かぐ 告 早坂。 かぐや様は告らせたいで『早坂愛』が話題に!

『かぐや様は告らせたい』第177話 早坂愛と四宮かぐやの友達 感想 : 愛とかぐやは...たい

かぐ 告 早坂

さてと。 かぐや様は告らせたい 172話 の感想(かぐ活)です。 (更新しました!) 京都修学旅行の最中に燻る四宮家の闘争。 そのキーマンたる早坂愛を巡って,なにやら四宮家三男・雲鷹が登場して幕となった前回でありますが,今回それに関連して 四宮家跡目争いの構図が見えてきました。 なるほど。 早坂愛に対する雲鷹のそれは,雇用主としての立場ではなく 跡目争いを有利にするための「道具」としての位置づけだったのか。 なるほどねえ...。 というわけで前回のぼくの考察という名の妄想(HUNTERxHUNTERのカキン的関係)は大外れだった。 ま,アレは冗談半分でしたが。 前回感想 というわけで今回の出た情報をもとに再分析をするわけですが,その前にちょっとだけ 「ブログ感想」というものに対する僕の気持ちを記しておきたいのでお暇な方は目次の後の駄文も目を通していただければ。 (興味がない人は目次から飛ばしてクレメンス)• 本日ふとこんな事つぶやいたんですけれどね。 ブログ感想は単に感想や考察を述べるだけではなく、その作品や作家の応援もしているつもりなんだが、僕の感想は果たして「応援」になっているのだろうか — ayumie ayumie 基本的に僕は漫画感想ブログというのは一読者としての漫画の「感想」なり「考察」なりを書いたものです。 僕のこれまでの感想を見てもらっても分かる通り,基本的には漫画を読んだ上で認めた個人の妄想みたいなもんです。 チラシの裏ってやつですよ。 個人的にはそうした感想なり妄想(考察)を読んでくれた人が,作品に興味を持ってくれたり,より深くその作品についてあれこれ考えてくれたら嬉しいなと思っています。 結果としてそれが作品コンテンツの盛り上がりや作者先生の応援に繋がっていれば嬉しいなって。 中には今回のお話の流れを知りたいだけの人もいるかもしれない。 漫画は買わないけれど,作品の続きが知りたいだけの人もいるかもしれない。 僕の漫画感想は「作品を読んだことを前提に感想を書く」スタイルなので,そういう読み方も出来てしまいます。 結果的に筋を追いながら僕の解釈を述べているだけの部分もありますし。 ですができれば感想を先に読むのではなく,雑誌なりコミックスを買うことで 作品を直接楽しんで欲しいと思います。 その上でブログ感想やコメント欄を通じて,それぞれの感想や考察を交わしあえたら作品コンテンツとしての盛り上がりの一部になれるんじゃないかなと。 そういった部分にブログ感想の「作品に対する愛」とか「作者の先生への応援」という側面が現れる... といいなあ,と思っています。 少し話が変わりますが,僕はファンレターって書いたこと無いのです。 その代わりブログ感想を書く。 ブログ感想なんて突き詰めれば世界に公開されっぱなしの ファンレターみたいなものだと思っています。 先生の作品を読んでこんな風に感じました!とか,物語のこの部分はこういうことなんですか?って感じでインターネッツの虚空に投げかけていくみたいな。 もちろんそれが作者先生に届くことはないけれど,世界のどこかにそんな風に作品を楽しんでいる人がいて,それを共有して盛り上がっている人が少しでもいるっていうのは,一種の 「応援」としての側面がでてくるんじゃないかなって。 そんな気分でブログ感想を書いているってことを,知っておいていただけると幸いです。 最新コミックス 「四宮家跡目問題」の構図と雲鷹のポジション 前置きが長くなりました。 かぐや様感想に入りたいと思います。 これまで兄弟妹間の確執があることがほのめかされていたのですが,かぐやの立場がはっきりと示されました。 ある程度予想されていたのですが, 「やはりかぐやは四天王の中でも最弱... 」「我らが面汚しよ... 」ポジじゃったか。 かぐやの立場 ま,そうだよな。 正月には挨拶しても普通に無視されていたし,幼少の頃もパーティーの場で邪魔だから外で「みにくいアヒルの子」を読んでおとなしくしてろとか扱われていたもんね。 兄を無能呼ばわりするだけの才能はあるかもしれないけれど,現実には長女という立場上後継者扱いされておらんのね...。 にも関わらず,それ故に 「こうどなじょうほうせん」で生き抜くしか無い四宮かぐや陣営。 弱みを握り,優位なポジション取りをすることで勝ち馬に乗る。 そんな「生存戦略ー!」で満足する四宮かぐやとも思えませんが,現実の彼我の差を考えるとそうなるのだろうな。 で,早坂愛を狙う三男・四宮雲鷹の狙いはその情報の金庫番・側用人早坂愛を取り込むことか。 なるほど。 かぐやが情報戦で生き抜く戦略を立てているのであれば,その要の早坂は当然情報を握っている金の卵である。 人を見れば使え!な四宮家の人間にとってそれは自らの勝利への道具に過ぎないわけ。 うむ,胸糞悪いな! 実際,雲鷹の使用人(早坂的立場っぽい人)に対する物言いも完全に駒扱いである。 横柄な物言い,荒っぽい指示。 感じ悪いけれどどことなく中身の乏しい指示をだすあたり,雲鷹に才能は感じませんけれど。 雲鷹の付き人is誰 しかしなんだ。 このお付きの人,どことなく男装ハーサカ風ですが早 坂の関係者ですかね...? ちょっと気になりますが。 しかしこの接し方一つみても,かぐやと雲鷹には大きな違いがありますね。 単純に上から粗雑な強制指示を出して服従させるだけの雲鷹とその使用人。 一方,主を主と思わぬほどに自分の意見を述べ,かぐやの選択肢の幅を広げていく協力型のかぐやと早坂。 器の大きさはかぐやの方に感じます。 彼女が仮面を外したら とまあ前座情報はこのくらいにして(三男は前座ですか),今回のメインテーマは 「友達」である。 友達とはなにか。 友情とはなにか。 そんなことを投げかけるハートフルストーリーですよ(違います)。 前回,さっくりとハーサカの正体を見破った白銀御行。 しかしそれは早坂愛からの歩み寄りがあったからこそできたことであった。 言い換えれば,それだけ 早坂愛の仮面はよく出来ていたということである。 いくつもの仮面をかぶることによって相手の信頼を得る。 そんな生き方を主にも,友人にもしてきた早坂愛。 その早坂が助けを求めたのが, 途方も無い社会的仮面をかぶってきた白銀御行というのがまた熱いですね。 これまで被ってきた仮面の真相をネタばらしし。 早坂愛が主に秘密にしておきたかった罪悪感の塊である「四宮かぐやの情報漏えい」だけが唯一本当のことであることを告げる。 これみよがしに仮面を取り,気づかせようとするその真意を白銀御行がきっちり汲み取るあたり,さすが 天才・白銀御行じゃないですか。 くー!かっこいい! 友達には手を差し伸べる ヘルプを求める声を上げる。 その声に気づいて応えてくれる。 そんな行為に安堵する。 そこにあるのは恋でも愛でもない。 四宮かぐやが危惧するような三角関係なんてどこにもない。 そこにあるのはただ一人の男友達の 善意である。 困っている女友達に手を差し伸べるその姿である。 早坂愛が仮面を外したら。 そこにあるのは,たった一つの人間関係のみ。 友達 ただそれだけである。 部屋から二人の関係を眺める四宮かぐやがそこに色恋沙汰を見出したり,グループの女の子たちはそんなかぐやの嫉妬心をみてそこに男女のドロドロを見出したり。 それは杞憂である(今は)。 窓の外で起きている事象は単純に友情がなせる技でしかない。 早坂愛にとって四宮かぐやはなんなのか? 友情に過ぎないんですけれど,そんな早坂愛の行動には,いつもの「主に対する復讐混じりの意地悪」が含まれているのがシリアスの中のコメディですね。 こういうところの 緩急の使い方が「かぐや様は告らせたい」は実に上手い。 早坂が会長と一緒に行動するためにかぐやの許可を取る時,すでにかぐやは黒の波動に目覚めたかぐやになっている。 表立って反対できない立場を逆手に取っておからかう早坂愛の笑みが一服の清涼剤である。 一方でこれは早坂愛の「目的」の一環でもある。 かぐやと白銀御行の関係をばれないようにする• 四宮家から逃げ切ること• 最後の仕事(四宮かぐやの手を払う=これまでの関係を精算する)をすること あえて主の琴線に触れるような形で御行を巻き込むのは,御行は自分の友人でありかぐやとは無関係であることをアピールしたり。 主の彼氏に(主が反駁しがたい形で)ちょっかいを出すのも,意図的にかぐやとの距離感を取るためのものでしょう。 かぐやが早坂愛の手を握りしめたままにならないようにするために。 ま,こじつけな推論であることは認めざるを得ませんが。 早坂は自身の持つ情報価値を知るがゆえに,安全な場所に逃げ込みたい。 同時に主のことも守りたい。 早坂にとって重要なのは,四宮かぐやとの関係を「主従関係」ではないものにすることである。 それはなにかといえば,繰り返し出てきた 「友達」という言葉で表される関係なんでしょうね。 早坂愛の「願い」とは 上も下もなく 「友達」になる。 主でもなければ従者でもない。 命令され命令を受ける立場でもない。 他愛もなく恋バナをしたり,ちょっとした相談をしたり,何気ない会話を楽しんだり。 早坂愛が求めているのは四宮かぐやからの「開放」ではない。 早坂は無意識かもしれないけれども,早坂が求めているのは四宮かぐやとの 「関係の再構築」である。 彼女が,就寝前にかぐやの部屋で過ごす時間,あの眠くてたまらないけれども心地よい戯れができる時間,あの瞬間二人の関係は主従の関係から「友達関係」になる。 早坂愛が等価交換では手に入れられないもの,本人すら言葉にしていないその感情は多分,「友情」であり「友達」という関係なんでしょう。 それこそが白銀の言う 「お前の願い」なんでしょうね。 四宮かぐやにとって早坂愛は何なのか 最終的に早坂は白銀とかぐやと協力しあって「目的」を達成するのでしょうし,早坂が言語化すらしていない「願い」も叶えられるのでしょう。 その反面,早坂愛の願い=「かぐやと友だちになる」であるのなら,それは 双方向的でなければ実現しない。 二人の関係が主従関係ではなく,お互いに「友達」として振る舞えるようになる。 そこに紆余曲折あると思いますが,その時にはかぐやにとっても早坂愛は「友人」と思えるような存在になっているのでしょうね。 さてその かぐやです。 突然の「辞任」に驚き早坂にべったりかと思えば,会長に近づく早坂に嫉妬する。 やっていることは等身大の女の子ですよね。 早坂がこれから成し遂げようとしている対四宮の遠大な計画と比べれば,かぐやの悩みは高校生女子らしい他愛もないものである。 ともに過ごしてきた付き人を,姉を,友人を失いたくない。 恋する人をだれにも渡したくない。 四宮本邸の側という地雷原真っただ中において,決してバレてはいけない秘密である白銀とのおつきあいが,早坂による「密告のバランス調整」という薄氷を踏む想い出の踏破によるものであることを考えれば,かぐやのお悩みは些か能天気でもある。 早坂の 本当の気持ちを知らないかぐやには無理からぬことですけれど。 通常通りの進行をしているかぐやの日常感がコメディとしてのバランスを保っていますね。 シリアスも多分好きな赤坂先生ですが,こうやってバランスをとってくるのも読者配慮の一環でしょうか。 かぐやと早坂 そんなかぐやが語らっているのも 「友情」なところが面白い。 男女の付き合いは恋人だけとは限らない(友情もある)という主張から,早坂と会長の接近を見て掌返して「男女間の友情なんて所詮幻想」と豪語する。 いつものギャップ手法ですが,語られている文脈はやはり「友情」です。 会長グループにくっついていくことをかぐやに告げる早坂のノリは「友情の演技」だし,それに答える四宮かぐやの氷の回答も「友情で隠した(隠しきれていない)嫉妬」です。 今回のシリーズのサブタイトルが「早坂愛の友達」であることからも,今回のお話のゴールが友達としての白銀御行, 友達としての四宮かぐやという関係性が構築されるのは推察できますね。 いろいろあって,かぐやは早坂愛の事情と気持ちを知るのでしょう。 いろいろあって白銀御行とともに事に当たり,早坂愛の目的を達成する一翼を担うのでしょう。 そして四宮かぐやの「甘え」によって維持されてきた早坂愛との関係性の中から,「主従関係」が無事取り除かれた時,きっと四宮かぐやには 友達が一人増えているはずです。 そんなハッピーエンドが迎えられることを祈っています。 余談 1 早坂愛を守れる人はだれか しかし四宮家から抜けて保護できるだけ存在なんて, 四条家ぐらいしか無いと思うのですがどうなるんでしょうかね。 少なくとも秀知院の一生徒会長である白銀御行には手に余る事象である。 かぐや一人を守るのも難しいのだから...。 なので最終的には四条家の庇護に走るか(四条家的にも四宮の情報が入るならメリットは有る),かぐやが利用しようとしている兄の一人に靡いていくか。 義姉とは仲が良いらしいので,その線も一応可能性としては残りますね。 とはいえ今回のテーマが「友達」であるならば,そこに在るのは単純に損得勘定だけではないはずである。 四宮かぐやが四条眞妃と友達になれたように,そこに在るのは打算や恩讐だけではないものがあるはずである。 なぜなら 友情とは打算によるものではないからである。 白銀御行と早坂愛,四宮かぐやと早坂愛の間に友情が成立するのであれば,四条帝や四条眞妃とだって友情は成立してもおかしくないんだよなあ。 そんな流れから四条家に保護される可能性はある。 (庇護というなら恋愛でも成立しますね。 いまは可能性がないけれど, 早坂と四条帝のカップリングはあっても面白いも知れない) 2 かぐや様のグループの女子の件 かぐや,早坂と同一グループの女子。 先週から出ていますが,割と距離感も近いし四宮かぐやとの関係性も「そこそこ」よさそうです。 少なくとも恋バナを振る程度の距離感に至っている。 彼女らも一応「テスト」に合格しているんですかね。 今後もお話に絡んでくるのでしょうか... 割と造形もお可愛いですし,こういうキャラが今後も物語に関わってくる可能性は微粒子レベルで存在しますね。 それとも既に登場済の人たちでしたっけ。 お分かりの人はご一報を。 かぐや様グループの女子の初出は3巻のネイル回ですよー。 親の役職の設定もあります 名前はありませんが その後も選挙編や文化祭編等で登場してます。 — maisan IKKENKANPEKI Twitterで教えていただきました。 なるほど,あの 陽キャたちですね。 となると,かぐやは早坂グループに入れてもらった感じになるのか。 周囲からしても意外かもしれませんね。 正直な所,まふまふさんのことは知らない。 軽くググるとネット出身クリエイターであり歌手でもあるということですかね。 同じ創作物を作る者としてのインタビューってことかしら。 本来,まふまふさんにも触れるべきなんでしょうが,ここではインタビューの中で明らかになった, 赤坂先生の作品に対する考えなどを中心に取り上げたいと思います。 代表的なのが石上の体育祭でしょうけれど,時々赤坂先生は 「重い話」をぶっこんでくる。 一ファンとしてはシリアスも面白いです。 あまりにも長丁場やられると「この先どうなるんだろう」という重さが読者に伝わってきますが,最後にそれをクリアするカタルシスが「かぐや様」にはあると分かっている。 だからこそそのギャップというか, 気の解放感を楽しめる部分がありますね。 赤坂先生が「こういうのが描きたいんだ」と思われていることを描いて楽しめているならそれでいいんじゃないかしら。 作者ってある意味最初の読者じゃないですか。 作者が楽しくなくっちゃ,読者も多分楽しめない。 作者が楽しめる作品を読者も楽しめるのはいいなあ,と思ったり。 これは結構重要だと思う。 キャラ立てというのはある意味その人間の創造だと思うのですよ。 本来であれば親から生まれ,環境や本人の意思など様々な要因で育ち,造形・感情・才能・その人の歴史といった人間が形成されるわけです。 漫画は創造主たる作者がそのキャラに背景を与えていくことによってキャラ立てされていきます。 そうしたキャラクターの「人格」を無視して展開に合わせると,赤坂先生のおっしゃるように「嘘っぽいキャラ」になる。 その人物であればそういう行動はとらない,ということを漫画でかいちゃうと,途端に「展開優先の漫画」になってしまう。 そういう漫画,確かにありますよね。 以前,赤坂先生は小説を書くようにネームを作っているというお話がありましたが,小説は文章で書く故に「起承転結」や「因果」が重要になります。 原因があって結果がある。 シチュエーションを作るためにはその原因があり,過程があり,その状況になるはずなのです。 その時,その キャラクター設定(人格)に許される範囲の言動しか取れない。 僕が赤坂先生の話が好きなのは,こうしたキャラ設定(人格)をしっかり定義づけて守ること,その状況に至るまでの因果関係がすっきりと分かるよう筋が通っているからなんですよね。 だからギャグでもシリアスでも 「そのプロセスに納得がいく」。 納得がいくというのは 共感できるということです。 そうしたお話に僕が夢中になるのもさもありなんと改めて思いました。 かぐや様は伏線が散りばめられていると思いますが,そうした伏線を考察するのもめっちゃ楽しいです。 で,赤坂先生は伏線を指摘されることは 「嬉しい」らしい。 これはやる気が出てきますね(笑) それにしても,ネット(「現実逃避」なんかまさにそれですが)にも上がっていない考察を直接指摘する方ってすごいな...。 ご家族か,担当さんか,ご友人か分かりませんが。 そういうの聞いちゃうと探してみたくなちゃいますよね。 かぐや様の楽しみ方の一つ,伏線探しも今後とも取り組んでいきたい所存。 そんな中,最初は藤原千花はツッコミキャラではなかった,と言われるとそういえばそうだったような。 今では珍しくもくなった藤原千花のつっこみも,そういえば最初はありませんでしたね。 結果としてかぐや様はツッコミだらけのコメディ漫画に。 それがくどくならないのは,状況や立場によって ツッコミとボケがあれこれ入れ替わるからですよね。 結果として話に起伏が生まれ,コメディとしても優良なものになる。 そういう側面があるのかなと思いました。 なるほど。 それはそういう法則性なのか。 え,じゃあ ミコからは仕掛けることは無いんですね...。 現状では。 これは面白い。 読者視点においても「仕掛けられる側」の心理を出さないことで,実際の恋愛観を出すってのは面白いですね。 リアリティも増す。 個人的にはこの先ミコと石上の恋愛頭脳戦が進んでいくのだと思っていたのですが,こうしてみるとあくまでミコは「告白される側」であって,石上と子安先輩の恋愛が一つ区切りがついた後に進んでいくのでしょうか。 あるいは,伊井野ミコが自身の恋心に「気づいた」あとは,ミコにもモノローグが加わるんですかね。 そのあたりの変化があるのかも。 そして意外な縛り, 「早坂のナレーション禁止」。 なるほど。 そうなると169話でやったように状況をコマの中で説明するか,早坂愛自身に語らせるしかないのか。 それが結果として感情表現で表されたりしているので,読者としてはカノジョの感情がストレートに伝わってきてエモい(死語)ですね。 高校の卒業まで描くということですが,短くもあり長くもありますね。 個人的にはいつまでも続いてほしいですけれど,なかなかそういう訳にもいかない。 最終巻が60巻なんてなったら膨大な量になりますけれど,可能な限り「現実逃避」でも感想・考察を続けたいと思っています。 一ファンとして。 (終) 現実逃避のご案内 Google検索で記事が出なくなったら、検索語に「現実逃避」を付け足すと見つかりやすいです。 もっと簡単なのはブックマーク登録。

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かぐや様は告らせたいで『早坂愛』が話題に!

かぐ 告 早坂

・合コン回。 ハーサカが自分の正体の一部を明かす (第98話冒頭) ・自分弱みを見せるために会長,ハーサカにラップを披露 (第97話中盤回想・第84話) ・その結果,ハーサカ耳の中になまこの内臓を入れられる感覚を味わう(第84話) ・会長「そんなことない」とハーサカに告げるために,藤原書記にラップの練習について相談・特訓の流れ (第97話) ・柏木渚が生徒会室で恋愛相談しているその外で,藤原・会長が特訓 (第87話) ・お泊まり会。 藤原,会長がハーサカ(男)を好きと誤認 (第96話) ・特訓終了,ハーサカを誘う。 藤原会長は本当にハーサカ(男)が好きと誤認 (第98話) ・ハーサカ,会長と藤原に呼び出される (第97話冒頭・第98話中盤) 白銀:ハーサカ(女)さんに「演じなければ愛されないなんてことはない」という 「思い」を伝えたい。 藤原:会長はハーサカ(男)に恋する 「想い」をラップで伝えたい。 早坂:よく分からないけれど会長に デート?に誘われたけれども,藤原がいるようなのでハーサカ(男)モードで行こう。 かぐや:ハーサカに大事な話って何? 浮気ですか?(注:会長がハーサカと会おうと浮気ではない) 完全にこんがらがっておられる。 面白いのは,藤原書記とかぐや様だけが 「色恋沙汰 ? 」というニュアンスで捉えたところですね。 まったく別の視点なのに会長の 「思い」を 「想い」的に捉えたところが笑えます。 本当の自分... の一部 なるへそ...。 事前に白銀会長には「本当の自分」として,四宮家から与えられた 職務をばらしていたのね。 なので「何でそんな格好」という当然至極の疑問を「藤原さんの前では男装でなければならない」という真実をもって処理するという算段。 こういうの,本当に上手いですね,赤坂先生。 結果,会長は ハーサカ=女,藤原書記は ハーサカ=男(かつ,会長はハーサカ(男)が好きと誤認したまま)でお話を進めることができたという。 なるほどねえ。 とはいえ,いくつか 気になることはある。 会長認識では「ハーサカが本当の自分をさらけ出したから,自分も弱みを含めた本当の自分をさらけ出す」という流れで例のカラオケルームにおけるナマコの内臓ラップを演じることになったわけですけれど。 ハーサカは 本当の意味で 全てを語っていないですよね? いろんな意味で。 本当に「本当の自分」をさらけ出しているのであれば,ハーサカは職務について語るだけではなく,自分の本当の名前と所属... 秀知院学園の同級生であるであることを会長に告げなければ「すべてをさらけ出した」とはいえないんじゃないかしら。 まあそのあたりのことは会長もおぼろげながらなのか,たまたまなのかわかりませんが, 「ハーサカが本当の自分をさらけ出しきっていない」という感覚を抱いていたんじゃないかなと今回の会長ラップ(リズムと音程が合っているジョン)から僕は感じ取りましたけれど。 ハーサカ君への「思い」 もし恋愛的な意味で捉えているならばこれまでの書き分けから当然この台詞では 「想い」になるはずなんだけれど。 ただ実際に会長がハーサカに伝えたいのは「思い」なんで合っているといえばあっているのですが。 単行本で修正が入るのか,気になります。 そんな背景知識をもって披露される MC御行のラップシーンを眺めると,なかなかに奥深いね。 正直なところラップはトンとわかりません。 わかりませんが,歌にのせている気持ちは読み取れます。 「演じなければ愛されない」というハーサカの言葉に対して 本当にそうなのか?という白銀御行の問いかけ。 なまじ演じてばかりいる白銀会長だからこそ含蓄深いじゃないですか。 重みがあるじゃないですか。 自分を知る男・白銀御行 最初に自分で言っているように,白銀御行は「オンチの修理品」レベルの歌い手である。 そんなことは当の本人がきちんと認識している。 ソーラン節もそうですし,校歌もバレーボールもそうでしたけれど,基本的に 白銀会長は「できないことだらけ」である。 努力しなければ出来ないことを本人が百も承知している。 日頃の精一杯の虚勢は 「そうでありたい」という当の本人の願いである。 理想である。 そのためには何事にも代えて努力して「なりたかった自分」になってみせる。 そんな努力と根性の人なのである。 どうしてそうまでして「上」を目指すのか。 それは自分のそうありたいという姿 , 四宮かぐやに釣り合うような男になりたい,ありつづけたいという気持ちから生じているのである。 その気持ちは「本気」である。 本気と書いて"マジ"なやつ 本気だからこそ,ファッションじゃない。 遊びや見せかけの演技(着替え)で済ますことができない。 演じる必要なんかない。 あるがままの自分,地を這い泥を啜ってでも成し遂げてやろうというその 気持ちは本物である。 作り物ではない,本物(ノンフィクション)である。 できない自分をハーサカの前で晒し,できるようになりたいと努力してできるようになった姿をハーサカに晒す。 どちらも演じていない,本物の白銀御行である。 会長はそんな姿を通じてハーサカに「演じていなければ人は愛されない」などということを 否定したかったのである。 日頃演じている優秀で天才な自分の姿は演技じゃない。 できないならできるようになればいい。 できるようになったら,それは本物の自分の姿となる。 白銀御行は天才ではなく, 天才肌の努力人である。 そんな本気を通じてそうありたい「天才」の自分に近づくのは,ほかならぬ孤高の天才であり比類無き佳人である四宮かぐやと対等につきあえる男となるためである。 こんなに説得力のある姿はないじゃないですか。 そんな白銀御行を 四宮かぐやは愛しているんだから。 届け,御行の思い そんな会長のラップに乗せられた言葉の意味をハーサカが受け止められたのかどうかは... 実は あいまいだったように思うのですけれど,そんな会長の出来なかったラップができるようになった姿を通じて「それがどれほど凄いことか」理解したのは間違いありません。 藤原母とともに感動しているシーンが涙を誘います。 そのレベルに達すること自体が信じられないほど,ラッパーだった会長が成し遂げた奇跡。 そんな本物の所業をみたからこそ,単なるうわべだけの演技ではない, 本当の姿の重みが伝わったでしょうし,そこまでやる理由が四宮かぐやと釣り合う自分になるためという背景があることは,聡いには分かったかもしれませんね。 しかしまあ,ここで重要なのはにとって 「演じないでも愛されたい相手は誰なのか」ということですよ。 今回のシャウト的には,日ごろ仕事として演じ続けている自分に嫌気がさしていること,本当は自分も甘酸っぱい青春を堪能したいということが彼女のストレスというか,気持ちの整理がつかなかった部分だったわけですけれど。 それは誰にわかってもらいたかったのかな? 男友達としての 白銀御行とのつながりももちろん彼女の欲求を満たす一つの要素にはなるでしょうけれど,それは「演じないことで愛されたい相手」ではないですよね。 と考えると,やはりそれは主である 「四宮かぐや」の方がより近いんだろうなあ,と思わなくもないのですが...。 天才=四宮かぐや 訳もわからないまま嫉妬に駆られてこの場に現れた四宮かぐや。 そんな彼女がやはり 「天才」であるということは,ちょっと聞きかじっただけのラップをあっというまにマスターしているあたり分かりますね。 藤原母が白銀会長からラップの理論を学び,白銀会長が藤原母からラップの実践を学ぶ。 それを達成するには「リズム」と「音程」という二大魔王を倒さなければならなかったわけですし,それこそ藤原書記は卒倒しそうなレベルの教授を行ったのでしょう。 努力すればいつかはマスターできる「天才肌」の会長が,そうした血の汗流し血の涙を流しながら 努力して到達した境地に一瞬で追いつく。 白銀会長が何かの強迫観念に取りつかれたように努力を続けるのは,そうしなければ四宮かぐやという 本物の天才に敵わないからなわけです。 そう考えてみると,二人の恋の決着はやはり最後は 白銀御行から四宮かぐやに頭を垂れる形になるしかないような気がしますけれど。 逆に,そうした圧倒的な力関係の差があるからこそ,かぐや様から告白させたい気もしなくもないですが。 話がそれました。 そんなかぐや様がラップのやり取りを通じて,あっさりの問題の所在を指摘するところもまた「天才の所業」なのかなと思ったり。 実に鮮やかに の本質をラップにしておられる。 処世術のためにキャラを演じ,傷つかないために本当の自分を出さない。 どんなに大人ぶっても,どんなに優秀な使用人を演じても,底にあるものは 傷つきやすい臆病な女の子である。 そんなことをしっかりと見抜いて理解してるわけです。 それは四宮かぐやが彼女の仮面を見抜くのは容易いというレベルの天才だからかもしれないし,単純に日頃本音を垣間見せるような距離でと過ごしているからということもあるのかもしれない。 ここ 微妙なんだよなあ。 演じて隠していた部分と言えるのか 割と本音を見せ合っているような二人に見えるだけに,案外はかぐや様の前では「演じている部分が少ない」と思うんだよね。 であれば,やはり が愛されたい相手ってのは別にいるんだろうし,そのことを四宮かぐやが認識していると考えたほうが良いのかもしれないなあ。 もちろん,今回早坂がシャウトしたように,本当になりたい自分というのは本音の本音でしょうし,そうしたことが実現できるように主の四宮さんと友達になりたかった白銀会長につげたという側面はその通りなんでしょうけれど。 ただまあ,それを演じていなければ四宮さんに使用人として友人として愛してもらえないという風にとらえてはいないようにここまで感じるので,やはりその台詞の部分については別の誰かについて述べているのでしょうな。 多分に 「お母さん」だと思いますが。 そういう意味では本音の自分,なりたい自分を四宮さんに言い返せた今回の所業は,来る本丸であろう「母親」に対する 練習課題的な意味があったのかな,と思ったり。 ほぼ言いがかり 「不埒なだまし」「稲妻の天罰」...... いや,別に白銀会長は何もだましていないし,かぐや様に天罰を食らうようなことは何もしていない。 会長が女友達と会おうとラップで思いを伝えようと,それは 何の問題もないのである。 浮気でも何でもないんですが,当然のように責める四宮さんがお可愛い。 二人の間でお互いが好きあっていることは暗黙の了解ですし,得てして女性はこんな反応を取りがちなものではありますけれど。 付き合ったら付き合ったで四宮さんの言動に振り回されそうな 白銀会長の未来が気になります。 あ,ついでに言えばこのシーンでハーサカのことを 「早坂」って思いっきり呼んでしまっていますけれど,これは会長と藤原書記にはきちんと伝わったのかな? 次段で取り上げた内容を鑑みれば,藤原さんには 伝わっていないですね。 一方で会長には 伝わった可能性がちょっとある。 あるがままの自分をさらけ出さなければ,本当の男友達にはならないような気もしますし。 このあたりの答え合わせも気になります。 さらに次。 四宮さんの乱入と本質を突いた物言いにブチ切れて,思わず本当の自分の気持ちをシャウトした早坂さんと会長のこのシーンである。

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『かぐや様は告らせたい同人版』1

かぐ 告 早坂

昨夜は『かぐや様は告らせたい』の完成披露試写会にお邪魔してきました! 事務所の先輩、橋本環奈さんの出演作です。 キュンとしては笑いました。 ジーンときては笑いました。 とにかく終始笑ってました。 実写映画のかぐ告の感想としては「アニメと声が違う」「白銀の話し方が違う」と思った方が多いと思うんですがよーく考えてみましょう! これってアニメのかぐ告が基準になってしまっている意見なので論点がズレる事になります。 実写映画のかぐ告はあくまでも原作を基準にした実写化として考えれば雰囲気も再現できているし、私の中ではアリだと思います。 白銀御行の原作と実写比較 キャラも原作と比較される理由で「白銀がイメージと違う」という意見が多いと思います。 白銀御行は頭脳明晰でプライドの高いキャラ設定だけど、白銀役を演じる平野紫耀くんがほんわかした天然キャラなのでそのイメージがお茶の間で定着しているんだよね。 本編ではクールな白銀会長から平野紫耀を垣間見せる一面があったり。 意図して平野紫耀くんがキャスティングされたので平野Pのコメントから意図が分かります。 平野 P「天然系と言われていますが、実際に接してみて長嶋茂雄さんっぽい雰囲気があって。 何かひと言でみんなをポンッと笑わせることができる、その独特の〝間〟みたいなものもいいなと。 私もアニメや原作と比較してかぐや様の実写化は橋本環奈ちゃんで良かったと思います。 どうしても人間がピンク髪を演じるとコスプレ感が強くなるんだと思います。 原作のあの笑顔とキャピキャピ感をどう出せるかが焦点かなぁ〜と。 藤原書記を演じる浅川梨奈さんも可愛い女性なので勿体ない気がしなくもない〜。 スポンサードリンク 【漫画・かぐ告】1巻 試し読み【かぐや様は告らせたい】.

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