全て は 初め から そこ に 存在 し てい た。 「比較そして悟り」津留晃一メッセージ集

あなたの存在価値と存在意義。その違いを説明できますか?

全て は 初め から そこ に 存在 し てい た

続いて記紀神話を読み解いてみたいと思います。 「記紀」とは言うまでもなく『古事記』と『日本書紀』を指し、どちらも奈良時代に成立した我が国の史書の原点であり、神話に始まるこの国の歴史を今に伝えます。 記紀共にその原典となっているのは、両書以前に存在したとされる帝紀及び旧辞という史伝で、一般に帝紀は天皇の系譜や妻子の名前、在位中の主な業績、宮殿や陵墓の場所等を、旧辞は神話や様々な逸話等を伝えていたと解説されますが、その辺りの整合性については不明な点も多く、どちらも原文は早くに散逸しているため、後世の我々は記紀を通してその面影を探るしかありません。 尤もかつて『東観漢記』が『後漢書』に再編されることで滅失してしまったように、帝紀と旧辞もまた『古事記』と『日本書紀』に姿を変えただけのことなので、記紀の内容こそが帝紀と旧辞そのものだとも言えます。 この帝紀と旧辞という日本最古の史伝が、果していつ頃に作られたのかという点に関しては、それに言及するような史料も見当たらないので、今もって定説は得られていません。 ただ大陸で統一国家隋が興り、日本もその周辺諸国の一員として外交に加わるようになると、かつて魏や南朝へ遣使していた頃とは異なり、否応なしに国際社会における自国の立場というものを再認識せざるを得なくなります。 そこで隋や各国の関係者とも交わるうちに、自国の歴史について尋ねられる機会もあった筈で、当時の漢字文化圏の常識として、史書も持たないような国は文明国とは見做されませんでしたから、遅くとも遣隋使が派遣され始めた頃には、帝紀と旧辞の原型となる史書の作成は試みられていたものと思われます。 従って両書の起源を聖徳太子や蘇我氏に求める仮説は、時代背景から見ても理に適っている訳です。 現存する我が国最古の史書である『古事記』が編纂された経緯については、編者である太安万侶が同書の序文で説明していて、天武帝が詔して言うには「 朕聞く、諸家の賷る帝紀及び本辞(旧辞)、既に正実に違い、多く虚偽を加うと。 今の時に当りて、其の失を改めずば、未だ幾年を経ずして、その旨滅びなむとす。 これ乃ち邦家の経緯、王化の鴻基なり。 故これ、帝紀を撰録し、旧辞を討覈して、偽を削り実を定めて、後葉に流えむと欲す。 要約すると、諸家に伝わっている帝紀と旧辞には、各々史実と異なる箇所が見受けられるので、今その過ちを改めなければ、何年も経たないうちに本旨が失われてしまう。 そこでそれ等の中から「偽を削り実を定めて」、正史だけを後世に伝えたいということです。 前述の通り帝紀と旧辞の原型が作られた時期は不明ですが、その後に加筆や写植を繰り返して行く中で、次第に異なる内容が伝えられるようになって行ったのでしょう。 ただ氏祖が皇室から枝分れした王族(皇別)や、神話の時代から皇室に仕えている豪族(神別)は、皇室との関りや祖先の功績等について、それぞれ独自の伝承を有していたので、そもそも諸家に伝わる帝紀や旧辞の内容が同一である筈もありませんでした。 しかし大陸の王朝と同じように、民族共有の財産としての国史を確立しようとするならば、諸豪族に家伝が存在すること自体はともかく、正史は正史として国内で統一する必要があります。 そして天武帝が、その作業は自身の在位中にやり遂げるべきことであり、子孫の代では不可能だと判断したのは正しかったでしょう。 では諸家に併存していた帝紀と旧辞は、宮中のいかなる部署で、誰の手によって『古事記』の原型として纏められたのでしょうか。 不思議なことに天武帝の勅旨によって始められた作業でありながら、編修の過程や主要な関係者等を明記した史料は見当たりません。 但し複数の異伝の中から一個の正史を選別する上で、(ましてそれが以後永久的にこの国の歴史となるならば猶更のこと)その基準として天武帝の意向が最優先されたことは間違いないでしょう。 尤も諸家に伝わるものを「 既に正実に違い、多く虚偽を加う」と断じているように、初めから皇室伝来のものを唯一の国史に定めることが目的だった可能性もありますが。 従ってそうした主旨の下で成立した『古事記』は、『日本書紀』のように本文中に異伝を設けることなく、天地開闢から推古女帝に至るまでの歴史が一個の物語として完成されており、その編修姿勢は司馬遷の『史記』にも通ずるものがあります。 『古事記』の序文によると、天武帝の舎人に稗田阿礼という特に聡明な者がおり、目にしたものは全て言葉に表すことができ、耳にしたことは心に留めて忘れないほどだったため、帝は阿礼に「 帝皇日継(帝紀)と先代旧辞(旧辞)を誦習せよ」と命じたといいます。 そして阿礼が誦習したものを太安万侶が筆記し、更にそれを通史に編纂して元明女帝に献上したのが『古事記』です。 稗田阿礼という人物については、その実在性も含めて古来様々な議論が交されていますが、ここでは立ち入りません。 また後発の官撰史書である『日本書紀』には、恐らく諸家に伝わっていたものと思われる異説が「 一書に曰く」という形で収録されているので、諸家伝来の帝紀と旧辞は『古事記』成立後もどこかで保管されていたようです。 世界のいかなる民族であれ、その最初の歴史は例外なく口伝によって後世に渡されます。 そしてその伝承者としての役割を担うのは、専ら稗田阿礼のように部族内でも特に聡明な者であり、彼等の多くは代を重ねる毎に増加して行く民族の歴史を一語一句違えることなく暗唱でき、その脅威の記憶力は世界各地で多くの事例によって証明されています。 しかし天武帝の時代ともなると、既に紙の製法と漢字が輸入されて久しく、敢て誦習という手法を選択した理由についてはよく分かりません。 また天武帝の勅宣によって始業されていながら、ようやく活字化されたのが元明女帝の代というのも些か間が空きすぎていますし、編修が公表されていたかどうかも定かではありません。 ただ『日本書紀』の筆記法が漢文であるのに対して、『古事記』では変体漢文とも呼ばれる一種独特な筆記法が用いられており、或いは未だ天武帝の時代には、日本語を活字化する手法が確立されていなかったのかも知れません。 六国史の第一である『日本書紀』は、『古事記』と違ってその編纂の経緯が巻内に記されていないので、官撰史書でありながら成立の過程に関しては不明な点も多くあります。 ただ後に成立した『続日本紀』の中で触れられている箇所があり、そこには養老四年(西暦七二〇年)の時事として「 先是一品舎人親王、勅を奉じて日本紀を修む。 至是功成して紀三十巻系図一巻を奏上す」とあります。 要約すると、以前から舎人親王(天武帝の皇子)は勅命により日本紀を編修していたが、ようやく完成したので紀三十巻と系図一巻を時の元正女帝に献上したということです。 ここで言う勅が誰の発したものなのかは明らかにされていませんが、そもそも日本紀編修の発端は天武帝が川嶋皇子(帝の第二皇子)以下十二人に『帝紀』と『上古の諸事』の編纂を命じたことに始まるとされており、『古事記』と並んで『日本書紀』もまた天武帝の勅旨によって世に生み出された訳です。 『古事記』と『日本書紀』という全く性質を異にする二つの史書が、なぜ同時進行のような形で編纂されるに至ったのかについては、両書の伝達方法がまるで異なっていたからだというのが、その理由になると思われます。 『古事記』は「ふることふみ」とも読むように、古来より伝わる帝紀や旧辞といった民族の足跡を、なるべくその形を変えずに生きた日本語で後世に遺そうと試みた史書であり、それが稗田阿礼による誦習という前時代的な記録と、変体漢文や当て字による筆記という独自の編纂方法となって現れています。 一方の『日本書紀』は、初めから当時の世界基準である漢文による筆記を基本とし、日本人のみならず他国人が手に取っても差し支えない史書となっており、(実際に閲覧を許すかどうかは別にして)むしろそれが同書編纂の目的の一つであるとさえ言えました。 要は当時の国際情勢下にあって、大陸の先進文化を導入しながらも、日本独自の文化を継承して行かなければならない中で、そのどちらの文化も否定しない形で記紀両書を作り上げたことは、『古事記』の持つ学術的な価値を考えても、後世の我々に贈る天武帝の英断だったと言えるでしょう。 そして前述の通り『日本書紀』は漢文でありながら、「一書に曰く」という形で複数の異伝を収録しており、恐らくそれこそが諸家に伝えられていた帝紀と旧辞の内容そのものだと思われます。 しかし『漢書』を始めとする大陸の史書を範とした『日本書紀』が、なぜ漢籍に余り例を見ない異伝の併記などという述法を採用したのかについては、未だ万人の納得する定説を得られていません。 ただ『古事記』のように異伝を排除するのではなく、敢て併録することにより却って国史を一本化させたのは事実で、むしろ『日本書紀』に吸収されることで家伝の帝紀と旧辞がその役割を終え、同書が全ての日本人にとって唯一の国史となる地位を確立したのは間違いありません。 また『日本書紀』が上梓された奈良時代前期というのは、限られた有力豪族や皇族が太政官の重職を独占していた時代でしたから、同書の編者も諸豪族の家伝を無視できないという事情があったのかも知れません。 ランキングに参加中。 クリックして応援お願いします!.

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あなたの存在価値と存在意義。その違いを説明できますか?

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天は、踊り狂う竜の群れの様に無数に立ちのぼる紅炎の柱によって燃えさかり、大地は赤々と滾る溶岩の海に覆われていた。 そんな世界に、ラヒルメは存在していた。 生まれて間もなく、ラヒルメは自分以外の誰かを探して歩き始めた。 この燃え滾る世界にいながら、ラヒルメは一切熱さを感じなかった。 むしろ炎に包まれていると心が落ち着いた。 その世界はラヒルメを受け入れ、ラヒルメもまた、その世界を愛した。 彼女が進むと、紅炎の柱はうれしそうに後に続き、足下に広がる広大な溶岩の海は踊るように滾った。 果てしなく広がる宇宙があった。 ラヒルメはすぐに、その未知の空間に興味を抱いた。 目の前に広がるその空間の広さと比べれば、この世界《彼女自身》がとても小さな存在に思えた。 その一つ一つから、様々な声がかすかに聞こえてきた。 ラヒルメは、まだ見ぬ誰かとの出会いに胸を躍らせ、近くの星へと向かった。 星に近づくにつれ、彼らの声は大きくなっていき、やがて彼女にもその内容が聞き取れる様になった。 その声から彼女は、自分がラヒルメと呼ばれる神である事を知った。 そしてもっと自分の事を知りたいと思った。 しかし彼女はその誰かと言葉を交わすどころか、その姿すら見る事はなかった。 彼女が星との距離を更に縮めると、聞こえてくる声は悲鳴に変わった。 彼らは口々に「熱い」と苦しみ、天を仰ぎ、神に助けを求めた。 そのときラヒルメは、自身が全てを照らし、焼き、焦がす存在だと知った。 そして自分はその存在の大きさ故に、一人である事を悟った。

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「意識の焦点」津留晃一メッセージ集

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はじめに 本題に入る前に、この記事がおすすめな人を挙げてみます。 データの転記・集約作業が多い人• エクセルを使う頻度が高い人• 事務職の人 ちなみに、最低限 「VLOOKUP関数の基礎」を把握している想定での記事となります。 たとえば、次のような取引の記録をまとめた「台帳」というシートがあるとします。 この中で一意(他データと重複していない)のデータはありませんね。 B列の「日付」もC列の「商品名」も2つ以上の重複したデータばかりです。 この表を元に、VLOOKUP関数で次の「請求明細書」シートへ任意の「日付」に該当するデータをすべて明細部分(黄色の塗りつぶし範囲)へ転記したいとします。 VLOOKUP関数の仕様上、1つのキーワードしか引数「検索値」に指定できません。 そこで、解決策として次の2ステップを実行すれば良いです。 【STEP1】検索する表に一意の「検索値」を新たにつくる! 基本的な考え方として、そもそもの 検索対象のデータの方をVLOOKUP関数の仕様に合わせてあげれば良いのです。 つまり、1つのキーワードしか引数「検索値」に指定できないので、一意の「検索値」を検索する表の中(今回は「台帳」シート)につくってしまえば良いということですね。 では、今回の「一意の検索値」はどうするかというと、以下の2つの条件を結合したものにしたいと思います。 B列の「日付」• 1の日付の中の通し番号(その日付の中で何番目のデータか) この1と2を結合した「検索値」を「台帳」シートのA列へ追加します。 なぜ、A列かというと、VLOOKUP関数の仕様上、引数「範囲」の1番左の列が「検索値」を探す列になるためです。 この上記の1に指定していた「B列の日付」は同じ行のB列のセルを参照させれば良いですが、2の「1の日付の中の通し番号」はCOUNTIF関数を使用します。 COUNTIF関数とは? COUNTIF関数は統計関数の一種で、 検索条件に指定したセルの個数をカウントする関数です。 COUNTIF 範囲,検索条件 イメージが湧くように、COUNTIF関数を単独で使ってみましょう。 では、続いて今回の「1の日付の中の通し番号」をCOUNTIF関数単体で計算してみると以下のようになります。 これで、各日付がそれぞれ上から何番目のものかがわかりますね。 なお、 COUNTIF関数の参照形式を工夫したのは、A3セル以降へ数式をコピペした際に、COUNTIF関数の引数「範囲」が下へ行くほど広がるようにしないと通し番号にならないためです。 これが、すべての数式でCOUNTIF関数の「範囲」をB列すべてにしていると、同じ日付の場合は当然ですがCOUNTIF関数の結果が同じになってしまいますからね。 最初にA2セルから「一意の検索値」を入力していきましょう。 このA2セルの数式をA3セル以降にコピペすればSTEP1については完了です。 【STEP2】引数「検索値」は2つのセルを結合する! 続いて、VLOOKUP関数をセットする「請求明細書」シートに移ります。 こちらは最初にC15セルにVLOOKUP関数を入力しますが、 注意すべきは引数「検索値」です。 (他の「範囲」「列番号」「検索方法」は普通でOK) この引数「検索値」は、STEP1にて用意した「台帳」シートの「一意の検索値」を指定することがポイントです。 「一意の検索値」は以下の2つの条件を含んでいましたね。 (いずれも「台帳」シート)• B列の「日付」• 1の日付の中の通し番号(その日付の中で何番目のデータか) 引数「検索値」では、 1は「請求明細書」シートのC9セルを指定します。 C9セルには日付が入力されています。 そして、 2の部分は「請求明細書」シートのB15~B19セルへ1~5の連番がそれぞれ入力されていますので、こちらを参照します。 C15セルのVLOOKUP関数であれば、同じ行のB15セルを参照すればOKです。 あとは、このC15セルの数式をC15~E19セルへコピペすればOKです。 D・E列は引数「列番号」は変更しなければならないので、その点はご注意ください。 自動的に変更させたい場合は、引数「列番号」へMATCH関数などと組み合わせると良いですよ。 サンプルファイルで練習しよう! では、今まで解説した部分について、実際にサンプルファイルをとおして練習してみましょう! サンプルの条件 今回の題材は次のとおりです。 「商品」というシートに商品(くだものの名称)・単価が一覧表になっています。 この「単価」をD列の2行目以降に転記させた「台帳」シートがあります。 この「台帳」シートのC~E列の値を「請求明細書」シートのC15~E19セルへVLOOKUP関数で転記しましょう。 なお、キーワードは「台帳」シートのB列の「日付」と、その日付の通し番号を結合すれば良いのでしたね。 実際に操作しよう! 可能であれば、以下のサンプルファイルをダウンロードして実際に操作してみてください。 (上記リンクから登録フォームへ遷移します) ファイルを開いたら次の手順を実施してください。 「台帳」シートを選択• A2セルをコピー• A3~A15へ貼り付け(ペースト)• 「請求明細書」シートを選択• C15セルをコピー• C16~C19へ貼り付け(ペースト)• D15セルをコピー• D16~D19へ貼り付け(ペースト)• E15セルをコピー• E16~E19へ貼り付け(ペースト) 上記手順を行った結果は「台帳 関数あり 」シートと「請求明細書 関数あり 」シートにありますので、このシートの内容と実際に操作した結果が同じになっていればOKです。 また、「請求明細書」シートのC19セルの日付を変更すると、C15~C19セルのVLOOKUP関数の戻り値(返り値)もきちんと変わることもしっかりと確認してみましょうね。 さいごに VLOOKUP関数は制約というか仕様が明確に決まっているため、「用いるデータの方を何とかする」という姿勢で考えると状況を打破できることが多いですよ。 今回の複数条件でのVLOOKUP関数を用いる方法自体も、以外と実務では使えるシーンがありますので、知っておくと良いですね。 なお、その他にもVLOOKUP関数関連の実務で役立つテクニックについて、私の書籍で紹介しているので、こちらもご参考にしていただければと思います。 vlookup複数で同一の検索値で複数のデータがある場合に任意のデータを検索する方法について を、見たがままエクセルに同じように計算式を組み込んでやってみたのですが、うまく数字が反映されません。 本記事ではVLOOKUP関数を入力しているのは、J7セルなのでそもそも数式を入力しているセルが異なるのでは、という点が気になりますね。 また、数式の中身についても、元データの表形式(行列のどこにどのデータが入っているか)がいまいち分からなかったので、それぞれの検索値が妥当なのかが判断つきません。。 具体的な回答をするには、実際のデータを送ってもらえると回答しやすいです。 Excel関連の資格は以下を保有。 Excel2010スペシャリスト(一般)• Excel VBA ベーシック• Excel VBA スタンダード 通信会社勤務の現役サラリーマン。 心が安らぐ瞬間は2人の娘といちゃいちゃする時間。 趣味は読書。 ビジネス書や漫画が大好き。 好きな食べ物はラーメン。 特に二郎や蒙古タンメンがお気に入り。 Excelを10年間以上ほぼ毎日数時間触り続け、本業でも複数の業界・業種のバックオフィスの設計~運営に携わってきた森田が、業務効率・精度を高めるExcelの活用方法を発信していきます。 詳細プロフィールは.

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