一 リットル の 涙 河本。 1リットルの涙 (テレビドラマ)

錦戸亮・沢尻エリカ主演のドラマ『1リットルの涙』は名作ドラマだった

一 リットル の 涙 河本

脊髄小脳変性症。 医療が発達した現代でさえ未だ治療法がない不治の病だ。 身体の機能が徐々に失われていき、やがて死に至る。 それを食い止める有効な手立ては全く無いと言っていい。 神様は本当にいるのか?という疑問をふと抱く時がある。 この闘病記を読んで何度もそう感じた。 前途有望だった少女の未来を、真綿で絞め殺すようにじわりじわりと奪っていく。 あまりに残酷過ぎやしないか? 亜也さん自身も何度もその葛藤の中で苦しんでいた。 なぜ神様は私を病気にしたのか?私は何のために生きているのか? 大きな病気をすることもなく、生命を脅かされることもなく生きてきた僕には、その苦しみは想像することしかできないが、胸が締め付けられる思いだった。 病気が進行して養護学校へ行かざるを得なくなった時、徐々に歩くことすら出来なくなり這いつくばって移動するしかなくなった時、ペンすら握れなくなった時、その節々でしばらく先が読めなくなる程に号泣してしまった。 今、普通に息をして、歩いて、食事をして、誰かと話をしていることは、決して当たり前のことでは無い。 亜也さんは僕に命懸けでメッセージをくれた。 一生忘れないでいよう。 そして日々をもっと大切に生きていこう。 そう心から思えた。 いつの日かこの病気が完治する日が来ることを願ってやまない。

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「1リットルの涙」/ドラマレビュー

一 リットル の 涙 河本

概説 [ ] に住む 木藤亜也(きとう あや、 - )は中学3年の時、頻繁に転んでしまうなどの体の不調を訴え、光生会病院で受診、その後医師から、手足や言葉の自由を徐々に奪われながら最後には体の運動機能を全て喪失してしまう難病「 」と診断される。 、、が徐々に萎縮してしまう疾患であり、箸がうまく持てない、よく転ぶといった症状から始まり、進行するにつれて歩けなくなったり、字が書けなくなったりする。 最終的には言葉も話せなくなり、寝たきりになり、最悪の場合は死に至ることもある。 小脳、脳幹、脊髄が萎縮していってもは正常に機能するため知能には全く障害がない。 つまり、体が不自由になっていくことを自分自身がはっきりと認識できてしまうのである。 彼女は、体の自由が利かなくなることと自分の意識が変わることのない現実の狭間で生き抜いていく。 彼女が闘病中に手が動かなくなるまで書き綴った日記をまとめたが1986年、の出版社から出版された。 愛知県などを中心に大きな反響を呼び、2005年2月には幻冬舎が文庫本として出版。 2006年現在、発行部数は210万部を突破し、ロングセラーとなる。 、午前0時55分、木藤亜也は脊髄小脳変性症の進行に伴う衰弱と、それに伴うにより、25年の短い生涯を閉じた。 その後、亜也の母・木藤潮香が娘との想い出を綴った単行本「いのちのハードル」が出版された。 なお、「1リットルの涙」の巻末には、亜也の主治医だった山本紘子・教授の回顧が寄稿されている。 文庫版では潮香のあとがきと、『追記』として亜也の最期の模様が載せられている。 2006年には、にて「こころの時代-1リットルの涙から20年」が放送された。 2011年10月、群馬大の平井宏和教授らの研究グループが脊髄小脳変性症が発症する仕組みの一部をマウス実験で解明したと発表した。 映画 [ ] 1リットルの涙 監督 岡村力 脚本 田中貴大 山本文太 製作 江原法聖 後藤嘉之 山本文夫 出演者 音楽 主題歌 「空へ」 配給 公開 上映時間 98分 製作国 言語 に製作。 選定映画。 にテアトル池袋他にて公開。 また、地方の等を中心に 1年間に亘りロングラン公開された。 ・はにより発売。 撮影は、亜也の生活の場であったで、2004年4月29日から5月26日に行われた。 実際に通っていたなどでロケをするなど、地元に密着した作品となっている。 キャスト [ ]• 木藤亜也:• 木藤潮香:• 木藤瑞生(亜也の父):• 山本纊子(主治医):• さと(寮母):• ハル(パン屋):• 患者:、• 大西麻恵、かとうかずこはドラマ版にも親子役で出演している(を参照)。 高校での場面では、亜也が実際に在籍していた高校の多くの在校生がエキストラとして参加している。 森山周一郎はドラマ版の第2話で、神経内科教授・宮下信太郎(清林医科大学病院長)役でも出演している。 スタッフ [ ]• 監督:岡村力• 製作:、、、• 主題歌:「空へ」()• 挿入歌:「グライダー」(ソニーミュージックエンタテインメント)• 配給:東映 ロケ地 [ ]• 豊橋市内• 愛知県立豊橋養護学校(現・。 実際の亜也はへ通学)• 河川敷• 愛知県立岡崎養護学校(現・) テレビドラマ [ ] テレビドラマ版についてはを参照。 書籍 [ ]• 『1リットルの涙 難病と闘い続ける少女亜也の日記』(木藤亜也著、エフエー出版、1986年2月 )• のち、2005年2月• 『いのちのハードル 「1リットルの涙」母の手記』(木藤潮香著・エフエー出版、1989年5月 )• のち幻冬舎文庫、2005年2月• 『負けとったらいかんじゃん 「1リットルの涙」物語』(藤崎康夫[文]、みのしまきぬよ[絵]、マルス出版、1993年10月 )• 『ラストレター 「1リットルの涙」亜也の58通の手紙』(木藤亜也著、幻冬舎、2005年8月 )• のち文庫、2006年4月• 『お手本なしの人生 「1リットルの涙」亜也の詩』(木藤亜也・木藤潮香著、、2006年12月 )• 『一公升的眼淚 亞也的日記』(明珠[訳]、:高寶国際有限公司、2006年4月 ISBN:9867088298)版• 『生命的障礙:《一公升的眼淚》母親潮香的手記』(明珠[訳]、:高寶国際有限公司、2006年4月 ISBN:986708831X)台湾繁体中文版• 『一公升的眼淚 亞也的日記』(李奪[訳]、:吉林文史出版社、2006年9月 )版• 『生命的障碍 一公升的眼泪母子篇』(李奪[訳]、吉林:吉林文史出版社、2007年2月 )中国語版• 『1リットルの涙』(原作:木藤亜也、作画:KITA 、幻冬舎コミックス、2005年12月 )漫画版• 『一公升的眼淚 最後的58封信』(賴庭筠[訳]、:高寶国際有限公司、2009年8月15日 ISBN:9861853406)版 関連項目 [ ]• 脚注 [ ]• 2011年10月6日. 2011年10月6日閲覧。 外部リンク [ ]• - 単行本の出版元• - 映画『1リットルの涙』製作会社•

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錦戸亮・沢尻エリカ主演のドラマ『1リットルの涙』は名作ドラマだった

一 リットル の 涙 河本

広告 この本を読んで、私はこれからどうやって生きていくべきなのかを教えてもらった気がします。 この話は、恐ろしい病魔が十五歳の少女亜也の青春を奪っていく話です。 友達との別れ、思春期にいきなりおとずれた初めての車椅子生活等といったような様々な苦難がたった一人の何でもない普通の少女に襲いかかりました。 そんな中、日記を書くことだけが亜也の生きる支えとなっていくのです。 「たとえどんなに小さく弱い力でも私は誰かの役に立ちたい」と最期の最期まで前向きに生き抜いた少女の言葉が綴られた日記。 それがこの「一リットルの涙」なのです。 「こう決断を下すのに、少なくとも、一リットルの涙が必要だったし、これからもっともっといると思います。 」タイトルにこんなにも重要な意味が込められているなんて思いもしませんでした。 でも、この一節を読んだ時、とても切なくなりました。 この本を選んだのは、以前ドラマ化にもなって、話題になっていて気になっていたからです。 ドラマでは描かれていないであろう細かい心理描写等を小説で味わってみたいとも思いました。 ドラマを視聴してから原作を読んだので、亜也さんがバスケ部所属だったこと、恋人の麻生くんは事実ではないことを初めて知り、やはり小説とドラマの違いを比べるのは面白いな。 と感じながら読み進めました。 では、なぜそんな事実と違う設定になってしまったのか疑問に感じましたが、それは、亜也さんのお母さんが運動や恋愛など亜也さんに経験させてあげたかったというお母さんの夢だったということです。 それを知って母親っていつまでも娘のことを考えていて、母親の愛情って私が思っているよりももっと深いものなのだな。 としみじみと思いました。 「なぜ病気は私を選んだの?」 印象的な言葉はこの本にはたくさん散りばめられてあります。 そんなたくさんある言葉の中でも何よりこの言葉が、一番印象的でした。 誰でも病気になれば少なからず「なぜ?」という気持ちを抱くでしょう。 それが若くて、難病であればなおさらです。 答えがでない問い。 ずっと、亜也は神様にそう問いかけていたように思えてなりません。 そんな亜也の切ない思い、苦しみの一面が垣間見られるセリフだと思いました。 なぜ、こうも真面目で一生懸命生きてきた少女に難病という試練を神様は与えたのか。 そう考えると本当に涙があふれてきました。 語弊があるかもしれないけれど、もっと悪い人間だっているのに。 と亜矢さんでなくてもそう思ってしまいました。 神様は絶対にいると信じてきたわけではありませんが、それでも初詣等に行って神様にお願いごとをしてきた私は、神様って本当にいるのかな。 と真剣に考えるきっかけになったような気がします。 そして、まだまだ神様は亜也に残酷な仕打ちをするのです。 亜也がかかったこの難病は、知能は衰えることがないのに対して、体の自由がどんどん奪われていくのです。 歩きたいのに歩けない。 話したいのに話せない。 昨日まで出来たことが、今日には出来なくなるかもしれない。 そんな希望とは逆の未来を考えるというのは、どんなに怖いことだろう。 私には想像を絶します。 怖い気持ちがなかったわけがはないとこの本を読んで思いました。 ただ、周りに口に出して言わなかっただけです。 きっと口に出して周りを悲しませるのが嫌だったのではないでしょうか。 昔、声が一時的に出なくなってしまったことがありました。 お医者様は二週間程で治ると仰ってくれましたが、やはり不便で、イライラがたまっていったことを覚えています。 短期間でもこんななのに、亜矢さんはしっかりと自分の運命に向き合って、立ち向かって強い人だな。 と感じました。 しかも十五歳。 本来ならば、明るい未来を想像することが一番楽しい時期だったと思います。 将来の夢だって笑顔で語れたでしょう。 それなのに病魔と闘わなくてはならない日々。 やはり私には耐えられないだろうな。 と思いました。 だから亜矢は本当に強い人です。 そして周りのことを考えることが出来るとても優しい子だと思います。 だからこそ、亜矢さんは神様に選ばれてしまったのでしょうか。 亜也さんは六年間も日記を書き続けています。 それによって、亜矢さんを直接知らない人、同じ病気を抱えている人とたくさんの人に勇気と感動を与えました。 それが亜矢さんの神様からの役割だったのでしょうか。 私は亜矢さんからこれからの生き方を学んだように思います。 毎日適当にダラダラと過ごし、現状を変えようともせずに親に不満だけは一人前に言うような生き方はやめようと思いました。 これからは周りのことを考えられるように意識して生活をしていこうと思います。 今過ごしているごく普通で当たり前の日常。 その日常の大切さ。 それも亜矢さんに教えてもらった気がします。 これからは目の前のことに必死になって毎日を全力で生きていくべきだと考えを改めさせられました。

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