよ」 「え、ええっ!」 彼女の問いかけに、羞恥を煽ろうという一種のプレイなのか? いやまぁ悪くないな……と思っていたキバナだが、どうやら名無しさんはそうではなかったらしい。 天然で無垢な彼女は、ようやくそれで昨晩のことを思い出したというように口元を覆い、驚く。 「わ、私が強く吸ったから! ご、ごめんなさい、痛くない?」 「い、や痛くはねぇけど」 名無しさんは必死にそういい、まるでそれを上書きするように、手のひらでゴシゴシと男の肌を摩る。 昨晩の痕を、本人から撫でられるという行為。 それに背徳を感じ、ぶるりと男は体を震わせた。 「ちょ、名無しさん、あんまし……」 「あ、キズクスリ、塗ります!」 「へ? いや、塗ったら消えちまうだろ! あー……いや、」 ベッドの近くのリュックサックを漁り始めた彼女に、思わず発してしまった言葉。 あわてて口を噤むが、名無しさんには聞こえていたらしい。 鈍感な彼女もようやく、何かに気付いたようで、眉を寄せた。 「それって……キバナさん、もしかして喜んでたり?」 「いやその……あー、どうせ、喜んでるよ」 名無しさんの言葉に、特段隠すことでもないだろうと、早くも観念し、男は頭をかく。 「もしかして、さっき自撮りしてたのも……」 「いや、SNSにはあげないって! たぶん……」 男の歯切れの悪い返答に、じっとりした瞳を向ける、名無しさん。 キバナはそれから逃れるように、いや、むしろさらに引かれるような台詞を発する。 「あ、そうだ! 名無しさん、どうせなら、こっちにつけてくれよ!」 「え!?」 開き直ったような態度のキバナが指差した、場所。 それは、男の太ももだった。 「ここなら、ユニフォームでもギリギリ見えなさそうで見えるだろうし、写真に映っちまっても、たまたまっていう演出にもなるし。 俺様、天才だな」 一人何度もうなずくキバナ。 確かに彼が指差すそこは、彼のユニフォームである短パンを履けば、ギリギリ見えそうで見えないラインであることは間違いない。 しかしやはり、キバナの一風変わった好みにはついていけそうにないと、名無しさんは呆れ、そして上目遣いに男を見上げる。 「キバナさん、どうしてそんなに、キスマーク欲しがるんですか?」 元から性に関する知識も、ほぼ皆無であった名無しさんだ。 キスマークがなんの痕を指すのかくらいは、今ので理解したが、男がそれを欲しがる理由が読めない。 「いやだから、その……俺様は名無しさんのものって、他の奴らに発信できるだろ? 独占欲ってやつ。 けど、あれ、よく考えたらダサい、か……」 そう、キバナがそれほどにキスマークにこだわる理由。 現チャンピョンとの関係性を世間に知らしめたいという、よこしまな想いからであった。 けれど、ようやく自らの言動の異常さに気付いたというように、しゅんっと肩を落とすキバナ。 そんな男の様子がいじらしく可愛らしくも思え、名無しさんは意を決するように、前を向く。 「わ、わかりました。 つけます!」 「へ? あ、待てって!」 名無しさんはそう言うと、キバナの長い両足を掴み、ガバっと開く。 「ま、ちょ、ちょっと朝から刺激強すぎる体勢だろ、これ」 焦ったようにそう言うが、緩んでしまう唇。 自身の大事なところに、彼女の顔が近いと、それだけで男の身体は勝手によからぬことを期待してしまう。 「キバナさん、いきますね」 「っ、名無しさん、ま、っ!」 名無しさんはそんな男の太ももの内側へと、顔を寄せた。 唇を落とし、強めに吸いつく。 すると、ビクビクと足指を震えさせ、懸命にその感覚に耐えるキバナ。 「そんなに吸ったらっ、」 じゅっと音を立てて強めに吸われたところ、思わず男の口からは「あっ」という甘い声が上がってしまう。 けれどそれの余韻に浸ることも出来ず、またすぐ下に落ちる彼女の唇。 「いや、もう、いいって、名無しさん!」 いったい、彼女のなんのスイッチが入ってしまったのだろう。 いや純粋にキバナの求めることをしてやりたいという、そんな思いであるのかもしれない。 けれど、想像していたよりもずっと快楽を伴うこの行為に、キバナは身体をびくつかせることしか出来ない。 「名無しさん、そっちは、うっ、」 名無しさんの唇は尚も動き、男の動く体を押さえつけるように、痕をつけていく。 その快感に、喉の奥で声を詰まらせるキバナ。 「あ、っも、イ、きそ……」 激しい激しいキスの嵐。 それがようやく止んだ時、ヘタリと体を脱力させ、キバナは息を吐く。 そんな言葉を聞き、名無しさんはようやく顔を上げた。 「わっ、キバナさん、朝から元気」 名無しさんが視線を上へとやれば、自然とすぐ目と鼻の先に、盛り上がった男のそれが見える。 薄い布地を張り裂かんばかりに起き上がり、まるで角のようになっているそれだ。 「っ、そりゃ、こうなる、だろ……」 未だ快感の波に酔い、ひょっとしたら少し身じろぐだけで達してしまうやもしれないそこを懸命に叱咤するキバナ。 「あ、そうだ」 名無しさんはそんな男の様子を見て、思いついたように、自身のスマホの電源を入れる。 カメラ機能を起動させ、カシャリとキバナを撮影した。 「え、お、おい!?」 「……ほら、キバナさん、撮れましたよ!」 「ッ!? こ、これは、だ、だめだ、ってぇ……」 見せられた画面に、キバナは両腕で顔を覆う。 映えとは程遠い、名無しさんの写真。 それでも恥らって慌ててる自分の表情と、開かれた足の間に見える、無数の赤い痕。 「だめ? すごくえっちなのに」 微笑み、愛おしそうにその画像を見つめる名無しさん。 そんな、男を煽るような、仕草や言動も、ただの天然でやっているのだろうから、驚きだ。 それでも、ゴクリと喉を鳴らし、男は頭を下げた。 「ッ……送って、ください」 「SNSあげちゃ嫌ですよ? 私だけのキバナさんにしたい」 「こんなのあげられるわけ……って、ええ!?」 名無しさんの直球的な独占の言葉。 それに驚き、キバナは嬉しそうに顔を赤くさせる。 そんな男の様子に、名無しさんは笑い、その褐色の肌へと飛びついた。 「朝ご飯、なに食べます? カレー作りましょうか?」 「あー……いや朝からカレーはちょっと重いよな」 先程の雰囲気とは打って変わり、少女らしい微笑を浮かべている彼女。 それにさえ、何かズクズクとした熱を感じ、キバナは体の中心をを抑える。 「で、それ食い終わったら、名無しさん、その、」 男は、視線を泳がせ、モジモジと体を動かす。 まだ下着を持ち上げているそれは収まってくれそうにない。 朝食を食べてからでいい、なんて、どこまでも名無しさんに溺れているな俺は……と男は思った。 しかし、次に発せられた彼女の色のある一言と、つつく様にそれに触れてきた指先に、男は結局、軽く達してしまう。 「……キバナさんの、ほしがり」 「うっ、!」 きばな の ほしがる END.

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サトシとユウリとキバナが無敗のキングを倒すためにガラル地方で旅する小説

キバナ 小説

* キバナが生まれたばかりの日、キバナは当然全く思い出せないのだけれどナックルシティ中がお祭り騒ぎになったそうだ。 空には見たこともないくらい大きな大きな虹がかかかって、城壁の向こうからからドラゴンポケモンたちの祝福するような咆哮が響き渡っていた。 リュウゼツランとかいう百年に一度しか咲かない背の高い大きな花がそこら中に咲いたのが、ちょっとしたニュースにもなったそう。 ものすごい勢いで花屋からキバナコスモスが姿を消したのだってこの日だ。 他にもお祝いのためにケーキ屋さんは大忙し。 こんなに沢山のケーキを作ったことなんてないわと、お店のお姉さんはくらくらした。 そうして街の人々は赤ん坊であるキバナを一目見ようと、熱に浮かれたように列をなしてジムを訪れ、そのあまりの可愛らしさに顔を綻ばせた。 この子がナックルジムの後継者か!ジムリーダーであるお父様によく似ていらっしゃる。 大変賢そうだ。 何を言っているの、この青い瞳はどこからどう見てもお母様譲りよ。 先代のお爺さまによく似た鼻筋ねぇ。 まあ!見て頂戴!私を見て笑ったわ!ありがとうございます。 キバナ様を丈夫に生んでくださってありがとう・・・おばあちゃまったら泣いたらみんなが困ってしまうわ。 笑いましょ、今日はおめでたい日なのよ。 ママ!キバナさまってこんなにちいさいんだね・・・。 そうよ、でもすぐに立派なドラゴン使いになってしまわれるわ。 シーツにくるまって花冠を被りニコニコと笑う小さなキバナは、それだけで人々の心を射止めてしまう。 なんて可愛いのだ。 この子はナックルシティの宝だと皆がそう思った。 ナックルシティは伝統と歴史を重んじる地域柄、ガラル地方で唯一世襲制を採用しているナックルジムとの結びつきが強い。 ジムを代々守ってきたキバナのご先祖さまたちは元は大昔からこの街を治める一族で、かつての戦火からポケモンと共に街と人々を守ってきた偉大な方々ばかりだった。 そしてその中でもとりわけ優れた人間が一族の長、ひいてはジムリーダーに選ばれてきたわけだ。 街の人はみなその一生を敬虔な気持ちで、あの大きな大きなスタジアムを見上げながら生きていく。 「ドラゴンはね、お父さんたちにぴったりでしょう?宝物と住処を守る気高い生き物。 貴方には尊い血が流れているのね。 」 お母さんは幼いキバナを膝に乗せよくそう語りかけてくれた。 あなたはこの世に生を受けた瞬間からたくさんの人に愛されてる。 嬉しいことね。 素敵なことね。 キバナもどうかこの街を愛してね。 そう微笑む。 お母さんはドラゴンではないけれど、負けないくらいに美しくて賢い人だった。 「・・・うん!きばなはなっくるしてぃがだいすき!ぽけもんもだいすき!」 決まってそう返し、へにゃりと笑う小さな我が子に優しいキスを額に落とす。 遠い日の思い出だ。 そんな風に生まれ落ちてきたもので、当然のようにキバナは神に祈られ、人々の愛に応えるみたく立派に成長した。 7つになる頃にはお母さんの膝を飛び出し、お父さんの街の見回りについて回るようになる。 人々は二人を見て決まって歓声をあげ、挨拶の言葉なり会釈をし、時々店先の商品を持たせたがった。 何よりキバナの浮世離れした美貌ときたら。 思わず撫でたくなるような艶々の絹の黒髪、ミルクチョコレートみたいな色をした滑やかな肌、飴細工とおんなじに透けた空色の瞳。 甘やかな顔立ちとは対照的にすらりと長い手足だって、どこかアンバランスで危うげな雰囲気をキバナに加える。 その姿を見た人はみな思わず、ほう、とため息をついてしまう。 そうしてキバナが歩いた道はあとから甘い香りがした。 いつだって街中のご婦人たちはキバナの噂をしたがる。 「まあーまあ、キバナさまを見て!天使みたいよ。 砂漠の精霊とまでいわれるフライゴンを従えても遜色ない。 まるで絵画みたいねぇ。 」 「7つであんなに完成された容姿でいらっしゃる。 この前なんか広告モデルにどうかってジムのスポンサー方にお話しされたみたいよ。 」 「キバナさまは飛び級でナックルユニバースに通ってらっしゃるの。 モデルだなんて勿体ない。 古文書に囲まれて教養を深め、由緒正しいナックルジムを継ぐのが一番よ。 」 「本当に立派に育たれて、いつかあの誇りあふれるエンブレムを背負う日が来るのね。 」 「もうすでに大企業のご令嬢たちは目をつけてらっしゃるようよ。 ナックルはガラルの中枢都市だし・・・ジムリーダーとの結婚は太いパイプになるんでしょう。 」 「まぁ、まぁ。 お父さまとお母さまを見て、愛のある結婚をしてほしいわねぇ。 」 ひそひそ、ひそひそ。 それでも当の本人は気づかずに踊るようなステップで街を歩く。 手にいっぱい街の人から持たされた花やお菓子や本を抱えて。 フリルシャツが本当によく似合う少年だ。 キバナにとってジムリーダーになるための勉強は苦ではなかった。 それは母の愛ある教えと本人の天真爛漫さ、何より類稀な才覚によるものだろう。 ナックルジムの後継者といえば大人も音をあげるような英才教育を受けることになるというのに、キバナからはそう言った悲壮感や切迫感が全く感じられないのだ。 揺るぎなく愛されている、そういう自信が全身から溢れていて見る人全ての気持ちを洗い流すようにさっぱりとしている。 ジムの実習をこなし、ガラル中の難関資格をかたっぱしから取って、そうしてユニバースを首席で卒業した頃、キバナはまだほんの10歳だった。 その時には学会でも評価されるような論文をいくつも発表していたし、すでにお父さんは自分の息子にジムの運営のほとんどを任せていた。 ほんとうに、よくできた子である。 「お父さま、聴いていて!ストラヴィンスキーだよ!ペトルーシュカ!」 無邪気な声でポケモンたちと戯れながら、キバナは光の中で笑う。 その美しい指がピアノの鍵盤を跳ねる。 お母さんが感嘆の声をあげた。 その時お父さんはキバナが結婚したら泣いてしまうかもしれない。 だとかそんな情けないことを本気で考えたのだ。 * キバナをお嫁さんにしたい。 幼い頃、そうはっきりと思ったのをダンデはよく覚えている。 それが喧騒と熱狂に包まれていたバトルの最中だったか、それとも星空の下寝転び言葉を交わした静かな夜だったのか、きっかけなんて思い出せない。 気づいた時には恋い焦がれていたのだから。 いつだってダンデの中のキバナはくらくらしてしまうくらい真っ白で綺麗だった。 同世代の男の子とは思えないような洗練された美しさを持っている。 磨き上げた宝石みたいに煌びやかで、洗い立てのシーツみたいに清廉だ。 キバナはうっかり空から落っこちてきた人間とは違う生き物だと思う。 たぶん。 「天使には羽が生えていないんだな。 」 「てんし??」 「それに頭の輪っかもない。 」 腕の中できょとんとした顔をするキバナは堪らなく可愛い。 唇を指で撫でると嬉しそうに目を細める。 出会った頃とは違い、キバナの背はニョキニョキと伸びて程よい筋肉がついた。 綺麗な魂の容れ物、そう形容するに相応しい造形だ。 大きな掌はモンスターボールをすっぽり包んでしまうし、その豊かな体躯はもっぱら人々とポケモンを庇護するためのものだった。 天使だなんて、こんな大男に何を。 「ダンデは変なことを言うなぁ。 」 キバナはそういってダンデの肩にぐりぐり、と顔を押し付ける。 この匂いはペンハリガンの香水だ。 もう20歳になるのにこの男にはいつまでもこうして甘えてしまう。 お母さまがいたら「はしたないわ。 」と窘められてしまうだろうなぁ。 でもダンデも二人っきりの時はいつもキバナの体に触れたがる。 そしてキバナが離れようとするとちょっと不機嫌そうな顔をするのだから、お互い様だろう。 「キミは可愛いくて綺麗で崇高な存在ってことだ。 」 「そりゃオマエのライバルだもの。 」 ライバル、キバナにそう言われると胸が温かくなる。 まるでそこだけ血が流れるみたくじぃんと染み入って、そして自分は人間なのだと泣きたくなるのだ。 思わずその額にキスを落とす。 キバナは拒まない。 ライバルってこういうものだぜってダンデが昔から言うから。 こそばゆいけど嫌じゃないし。 「週末にキミのご実家に挨拶に行こうそうしよう。 婚約・・・じゃない、正式にライバル宣言だ。 」 「良いけど、ダンデ絶対迷うよ。 オレさまの家おっきいもの。 うちのジムの敷地の倍はある。 街のハズレにあるのに城みたいだとか言われて観光名所になってるくらいだぜ。 」 「そんなに大きいのか!?!?!?!?!?」 ダンデは生まれて初めてキバナの美しさ以外で目眩がした。 なんてことだ、一生辿り着ける気がしないぞ。 ナックルシティの由緒正しい名家だとは聞いていたけれど、そんなに立派なところにお住まいとは。 「うん。 ドラゴンポケモンは体が大きいし、各々個体に合わせた環境での育成が必要だから。 森とか湖とかもある。 きのみも採れるよ。 小さい頃のトレーナー訓練は全部家の庭でやってたなぁ。 その間は野生のポケモンたちも放されたりしてた。 人の足だと移動に時間がかかりすぎるから空を飛べるポケモンがいなきゃな。 あ、リザードンがいるから大丈夫か。 」 「一家に一ワイルドエリアみたいな話だな。 オレがキミのところに生まれていたら何度遭難したろうか。 」 「ふふ・・・あ、でも強いトレーナーはたくさんいるから楽しいよ!ナックルのジムトレーナーは引退したら大体うちの執事とかメイドとして働く人が多いみたいだから。 おかげで防犯もバッチリ。 リョウタなんか今から張り切っちゃってさ・・・。 」 「使用人までごまんといるときた・・・さてはキミ、ロイヤルファミリーか何かだな?」 「よくわかんないけど、お母さまはロココ調のボールガウンドレスが好きみたいだぜ。 こっそり普段着にしてるくらい。 」 「毎日が舞踏会????それともお母さまが天然なのか?」 「エプロンが付けづらいのよって悩んでたなぁ。 」 ちなみに月に一度は街を挙げてウチでパーティをするぜ。 たまーに他地方のセレブな方々 飛び出してきたのはビッグネームばかりだ。 と舞踏会やらで踊ったりもする。 昔からの付き合いなんだってさ。 そう無邪気に語るキバナに呆然としてしまう。 なんてことだ、プリンセスプリンセスと甘やかしていたライバルが本当のプリンセスだった。 キバナはうちではどんな感じなのだろうか。 タイトマーメイドドレスとかを着て欲しいな。 いやそんな話はしていないしキバナは男だ。 そういえば思い当たる節は多い。 なんというか庶民感覚が無さすぎやしないかとちょっと心配してはいたのだが、こんなところで伏線回収がされるとは。 ダンデに心配されるって相当だ。 そういえばキバナと会うお偉い方はこぞってペコペコしていたような。 ダンデは思わず遠い目をする。 気づくの遅すぎやしませんか。 byネズ 「ダンデ・・・?お腹でもいたいの?」 キバナは黙り込んでしまったライバルを心配そうに見つめる。 この反応は覚えがあった。 なんてったって自分の出自を話すとナックルシティの外で出会った友人たちはみな一様に距離を置きたがるのだ。 キバナの嫌な嫌な思い出。 まあそりゃそうだろう。 そんなところの御子息に傷なんてつけた日にゃとんでもないことになりますよ。 というのが子どもたちの保護者の見解だった。 あと純粋に価値観が合致しないのだと思う。 お金持ちってだけでやることなすこと嫌味に思われたりするわけで。 そうして周りから人が離れていくたび、律儀にもキバナはその優しい心を痛ませてヌメヌメと泣いた。 自分が悪いのだと思っていた。 だからダンデには黙っていたのに。 実家に来たいっていうから、うっかり口を滑らしてしまったのだ。 嬉しくって、大好きなお父さまとお母さまに会わせられるって。 キバナはしゅん、とする。 もうダンデが遊んでくれなくなったらどうしようとか年齢に合わぬことを考えた。 嫌だな、寂しくて死んじゃう。 そうして、じわ、とその瞳に水膜が張られる。 あとちょっとで泣き出しそうになって、ダンデはすぐにそれに気づいた。 「な、なんで泣きそうなんだ!?!?!?」 「う、ゔ〜〜〜ッ。 」 「ああ、キバナ。 泣くな、こらっ!目を擦るんじゃあない。 」 「だ、だって・・・・。 」 とうとう水滴が溢れた。 泣き顔を見られたくなくて、一歩離れてパーカーの袖に顔を押し付ける。 この所作もダンデと出会ってから覚えたものだった。 育ちのいいキバナは、それまでハンカチとかティッシュ以外で涙を拭ったことなんてなかったのに。 初めてバトルに負けた日、悔しくて悔しくて考える暇もなくそうしていた。 今だって自分の気持ちを抑えることが出来ない。 「みんな、オレさまのうちの話するとこうなるんだ。 」 もう嫌だ。 そう呻いて、ボールを取り出す。 フライゴンを出して何処かに飛び去ってしまう気だ。 気づいたダンデはその腕を掴んだ。 天使のくせに羽がないんだから、このままずっと地上にいてくれ。 ダンデはいつだって必死だ。 「あのな、キバナ。 」 「・・・うん。 」 「ライバルはキスしないんだ・・・。 」 「・・・?・・・?へ?」 ぽかんと口を開ければダンデの顔は鬼のような形相をしていて、それで真っ赤だった。 モモンの実みたいだ。 キバナはぼんやりと思う。 「そ、それでな・・・オレは、キミのことが好きだから、嘘をついてまでキスをしていたんだ。 その、その、・・・一人の男として!!!!!」 「ウワッっっ!?!?」 キバナの反応を待たずしてガバリと抱きしめられる。 ええい、ままよ。 といったところだ。 「オ、オレと結婚してくれ!!!!!!!」 一世一代のプロポーズ。 ダンデは天地がひっくり返るんじゃないかってくらいクラクラした。 どんな勝負の場面よりも重い賭けだ。 例えるならジュラルドンとリザードンが対峙し睨み合ってる時みたいな。 それともギガイアスのストーンエッジが急所に入るんじゃないかと冷や冷やしてる時みたいな。 お腹の底がぐんと重くなる。 勝算がないわけではない。 キバナの世界を一分一秒占めているのは世界中の誰よりも自分だという自信があったから。 「ダ・・・。 」 「・・・・。 」 「ダンデ、オレさまのこと、好きなの・・・?」 そうだって言ってるだろう。 そう喉まででかかった言葉が引っ込んだ。 キバナの顔も真っ赤だったからだ。 「す、好きなのぉ・・・?」 溶けたヌメラみたくへにゃりと地べたに座り込んでしまう。 ダンデは、キバナが、すき。 星降るみたく目の前がチカチカして心臓の鼓動がやけにうるさい。 ぐしゅ、だとかおかしな音がすると思ったら自分が鼻を啜る音で、もう悲しくないはずなのに涙が止まらない。 「そ、そうだぜ。 オレは、キミを、出会った時からお、お嫁さんにしたいと・・・。 」 いつもは明朗快活で物事をはっきりと言いたがるダンデでも、この時ばかりはゴニョゴニョと言葉が萎んでいく。 なんだかその様子がおかしくって愛おしくて、思わず吹き出してしまった。 「・・・ふ、ふふっ・・・。 」 「笑うなんてひどいぜ・・・。 」 「あははっ!!!・・・うんっ・・・・そうだなぁ!!!オレさまも、オレさまもダンデが大好きだ!!!!」 気がつけば耳元で福音が鳴り止まない。 こんなに幸せなことがあるだろうか。 だって目の前のかっこよくて優しくて強い、ガラルの英雄が、自分を好きだという。 その時気づいてしまった。 この男から与えられるものはバトルの興奮だとか熱狂だとか、あるいは甘ったるいくらいの愛情だったことに。 今の今まで大切に大切に腕の中で甘やかされて、そうして、結婚を強請られるところまで自分が骨抜きにされていた。 いや当たり前か。 騎士に殺されたドラゴンなんてこんなものだろう。 「・・・ふつつかものですが、末長く宜しくお願いします。 」 握ったその手は、びっくりするくらい熱かった。 * 「で、プロポーズ成立と。 」 やっぱりオマエらはぶっ飛んでいやがりますね。 スピード婚っつーか、その場で生まれたみたいな勢いで結ばれやがった。 バトルタワーの最上階、出された紅茶を啜りながらネズはそうぼやいた。 突然オーナー様から呼び出されたかと思えば、長年の同期と結婚することになったとかいいやがる。 ローズさんも1000年後のガラルに思いをめぐらせることはあれど、こんなところまで予想はしていなかったんじゃないか。 「いや正直、オレもびっくりだぜ・・・。 」 大きな体を縮こませ、顔を両手で覆うダンデに威厳もクソもない。 マリッジブルーってやつですか?だとかネズがからかえば、そんなわけないだろう!とかこちらがたじろぐ勢いで迫られた。 「キミに嫁の実家が太い男の気持ちがわかるのか!?!?!?嫁がリアルにお姫さまだった気持ちが!!!」 「もういっぱしの旦那気取りかい。 つーかオマエだって毎年ガラル長者番付にランクインしてるでしょうが。 」 「そうだが・・・そうだが・・・!」 ぐうう、と悶えるダンデはなかなかに愉快だ。 ヘイロトム。 その体には、今まで身につけているのを見たことがないジュエリーの装飾品があちこちに散りばめられている。 石油王みたいだ。 ソファのうしろには山ほどのプレゼント。 どうせあのドラゴンが婿へのマーキングと言わんばかりに貢いだものだろう。 金銭感覚がバカなのは相変わらずか。 ダンデの好きそうな帽子や筋トレグッズ、ポケモンに関する貴重文献から、社交界で着ていけるような上等なスーツまで。 ネズは諸々のお値段を見れば泡吹いて倒れる自信があった。 「もうすごい、なんか、キバナに囲われているオレって感じじゃないか・・・?あと金に糸目つけない感じが逆に清々しい。 すごい・・・こわい・・・ 純粋な恐怖 」 「そりゃキバナ自身やばいくらい稼げる男ですが、元々そういう環境で育ってきていますからね。 あの家系自体ジムを継いでいくことはそこのセレブリティとしての一端に過ぎない。 元は内部だけでなく他の地方の貴族階級やらともコネクションを築き、ナックルシティの商業を支え、中枢都市にまで発展させてきた門閥ですよ。 きっとキバナも札束で積み木をして、ブラックカードでババ抜きをしてきたんでしょう。 紙幣なんか鼻かむ紙とおんなじですよ。 」 「うぐぐ・・・高貴なる血・・・。 」 本格的に胃を抑え出したダンデはさらに続けた。 もう不安しかないのである。 白馬に乗って迎えにいくどころか、お姫さまの方がブガッティ ヴェイロン スーパースポーツを乗り回していた気分だ。 ネズ聞いてよ。 「それに!キバナはナックルシティから愛されすぎじゃないか!?!?婚約した次の日からどっから情報が漏れたのか知らんけど脅迫状や決闘状、不審物のオンパレードなんだが!!!!!」 ドサッ!と机に乗せられた段ボールのなかみは、なんというかもういっそ壮観といったところだろうか。 血文字で呪ってやる、と書かれた紙だとか、釘を打ち込まれた藁人形はもちろん、ご丁寧に手袋が同封された決闘状。 なかなかに笑える。 これは・・・バクガメスの甲羅と糞じゃねーかあぶねーな。 爆発するぞ。 マジのテロリストか。 バトルタワーのセキュリティどうなってんだ。 「聞いて驚け、その全部にキバナコスモスが添えられていてな。 どうやら天使には危ない従者が多くいるらしい。 二度とナックルの地を踏める気がしないんだが?」 「ブク・・・ッダーハッハッハッ!!!!何かあったら骨は拾ってやりますよ!!!」 「友達甲斐のない奴め・・・。 」 恨みがましそうな目で見られるが、いっそここまで参っていると面白い。 いい曲がかけそうだ。 結婚式は招待客関係者全員が爆弾を巻きつけて特攻してきてもおかしくないぞ、ダンデ。 「それでな」 「フフッ・・・グク・・・は、はい。 」 「明日ご実家に挨拶、だ。 」 「ダーーーーーーーーーーーーッ!!!!wwwwwファイナルトーナメント開催ですねwwww」 「こ、コノヤローーーーーーーーッッッ!!!!」 「ワーーーーッッッ!?バカバカ!オマエの体は今オマエ一人のモンじゃねえんだよ!!! 訳:ジュエリーに傷がつく 」 「オレは妊婦か!?!?!?!?」 身につけているとんでもねえ額の装飾品の存在をすっかり忘れてダンデはネズに飛びかかる。 そこから数分、二人のてもちのポケモンが止めに入るまで"マジ"の殴り合いは続いた。 こういう時はトレーナーとしてではなく、一人の漢として拳を交わすものなのだ。 ぜえ、はぁと息を乱し唇から血を滲ませカーペットに横たわるいい年こいた主人を、呆れたような目で見つめるリザードンとタチフサグマ。 カオスな光景である。 「ンフフ・・・ダンデ。 」 「なんだ・・・いやちょっと待てキミ。 オーナー服の袖が全部千切られているんだが。 ノースリーブ状態なんだが????????やりきったみたいな顔をするな。 」 「キバナはオマエとなら、ジメジメした二畳半の部屋でも三食ボブの缶詰でも笑って生きていけますよ。 」 「なんでそんなにいきなり落ちぶれたんだ?????なにがあったんだ?オレたちは???」 「あと引き出物はいらないので現金くださいね。 スーツケースいっぱいの。 」 「すっごいあつかましいな。 」 やけくそのように頭をガシガシとかくオーナー様を横目に、ネズは体を起こしタバコを吸い出す。 「・・・ダンデ。 」 「なんだ。 」 「結婚おめでとう。 」 「次からは照れ隠しに袖をちぎるなよ。 ・・・ありがとう。 」 「wwwwwww」 「笑うな。 あとここ禁煙だからな。 」 「副流煙で寿命と結婚生活を縮めてやろうかと。 」 「陰湿か???????」 煙に怒り狂った秘書に部屋を叩き出されるまで、二人の男は馬鹿話を続けるのであった。 次の日挨拶のためナックルシティに足を踏み入れるなり、街中の人間から竹槍を持って追われ、最終的にキバナの父親から「てっていこうせんーーーーーーーーーッ!」と熟練のジュラルドンの一撃を喰らうことになるとは、この時のダンデは知る由もないのであった。

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ドラゴンストームの初恋

キバナ 小説

*pkmnのキバナさん夢 *とっても自己満足 *お仕事知識は創作上のご都合主義 *主義主張も創作上のもの *登場キャラの設定は捏造 ヘイトの意識も全くありません *誤字脱字あり *作者は絹ごし豆腐より繊細 [newpage] 私の彼氏はジムリーダーだ。 ジムリーダーの仕事は多岐に渡る。 ジムに訪れた挑戦者と戦うだけじゃない。 ジムリーダーは街の代表としての側面もある。 代表者として街の治安維持を担ったりする。 ガラル地方は他の地方と違いバトルが盛んで、ジムチャレンジの仕方も独特だ。 当然のようにジムリーダーが戦う回数だって多い。 つまり何が言いたいかというと、彼氏が多忙で構ってもらえない。 冷え切った晩ご飯を前にため息を溢す。 今日は帰れそうなんて連絡をもらって早四時間。 浮き上がった気分の分だけ深く沈み込んだ。 部屋の明かりも付けず、椅子にすわったままの私。 テーブルの上に置いてあったスマホロトムの画面が点灯した。 通知が一件。 どうやら彼氏がSNSを更新したようだ。 へぇ、新チャンピオンと模擬バトルねぇ……。 満面の笑みで画面に収まる彼氏と少女の姿に、ふつふつと煮えたぎる腹の奥底。 もう、我慢がならなかった。 *** 新しくチャンピオンになった少女と手合わせした帰り。 新しい戦略を思い付いて最高にご機嫌だった。 自宅で待っているであろう恋人に花なんて渡そうと思ったくらいには。 「ただいま」 しんと静まりかえった部屋。 室内の暗さにもう眠っているのかと思った矢先、視線の端に何かを捉えた。 ぱちりと部屋の電気を付ければ、それは椅子に座っている恋人の姿だった。 「おい、そんなところでどうした?」 いくら室内とはいえ、もう冬が近付いているのだ。 暖房を入れていない室内はひんやりと身体の熱を奪っていく。 日頃から鍛えているオレと違って、彼女は一般的な子だ。 そっと触った肩もずいぶんとひんやりしていた。 「身体冷えてんじゃねぇか」 「……が、…………の?」 「あ?」 「仕事と私!どっちが大事なの!」 「はぁ?」 突如としてだいばくはつを起こした彼女に驚く。 日頃、オレにニコニコと微笑んでいる印象が強かっただけに意外ですらあった。 ぼたぼたと涙を溢しながら彼女は、オレの手を強く叩き落とした。 非力な彼女が強く叩いた所で痛くもないが、どちらが大事、ねぇ。 そもそも仕事と彼女は天秤に乗っかるものなのか?彼女だってポケモントレーナーでないながらも、オレの事をずっと応援してくれていた。 オレのポケモンと恐る恐るコミュニケーションを取っている姿を何度も見た。 それなのに、どうして。 何も答えられないオレに痺れを切らしたのか、真っ赤な瞳で一度睨み付けるとオレに向かって指を突きつける。 おー、おー、今日は随分と威勢の良いことで。 「キバナさんなんてもう知らないんだからああああああ!」 「は?あ、ちょ、おい!」 こんな夜更けにものすごい勢いで家を飛び出そうとする彼女の姿に、服を捕まえようと手を伸ばす。 触れたと思った瞬間、彼女の身体は消えた。 その場に残るのは、緑色のころんとしたぬいぐるみ……これは、みがわり?驚いた表情のオレを彼女は鼻で笑って玄関の扉を開く。 「実家に帰らせていただきます!」 そういって彼女は消えた。 そのままの意味だ。 彼女は消えた。 閉まる直前にドアを開いたけれど、どこにも姿が見当たらなかったのだ。 これは一体、どういうことなんだ。 *** 言ってしまった。 やってしまった。 テレポートで転移した先でくしゃみをしながら考える。 登山者を拒むように深く深く降り積もる雪。 ここはカントー地方とジョウト地方に聳え立つ山。 シロガネ山にあるポケモンセンターに私はいた。 テレポートはフィールド上で展開すれば最後に利用したポケモンセンターへと飛ぶことができる。 私がここを利用したのはもう何年前のことだろうか。 かつての光景を思い出し、胸がずきんと痛む。 「ううっ、寒い。 ぴーちゃん中に入ろう」 私の手を握り、こくんと頷いたピンクのポケモンはピクシー。 私の手持ちの子だ。 そう、彼氏たるキバナさんには言っていなかったが、私もかつてはポケモントレーナーだったのだ。 ポケモンセンターへと入れば、暖かい空気が身体を包む。 緊張状態にあった気持ちも少しだけ緩んだ気がした。 センターの利用者に気付いたのか、ぱたぱたと足音が近付いてきた。 「あら、こんな時間にどうしたんですか?」 「ジョーイさんこんばんは。 えへへ、ご無沙汰してました」 「はい、お久しぶりです。 随分とお見かけしませんでしたが、また旅に?」 「ガラル地方で暮らしてたんです」 「まぁ、ガラル!」 「そこで一緒に暮らしてた彼氏と喧嘩しちゃって……」 ポケモンセンターには私以外の利用者はいないようで。 ジョーイさんは手早く業務を終了させると、暖かなココアと共に私の隣へ座ってくれた。 ぽんぽんと背中を優しく撫でる手に、心の内に溜め込んだ言葉が自然と口から溢れてしまう。 私が彼氏に構ってもらえなくて寂しかったこと。 それでも、彼が好きだからずっと我慢していたこと。 でも、ついにぶち切れて家出してしまったこと。 途中からぐずぐずと泣き出してしまった私にセンターのラッキーがふかふかタオルを渡してくれた。 「それで、つい仕事と私どっちが大事なの!と……」 「あらあら、言っちゃいましたね」 「お兄ちゃんにピカちゃんと私どっちが大事なのって聞くのと同じことですよねぇ」 「どっちも大事だけど」 私とジョーイさんの恋バナに混ざり込む無粋な男の声が響いた。 聞き覚えのある声に振り返れば、このくっそ寒い雪山においても半袖な山ごもり系ポケモントレーナーの姿があった。 「お兄ちゃん!」 「ピクシーから連絡もらった。 ……泣いたのか?」 ジョーイさんと話している間、姿を見ないと思ったら勝手にポケモンセンターを抜け出して兄の所へ行っていたのか。 泣き腫らした瞳の私を慰めるように一鳴きするとピクシーはボールの中へと戻っていった。 兄の真っ赤な瞳がじっと私を見つめる。 無口で無表情だと言われることの多い兄だが、私にとってはとても感情の読みやすい兄だった。 私のお揃いの赤い目はいつだって気持ちを雄弁に語っていた。 そして、今、うちの兄はとても怒っている。 少し歳の離れた妹の私を兄は大変可愛がってくれている。 些細なことで喧嘩して一向に泣き止まない私のために、おつきみ山でピッピを捕まえてきてくれたあの日から知っている。 「誰にやられた」 「いや、あのね……」 私が誰かに泣かされたって前提で話を進めてくる兄に口元が引き攣る。 そして、兄の肩に乗っかり真っ赤なほっぺたからぱちりぱちりと電気を迸らせるピカチュウ。 そんな一人と一匹の姿を見ていたら、とっちらかっていた心も落ち着いてくるってものだ。 大きく息を吸い込んで吐く。 ぱちりと開いた視界には、心配そうに瞳を揺らす兄の姿があった。 「お兄ちゃん、大丈夫だよ」 「でも……」 「これは、私のバトルだもの」 たくさん泣いて、お兄ちゃん達を見たら何だかすっきりした。 そうだ、私にも掛け替えのない相棒達がいたじゃないか。 私を信じてずっと付いてきてくれた子達。 そして、私の身勝手な気持ちを汲み取ってくれた子達。 「お兄ちゃん、私の子達引き取っていってもいい?」 「……!ああ、あいつらも随分と寂しがっていた」 「そっか。 待っていてくれたんだ」 「当たり前だろう。 それが相棒だ」 「うん、そうだよね。 ……ジョーイさんパソコンお借りします」 兄に預けていた大切な相棒達が、私のボックスへと転送されてくる。 ころりと手元に転がったモンスターボールに愛おしさが溢れる。 「ごめんね、みんな。 また私と一緒に旅をしてくれる?」 私の情けない声に呼応するようにボールが揺れる。 もう二度と離れない。 キバナさんと付き合う前、私はごりっごりのトレーナーだった。 おつきみ山のラッキーガールといえば私のことである。 カントー地方マサラ出身。 先に旅に出た兄や幼馴染みと同じく、私も十歳になった日に相棒のピッピと共に旅に出た。 カントー、ジョウト、イッシュ、たくさんの土地を巡った先で、私は初めての恋を知った。 初めての恋は叶わない。 古くからの言葉の通り、私の恋は敗れた。 たった一つの呪いをかけられて。 『男より強い女なんて可愛くない』 目と目が合ったらバトルの合図というのがお約束なトレーナーだった私にとって、それはとてつもない呪いだった。 失恋の痛手も相まってこうかはばつぐんだったし、急所にもあたっていた。 呪いは私の心を蝕み初めにバトルを恐れるようになった。 草むらを怖がるようになった。 ボールを握る手が震えるようになった。 相棒達に触れることを……恐れるようになった。 そうして、何よりも大切だった相棒達から離れることを決めた。 信頼できる兄に大切な相棒達を預けた。 ピクシーも預けようとした時、ボールから飛び出たピクシーは嫌だと首を振った。 私にしがみついて離れなかった。 つぶらな瞳から零れ落ちる涙に、ごめんなさいと謝ることしかできなかった。 結局、安全のためにと兄に説得されてピクシーの入ったボールだけを持ち、私はガラル地方へと引っ越した。 ガラルでは、ただの一般人として普通に暮らした。 ポケモンとの関わりのない事務職を選んで、トレーナーだった自分を消し去った。 時折、街角で目にするトレーナーとポケモンの仲睦まじい姿に目を逸らして。 そうしてナックルシティでキバナさんと出逢い、二度目の恋に落ちた。 また悲しい思いをしたくなかったから、自分がポケモントレーナーであったことは伝えていない。 彼が楽しそうにポケモンのことを話す度、自分の手持ちのことを思い出しては少しだけ寂しくなった。 キバナさんがポケモンを勧めてくることもあったけれど、手持ちだった彼らのことを思うと、新しい子をゲットするのは裏切りだとさえ思った。 彼の手持ちポケモンと少しずつ触れ合うことはすごく後ろめたさを感じた。 そうして誰にもいえない寂しさや悲しみ、私はキバナさんを選んだのにという自分勝手な想いが混ざり合って噴出してしまったんだと思う。 最悪の形でだけど。 仕事と私どちらが大事なんて、なんて馬鹿な質問をしたのだろう。 とっくに分かっていた。 彼がポケモンを大好きなこと、仕事に誇りを持っていること、バトルを心から楽しんでいること。 だって、私もその気持ちをずっと持ち続けていたもの。 だから、彼がポケモンと戯れている度、自分のポケモンを思い出して辛かった。 彼が仕事をしていれば、自分の今の姿を思い出して悔しかった。 何より、バトルしている彼を見ると、自分の昔を思い出して、あんな風になりたかったなんて。 いつも心のどこかで思っていた。 彼が私以外の女の子を可愛がっていることに嫉妬していないと言ったら嘘になる。 それ以上に私も彼とバトルしてみたかった。 心の躍るようなバトルを。 もう一度で良いから彼と話がしたい。 呆れられてもいい、怒られてもいい、ちゃんと自分の気持ちを伝えなきゃ。 振られてしまっても仕方ないと思う。 それでも、彼とバトルをしてみたいという欲はなくならない。 ああ、やっぱり私もお兄ちゃんの妹だ。 マサラを出たあの日のように、勇気を出して一歩前へ踏み出さないといけない。 だから、私は決めた。 七つのジムを勝ち抜き、彼の前に立つ。 身に付けていたサングラスを外し、被っていた帽子を脱ぐ。 乱れた髪を手で直しながらジムスタジアムを見渡せばたくさんの視線が突き刺さった。 一番突き刺さっているのは目の前のジムリーダーから。 私の姿に驚いているのか、これでもかと目を見開いている彼に微笑む。 彼の家を出てから長かった髪をばっさりと切ったし、ポケモン達と外を駆けずり回ったから日にも焼けた。 ジムチャレンジ中はずっと変装していたから私に気付かなかったのね。 「キバナさん。 私とバトルしましょうか」 「どうして……」 「どうして?チャレンジャーがジムリーダーの前に立つのは当然でしょう?」 「……チャレンジャーなんて言うな!お前はオレの恋人だろう」 「まだ恋人だって言ってくれるんだね。 ありがとう。 ……それでも、私はポケモントレーナーだよ」 「……!分かった。 なら、オレは……、オレさまはジムリーダーとしてお前の前に立つ」 いつも画面を通して見掛けていた余裕の笑みはすっかり抜け落ちて。 真剣な顔で宣言する彼に、少しだけ恐くなる。 けれど、私にはずっと一緒に旅をしてくれた心強い仲間がいる。 それに、強い相手ほどゾクゾクするってものでしょう。 手の中にあるボールにそっとおまじないのようにキスをする。 もう、恐くない。 目の前にあるのは心躍る楽しいバトルだけ。 さぁ、行こう。 彼と視線を絡ませる。 目と目が合えば?それは、バトルの合図。 「いこう、みんな」 会場の雰囲気の高ぶる気分のまま、二つのボールを空に投げた。 *** 目の前のチャレンジャーが恋人とかどんな冗談だ。 愛しの彼女に、夜中に実家へと帰られた後、自宅の冷蔵庫に入れてあった料理に気付いた。 いつもよりちょっぴり豪華なご飯。 いつも彼女が作ってくれるご飯が質素っていうわけじゃない。 オレの健康を考えて作ってくれている料理だ。 ここ一週間は仕事に時間を取られて彼女とご飯を共にしていなかった。 それで夕方に帰れそうだと連絡した。 ああ、そうだ、オレが彼女に期待させたくせに、約束を破った。 脳天気に花を買って浮かれてる場合じゃなかった、彼女に一分でも一秒でも早く逢って遅くなってごめんと謝罪するべきだった。 後に悔いても遅かった。 一週間もすれば戻ってくるだろうと思っていた彼女は本当に実家に戻ってしまったのか未だに帰ってきてはくれない。 何より電源を切ってしまっているのか、電話も繋がらない。 今すぐ彼女を探しに行きたかったけれど、ジムリーダーとしての責務がそうはさせてくれなかった。 一月、二月と時間が過ぎれば過ぎるほど、気持ちは落ち込んで改めて彼女がオレにとってどれだけ大切な存在なのかを突きつけられた。 だからこそ、彼女を迎えに行くために休みを取ろうと必死に仕事をこなしていたのに! 大きなサングラスを掛けて目深に帽子を被ったチャレンジャーが自分の探していた人物だなんてそんな。 驚き過ぎて、ガラル中に中継されていることも忘れて間抜け面を晒すところだった。 すっかり短くなった髪を風に揺らして、日に焼けた顔で笑っている彼女に腹が立った。 もちろん、オレにポケモントレーナーであったことを隠していたのも怒っている。 人には色々な事情があるのは分かっているが、彼女に頼りにされていなかったことが、信頼されていなかったことがとても苦しい。 こんなに寂しい思いをしたのはオレだけか。 お前は、オレと離れて寂しくはなかったのか。 こんなにオレを腑抜けにしておいて。 心をかき乱しておいて。 酷い女だ。 酷い女は、オレの恋人としてではなく、ポケモントレーナーとして立っているという。 そうか、そうか。 オレではなく、オレさまに逢いたかったのか。 これは一度じっくりと話をしなくてはいけない。 オレにとって君がどれほどの存在なのか。 表情の抜け落ちたオレさまに気圧されたのか、彼女の手が震えている。 ああ、そんなに震えて可哀想に。 けれど、手加減は出来そうにない。 彼女が愛おしそうに口付けるボールにすら嫉妬しそうだ。 一呼吸置いて、オレさまを見据える赤い瞳は気迫に溢れていた。 ああ、たしかに目の前の恋人は恋人じゃない。 一人前のトレーナーだ。 なら、良いだろう。 受けて立ってやる。 ゾクゾクと快感が駆け抜けるままボールを握る。 彼女の投げたモンスターボールから飛び出たのは、ラプラスとピクシー。 ドラゴン使いのオレさまにフェアリーとこおりを持ってくるのは悪くはない。 けれど、オレさまのポケモンが全てドラゴンタイプかと思ってもらうのは困る。 実に短慮だ。 フライゴンとギガイアスをフィールドに放てば、ギガイアスの特性であるすなおこしで砂嵐が巻き起こる。 バトルが長引けば長引くほどHPが減っていく。 さあて、どう出るチャレンジャー。 吹き荒れる砂嵐にぺろりと唇を舐めた。 *** 何度も言うようだが、私はカントー地方の出身である。 そう、あのカントーだ。 ピクシーだっておつきみ山で出逢ったし、ラプラスだったカントー地方からの仲間だ。 そう、つまり最初からずーっと旅をしてきた。 「キバナさん、私ね、すっかり忘れちゃってた。 旅をしてた頃の気持ち……だから、思い出させてくれてありがとう」 「オレさまがどんな思いで毎日過ごしてたか知ってて、それを言うのか?」 「それは、私も一緒だよ。 だからあの日、家を飛び出して、今ここにいる」 「……」 「らぷちゃん、フライゴンにれいとうビーム。 ぴーちゃん、ギガイアスに……じごくぐるま!」 「じごくぐるまだと!」 色んな地方を旅していれば、新たに見つかったタイプもあれば技だってある。 そして、廃れた技もある。 ガラル地方にもピクシーは存在するが、じごくぐるまを覚えることが出来るピクシーは存在しない。 カントー地方出身のノーマルだった頃のピクシーだからこそ覚えている技だ。 しかもうちの子が身に付けた特性はマジックガード。 すなあらしなんて恐くないのである。 フライゴンとギガイアスを一発で沈めた二匹は楽しそうに鳴き声を上げている。 じごくぐるまの反動でピクシーは傷を負っているが、つきのひかりで回復することができるので問題ない。 「そうか、たしかお前カントー出身だったな」 「正確に言うとマサラの出身、かな」 「マサラ……たしかにお前にはよく似合う色だよ」 サダイジャとジュラルドンが飛び出してくる。 彼がジュラルドンをダイマックスさせれば、ずしんと大地が揺れ目の前に巨大なポケモンが現われた。 生のダイマックスは初めて見るが、メガシンカやZワザとも違ってなかなか壮観な光景だ。 しかしいつまでも見惚れているわけにもいかない。 サダイジャはともかくとして、ダイマックスしたジュラルドンは厄介だ。 攻撃力もHPも何もかもが跳ね上がった状態を耐えなくてはならない。 「ぴーちゃん、ちいさくなる!らぷちゃん、サダイジャを沈めなさい!」 私はダイマックスバンドを持っていないからダイマックスさせることは出来ない。 けれど、私はピクシーなら耐えきれると信じている。 各地方を巡って、お兄ちゃん達とバトルを繰り返してきた。 私が私のポケモンを信じてやれなくてどうするのだろうか。 「そうはさせるか!ジュラルドン!」 直前に使用したスピーダーの影響かタッチの差で私の命令を受け、れいとうビームでサダイジャを沈めたラプラス。 そのままジュラルドンのダイロックを喰らって倒れる。 ごめん、ありがとうね。 光りに包まれてラプラスはボールに戻っていく。 腰に付けたホルダーで今か今かと出番を待つ相棒達がボールを震わせている。 やっぱりバトルは楽しい。 心の底からゾクゾクしている。 目の前の大好きな人だってこんな気持ちをずっと味わっていたのだ。 そりゃ楽しくて私との夕飯なんて忘れちゃうわ。 仕事と恋人なんて天秤に掛けた私は本当に馬鹿だった。 だから、バトルが終わったらごめんなさいってちゃんと謝ろう。 ホルダーから新たなボールを放り投げる。 私が手放していた間もお兄ちゃんの元でずっと修行に励んでいた頑張り屋さんな君に決めた! 「ボンちゃん!こころのめ!」 どしんと地響きを立てて舞い降りたニョロボンはやる気十分だ。 ニョロボンには次のターンまで生き残ってもらわなければならない。 こちらを振り向いたピクシーに頷く。 耐えてよ、ピクシー。 「ぴーちゃん、このゆびとまれ!」 ピクシーの発動した技によって、ニョロボンは攻撃を回避できる。 ジュラルドンの発動したダイロックを何とか堪えているものの、HPは随分と削られてしまっているようだった。 でも、これで終わりだ。 「ボンちゃん、決めるよ!じわれ!」 ジュラルドンの立っている地面が割れた。 本来はものすごく命中率の低いこの技もニョロボンのこころのめと組み合わせることで必中となる。 一撃必殺の技を喰らったジュラルドンがぐらりと身体を傾かせて倒れると元の大きさに戻った。 「勝者、チャレンジャー!」 大歓声の中、勝利の喜びに浸って、ぎゅうっとピクシーとニョロボンに抱き付いていれば、キバナさんが近寄ってきて手を差し出している。 ああ、試合の後は握手だった。 浮かれて射る場合じゃなかった。 「おめでとう」 「ありがとうございます。 それと、酷いこと言ってごめんなさい。 「……んっ、ふ……ぁ」 「っは、恋人のオレを寂しがらせた罰だ」 「本当にまだ、恋人でいていいの?あんなに酷いこと言ったのに?」 「当たり前だろ」 「だって、勝っちゃったよ?強い女の子は可愛くないんでしょう?」 「バーカ、あれくらいでこのオレさまに勝ったと思うなよ。 それにな、どんなお前でもオレにとっては世界で一番可愛い女なんだよ。 それくらい理解しとけ」 デコピンされた額はじんじんと痛むけれど、嬉しくて堪らなくなって目の前でニカッと笑う彼氏に思いっきり抱き付いた。 ぎゅうぎゅうと抱き付いている光景が中継されていることには、次の日新聞にデカデカと載ったことで気付いたけれどもう遅かった。 *** 彼女が家に戻ってきて十日。 あの時の映像が次の日に新聞の一面記事を飾ることにはなったが、彼女がオレの元に帰ってきてくれたので良しとする。 ……そう、良しとしたかったのだけれど。 『バトルシャトーなう』とSNSに上げている彼女にため息を吐く。 バトルの後、彼女と話をして今まで寂しい思いをさせてしまったことをきちんと謝った。 その上でこれからはもっと彼女との時間を取るように努力することを伝えたが。 ……きちんと伝えたはずなのだが。 「え、良いよ。 私も何だか楽しくなっちゃって」 「は?」 「ガラルのジム巡りしてたら火が着いちゃった。 この子達とも久々に逢ったから一緒にいたくて……」 そう言ってボールを大事そうに撫でる彼女に、どうしてオレの傍にいろなんて言えるか。 言えるわけねぇ。 ポケモンと一緒に空を飛んで地方を駆け巡る彼女に、胸の痛みを覚える。 このまま帰ってこないんじゃないかという不安すら芽生えた。 失ってからでは遅い。 彼女がいなかったあの期間に嫌っていうほど理解した。 これ以上は我慢出来そうにない。 ポケットから小さな箱を取り出す。 今夜、これを渡そう。 彼女はオレのものだといわんばかりに緑色の石が填まったこの指輪を。 その後、彼女の家族に逢いに雪山を訪れたその先で黄色い悪魔と赤い男にバトルを挑まれることなどまだ知らない。

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