この 世界 の 片隅 に 解説。 【解説レビュー】『この世界の片隅に』は、すべての人に観てほしい傑作

町山智浩『この世界の片隅に』アメリカの観客・評論家の反応を語る

この 世界 の 片隅 に 解説

2016年に公開された 『この世界の片隅に』は、クラウドファンディングで資金を集めたことで話題となりました。 そして、NHK連続テレビ小説『あまちゃん』で国民的女優となった 能年玲奈が、のんと改名してから初の主演作としても注目を集めました。 原作は、第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した、こうの史代の同名コミックです。 異例のロングランヒットとなった映画『この世界の片隅に』は、 戦争前から終戦後までの広島・呉でのひとりの女性すずの日常を描き、日本アカデミー賞最優秀アニメーション作品賞などさまざまな映画賞を受賞。 そして、2019年、こうの史代原作のマンガにはあるものの、映画内ではあまり描かれなかったエピソードなど250カットを加えた完全版として、『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』が制作されました。 前作で触れられなかったリンやテルとの会話シーンや終戦後の暮らしなど、 物語をより深く理解するためのピースとなるエピソードが加わり、前作でふわっとしていた部分の答え合わせができたような仕上がりとなっています。 映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』のあらすじとネタバレ C 2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 昭和8年。 広島市江波に暮らす浦野すずは、絵を描くことが得意なちょっとぼーっとした女の子。 ある日、少し年上の少年とともに人さらいにさらわれるも、機転をきかせ逃げ出すことに成功しました。 昭和10年8月。 お盆に草津の祖母の家を訪れたとき、すずは屋根裏に潜む少女を見かけます。 すずたちが食べたスイカの残りを口にする少女に、すずは新しくスイカを用意しますが、もうその姿はありませんでした。 昭和13年2月。 兄を海で亡くしたいじめっ子の水原が課題を終わらせず家に帰らない姿を見て、すずは代わりに海の絵を描いて渡しました。 昭和18年12月。 祖母の家で海苔すきの手伝いをしていたすずのもとに、呉からすずを嫁にほしいという男性が来ていると知らせがありました。 昭和19年2月。 よくわからないままトントン拍子に縁談は進み、すずは呉の北條周作の家に嫁いできました。 おっとりしたすずは、失敗をくり返しながらも徐々に嫁として受け入れられていきます。 ただ、娘の晴美を連れて出戻ってきた夫の姉、黒村径子は、仕事の遅いすずにきつくあたるのでした。 一度は嫁ぎ先に帰った径子でしたが、建物疎開で店が取り壊され、正式に離縁して戻ってきました。 ある日、砂糖を買うため闇市に出かけたすずは、道に迷い遊郭が立ち並ぶ区域に入り込んでしまいます。 そこで道を教えてくれた遊女の白木リンと仲良くなり、その場で彼女のために食べ物の絵を描きますが渡しそびれたすず。 周作の計らいで町へ出かけ、ふたりきりの時間を過ごしたすずは幸せを感じていました。 帰宅したすずは、リンのためにいろいろな食べ物の絵を描くのでした。 食欲のないすずは妊娠したかもしれないと思い病院に行きましたが、原因は栄養不足でした。 失意のままリンのもとへ向かったすずは、リンがいいお客さんに書いてもらったという名前と住所が書かれたメモを見せてもらいます。 後日すずは、周作が以前ある遊女を身請けしようとしていたことを知ってしまいます。 そして、周作の文机で見た裏表紙が破かれたノートとリンのメモの形が一致することに気づき、ふたりがかつてそういう関係だったと悟ったすずは、彼に抱かれることを拒むのでした。 12月。 重巡洋艦「青葉」の乗組員となっていた水原が、入湯上陸ですずの家にやってきます。 自分の知らない素の表情を見せるすずに内心おだやかでない周作は、水原を納屋の二階に泊め、すずをそこへ遣わして母屋の鍵を閉めます。 水原はすずを求めますが、今のすずの気持ちは周作へ向いていました。 水原は笑って寝転がり、お前だけはいつまでも普通でいてくれ、と言って朝早く出ていきました。 C 2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 周作がかつてリンのために用意したリンドウの絵の茶碗を持って、すずはリンのいる店を訪れます。 門前払いされたすずは、窓越しにテルという遊女と話し、茶碗をリンに渡してもらうよう託します。 入水心中から生き残ったテルは風邪をこじらせ、ただならぬ咳をしていました。 あたたかな南国に憧れる彼女のため、すずは積もった雪の上に南の島の絵を描いてみせるのでした。 3月下旬。 畑で空襲にあったすずたち。 しばらく空襲警報が出ては防空壕へ入るといった日々が続きました。 4月になり、呉の人々は満開の桜を楽しんでいました。 家族で花見に来ていたすずは、偶然リンと出会います。 周作とリンが顔を合わせたらどうしよう、とすずは落ち着きません。 そんなすずにリンは、テルが亡くなったことを伝え、その遺品である紅を渡しました。 リンは、心の秘密はしまったまま死んだら誰にもわからない。 それはそれで贅沢だと言って戻っていきます。 そのとき、周作とすれ違ったリン。 ふたりは軽く会釈するだけでした。 大規模な空襲があり、周作の父円太郎が帰らない日々が続きます。 そして周作は、訓練のため三ヶ月間家を留守にすることになりました。 不安がるすずは、周作に好きという気持ちを素直に伝え、出発の朝には紅をつけて見送るのでした。 6月21日。 円太郎が入院していることがわかり、下関に疎開する晴美を連れてすずは見舞いに行きます。 帰りに空襲にあってしまったふたりは海岸近くの防空壕からでたあと、晴美の希望で船を見に行きます。 そこで時限爆弾が爆発し晴美は即死、すずも右手を失ってしまいます。 最愛の娘を亡くした径子に人殺しと罵られ、リンのことで周作との関係は微妙なまま。 片手しか使えないすずは、自分の居場所はここなのだろうかと悩みながら日々を過ごしています。 焼夷弾の降った呉の市街地は焼け野原となり、見舞いにきた妹のすみは広島に帰ってくるよう勧めます。 家の近所で機銃掃射に狙われてしまったすずは、間一髪周作に助けられます。 さまざまな思いがあふれ、すずはその場で「広島へ帰る」と周作に宣言してしまいます。 いよいよ家を出る日。 すずのために新しいモンペを作りながら、思うように生きればいいと言う径子の言葉に、やっぱりここにいさせてほしいとすずは涙ぐみました。 そのとき、あたりが一瞬青白い光に包まれました。 広島に原爆が落とされたのです。 故郷を心配しながらも、けが人のすずがそこに行くことは許されません。 歯がゆい思いをしながら、8月15日、すずたちは玉音放送を聞きました。 最後のひとりまで戦うのではなかったのか。 やり場のない怒りを爆発させるすず。 秋には台風に見舞われ母屋は雨漏り、防空壕は土砂で埋まり、庭の木が倒れてくるなど踏んだり蹴ったりの北條家。 しかし、それでも日常は続いていきます。 10月。 周作を見送るため市街地にやってきたすずに周作は、遊郭があったあたりに行って確かめて来いと言います。 そこにかつての町並みはなく、土に埋まったリンドウの茶碗をすずは見つけました。 12月。 すずは海岸で大破した「青葉」を見つめる水原を見かけます。 そこは、晴美が亡くなった場所の近くでした。 すずは、亡くした人のことを笑って思い出す笑顔の容れ物になると心に誓い、水原に声を掛けることなく立ち去りました。 昭和21年1月。 すずは草津に身を寄せているすみを見舞います。 母は行方不明、父は死亡、すみは原爆症に苦しんでいることを初めて知ったすず。 得意の空想物語を話して聞かせ、すみを元気づけるのでした。 その後広島市内の惨状を目の当たりにしたすずは、そこで周作と落ち合います。 幼い日、ともに人さらいから逃れた橋の上ですずは、この世界の片隅で自分を見つけてくれた周作に感謝の気持ちを伝えます。 そして、偶然出会った孤児の少女を連れ、自ら選んだ呉の町へと帰っていくのでした。 映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』の感想と評価 C 2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 白木リンという女性 今回の作品で 追加されたシーンの多くは、リンについての描写でした。 描いた絵を渡しそびれたすずは、わざわざ新たに描き直してそれを届けに行きます。 その日、妊娠が勘違いだったとわかりしょんぼりしていたすずにリンは、どうしてそんなに子どもが欲しいのか尋ねます。 貧しい家庭に生まれ、売られてしまったリンには子どもを産むことが幸せなこととは思えないからです。 一方すずは、嫁の務めとして後継ぎを産むことが必須だと考えており、このシーンでの ふたりの会話の噛み合わなさはユーモラスでありながら、ふたりの立場の違いが明確に表現されています。 また花見で出会ったとき、ひらひらと蝶のように動くリンは軽やかで自由に見えますが、「逃げたと思われるから戻るね」と言うセリフにはドキッとさせられ、遊女という苛酷な状況が浮かび上がります。 明らかにされた周作とリンの関係 C 2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 前作でははっきり語られなかった 周作とリンの過去が、本作では仲人である小林のおばさんによって語られます。 荷物を整理したら出てきたきれいなリンドウの茶碗。 皆が何かを察しながらごまかしていると、小林夫人は余計な一言を発してしまいます。 そのときは気づかないすずでしたが、やがてパズルのようにピースがはまり、周作がリンをかつて愛していたことに気づいてしまいます。 せっかく夫婦として距離が縮まってきたのに。 せっかく同年代の友だちができたのに。 自分は「代用品」だったのかと傷ついたすずのもとに水原がやってきます。 この一連の流れが加わったおかげで、 水原と過ごした一夜の理由がわかりやすくなりました。 かつてはほのかに思いを寄せていたのかもしれない水原の誘いを、待っていたのかもしれないと言いながら受け入れなかったすず。 周作はなぜ自分を水原のもとへ来させたのだろう?自身の行いへの後ろめたさなのか、償いなのか。 その 葛藤が、あの布団をつかんで告白するという行動につながったのだと、この新作を見て腑に落ちました。 紅の持ち主テル 新キャラとして登場したリンの店の遊女、テル。 実はこのときすずは、リンときちんと話がしたかったのです。 竹やりを持っていたため、痴情のもつれと思われリンに会わせてもらえませんでしたが、窓越しに話をすることができたのがこのテルでした。 テルはどこか飄々と他人事のように自らの不幸な出来事を話し、すずの心は次第にやさしくテルに寄り添うようになっていきます。 前作では登場せず、花見のシーンもなかったので、すずの持つ紅の元の持ち主であるテルの存在はセリフで出てくるだけでした。 今回、 どうしてもこのテルの登場シーンが必要だという監督の強い意向で追加されました。 そして、 花澤香菜の繊細で儚くも明るい演技がこのシーンを引き立たせ、印象深いものにしています。 まとめ C 2019 こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会 初めてこの『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』を見たとき、最初にこの作品が作られ、前作はそこから泣く泣くシーンをカットしたのだと思うくらい自然で、まさかあとから新規に場面が付け足されたものだとは考えてもいませんでした。 紹介したもの以外にも、 水原とすずの学生時代の教室のシーンや、終戦後の近所の知多さんの様子など、その人物を深く知るためのシーンが追加されており、より完璧な作品になっています。 前作を見た人も、見ていない人も、どちらも納得できる新しい作品です。 そして、複数の動画サイトにて『<片隅>たちと生きる 監督・片渕須直の仕事』が配信されています。 本作の制作過程を追ったドキュメンタリー作品で、驚くほど緻密な調査、こだわり、愛情によって作られたということがわかります。 こちらも併せて見てみると、より理解が深まるでしょう。 映画『この世界の(さらにいくつもの)片隅に』は2019年12月20日より全国ロードショーです。

次の

町山智浩『この世界の片隅に』アメリカの観客・評論家の反応を語る

この 世界 の 片隅 に 解説

かるび( です。 【2017年12月9日最終更新】 話題のアニメ映画「この世界の片隅に」を見てきました。 制作費の大半を賄ったクラウドファンディングや、女優として再起をかける「のん」が主人公のすず役の声優を務めたことなど、口コミで話題が広がった作品です。 初日に行ってきたのですが・・・ 驚いたのは、 なんと終演後、フツーのシネコンなのに会場内から自然発生的に拍手が出てきたこと!その後、パンフレット購入に長蛇の列ができるなど、見終わった後のお客さんの反応や熱量も抜群でした。 早速、以下感想レポートを書いてみたいと思います。 1.映画の基本情報 <オフィシャル予告動画> 【監督】片渕須直 (「 」「マイマイ新子と千年の魔法」他) 【脚本】片渕須直 【原作】こうの史代( ) 【音楽】 映画作品では前作でカルト的人気を博した単館系作品、 以来、メガホンを取るのは7年ぶりとなった片渕須直が監督。 今作の製作途中で行われたクラウドファンディングによる資金調達では、短期間で4,000万円弱を集め、公開前からその期待は非常に大きかったのです。 のんこと能年玲奈への旧事務所および音事協の放送メディアへの圧力は「彼女を出演させるな」につきるので『この世界の片隅に』という作品そのものはいくら取り上げてもかまわないのに、テレビが全然扱わないのは単なるビビリの自主規制ですね。 — 町山智浩・告知用 TomoMachi 主役、すずの声を務めた能年玲奈ことのんに対する大手芸能事務所のあからさまなメディア締め出し(疑惑?)により、 十分な広告宣伝がテレビ・ラジオ等で行えなかったにもかかわらず、映画評論家をはじめ、見終わった人が絶賛するなど、ネット経由の口コミで人気が広がりました。 現在、公開6週目となりますが、お正月には公開館数が200館を突破するなど、一般への認知度も上がってきました。 すでに興収は10億の大台を突破。 まだまだ上映は終わる気配がありませんので、 最終的な興収予測は20億超えもありうるかもしれません。 2.主要登場人物とキャスト 北條すず(CV:のん) 本作の主人公。 のんびりマイペースで、天然キャラ。 誰からも好かれる憎めない性格で、北條家では控えめに振る舞う。 北條周作(CV:細谷佳正) すずの夫。 海軍の軍法会議所で録時として働いている。 運動神経は鈍く、優しく温厚な性格。 黒村径子(CV:尾身美詞) 周作の姉で、旦那と死に別れて離縁し、子供の晴美とともに北條家へ戻ってくる。 一人息子は下関の黒村家にいる。 すずには厳しくあたりがち。 黒村晴美(CV:稲葉菜月) 径子の娘。 径子とともに北條家へ来てから、すずになついている。 別れた兄の影響で、軍艦に詳しい。 白木リン(CV:岩井七世) 呉の繁華街の遊郭で働く。 すずが道に迷った際、すずに道案内して交流する。 小さい頃から叔母の家で座敷わらしと交流したり、街に出た時に人さらいおばけに出くわしたり、日常的に非現実的な出来事も多かった不思議系少女でもあった。 すずの特技は、絵を描くこと。 中学の時、クラスのガキ大将で幼馴染だった 水原哲 (CV:小野大輔)の代わりに描いた海の風景が、(水原哲の名前で)絵画コンクールで受賞したこともあった。 そんなすずに転機が訪れたのは18歳の時。 電車を乗り継いで広島から2時間程離れた呉の高台にある北條家の長男で、呉の鎮守府内の海軍軍法会議で「録時」として働く 北條周作(CV:細谷佳正)からの指名で、嫁入りすることに。 右も左も分からない中、祝言を挙げ、北條家へ嫁いだすず。 小姑である周作の姉である 径子(CV:尾身美詞)は性格からなのか、すずにきつく当たってくる。 慣れない中、頭にハゲができたりもするが、夫、周作のサポートなどもあり、すずは持ち前の明るさで、徐々に北條家にとけこんでいく。 夫の死後、離縁して実家に帰ってきた径子の連れ子、 晴美(CV:稲葉菜月)からはよくなつかれ、一緒に遊んだり、絵を描いたりと楽しく交流する毎日だった。 ある日、晴美が貴重な砂糖壺を水の中に流してしまったので、呉のヤミ市へ買いにでかけたすずは、その帰り道で道に迷ってしまう。 そこで遊郭の 白木リン(CV:岩井七世)とはじめて出会う。 別の日に、軍法会議所での勤務が終わった周作と呉の町中で合流し、たまの夫婦水入らずの夕方を過ごしたすずは、周作から「やせた」と指摘され、妊娠の疑いから病院へ検診に行ったが、結局ただの夏バテによる体調不良だった。 昭和20年になると、いよいよ軍事基地がある呉にも空襲が頻発し、周作も家を3ヶ月間離れることになった。 また、工廠で航空機エンジニアとして働く義父の 円太郎(CV:牛山茂)も空襲で大ケガをして、町の病院に入院しているという。 晴美を疎開させるため、切符を購入する待ち時間の間に、晴美を連れて円太郎の見舞いに出かけたすずだったが、その帰りに空襲に遭遇する。 すぐ近くの防空壕で晴美と難を逃れたが、空襲が終わって防空壕を出た時、時限爆弾が爆発し、晴美は死に、すずは絵を描くための大切な右手を失った。 径子からは「人殺し」となじられ、さすがのすずも自分を責め自暴自棄になる。 7月に入ると、さらに戦況は悪化する。 北條家にも焼夷弾が落ちたり、至近距離から機銃掃射による空襲を受けたり、常に命の危険にさらされながら、「帰りたい」と周作に訴えるなど、不安定な心のまま毎日をすごすすず。 そして8月6日の朝。 径子から、「人殺し」と非難されたことについて謝罪を受け、思いがけなく優しい言葉をかけられ、心がほぐされたすずだったが、和んだのもつかの間。 広島で原爆が落ち、ものすごい地響きとキノコ雲を見て不安になるすずだった。 そして、終戦。 一家そろって玉音放送をラジオで聞いた北條家。 「晴美・・・」と言って泣き崩れる径子。 自宅裏の畑で泣き崩れたすず。 終戦を区切りとして、その日、すずの義母、 サン(CV:新谷真弓)はとっておきの白米を一家に振る舞った。 終戦後、進駐軍が占領を開始すると、軍で働いていた円太郎と周作はお役御免となり、自宅へと帰ってきた。 浦野家では、原爆が落ちた日、母は即死、父は10月に病死。 生きていたのは放射能の後遺症で寝込んでいた すみ(CV:潘めぐみ)だけだった。 また、幼馴染の哲も無事に帰還していたが、その後姿をみかけたが、すずは敢えて声をかけなかった。 年が明け、街のベンチに座って握り飯を食べながら周作と話をしていると、ヨーコという小さな身寄りのない女の子が近寄ってきた。 握り飯をヨーコに分け与えるすず。 そのまま、ヨーコは二人のあとをついてきた。 北條家でヨーコが新しい家族として迎えられようとしていた。 片渕監督の抜擢理由が、 「コメディ演者としての自覚や表現へのこだわりが強く、生活感をフラットに出せる演者であったこと」とあったように、主人公すずのコミカルでおおらかな性格にぴったりフィットした抜擢は、大当たりでした。 4-2.戦時中を描くも、牧歌的でファンタジックな情景 本作は、 基本的に主人公すずを通して見えている世界を描き出した「私小説」に近い構成です。 すずを通して見えた戦時中の風景や心情を描き出しているため、物語前半部分は、緊迫した戦時下でもどこか牧歌的でのんびりとした柔らかく優しい情景が広がっています。 日常世界をどこか幻想的に映し出すパステル調のきれいな画像は必見。 抑えめの色使いで彩られた画面に癒やされます。 4-3.徹底した考証に支えられた精緻な描き込み すずの心の中を描写したような牧歌的なトーンで描かれる一方、描かれた内容は極めてリアルです。 で制作の舞台裏が取材されていますが、戦時下の呉の街並みや人々の生活風景、空襲の日時、その被害状況、被災場所など、徹底的なロケハン(下見等の現地調査)とヒアリングにより再現されました。 戦場シーンをリアルに描いたクライム・アクションアニメ で磨いた詳細な戦闘シーンの表現力を活かし、至近距離で爆発する焼夷弾や、機銃掃射、防空壕の中での振動や原爆が落ちた瞬間の描写は、鳥肌が立つほどリアリティがあります。 70年前の戦時中の日本の生活や風景は、まるで別世界のようでした。 4-4.厳しい戦時下でも日常生活を守ろうとする市井の人々 衣食住全てにおいて、配給制限や闇市での物資の高騰が生活を圧迫する中、人々が協力しあい、工夫して毎日の生活を少しでも充実させようと懸命に取り組むシーンが淡々と描かれるところに心を打たれました。 特に印象的なのは、北條家や浦野家の食事シーン。 終戦が近づくに連れ、どんどん劣化する一方の食事内容でも、身を寄せ合うように一つのカマのご飯を頂くカット(もちろん、まずい時は皆まずそうな顔をする)が何度も繰り返し描かれます。 そして、戦後の進駐軍の炊き出しを手に入れた径子とすずが、どうみてもねこまんまにしか見えないタバコのカスが入った洋風の雑炊を、「おいしい~」と肩を寄せ合って食べるシーンは印象的でした。 4-5.ジワジワと来る、大切な人が亡くなっていく厳しい現実 本作では、戦争の厳しさやつらさ、残酷さだけに焦点を当てたステレオタイプな描き方を脱し、 すずという「普通の」女性から見えた生活風景を淡々と精緻に描き出すことで、戦時中の厳しさが自然に際出つ演出が取られています。 そして、 戦局が悪化するにつれて、大切な人との死別が日常風景になり、天真爛漫なすずでさえ笑顔が消えていくような、暗いトーンへと落ち込んでいくのは見ていてつらかった。 幼馴染の水原の兄は、すずが幼少時、すでに海軍訓練中の海難事故で死亡しています。 嫁入り後、便りが絶えていた出征中の兄は、戦死して浦野家に「形だけの」遺骨が届きました。 さらに、空襲が激しくなると、軍工廠で働いていた周作の父が生死に関わる大怪我をし入院します。 ハイライトは、すずが時限爆発する焼夷弾に巻きこまれた事件。 不可抗力だったとはいえ、子供同様にかわいがっていた晴美を自らの不注意で失い、すず自身もアイデンティティとも言える右手を失い、大好きな絵を描くことができなくなりました。 さらに、畳み掛けるように、8月6日の広島への原爆投下です。 近所の刈谷さんの息子が自宅の前で座って亡くなっているシーン(しかも死が日常的すぎて親さえも気づいていない!)が描かれ、すずの広島の実家の母は原爆で即死、父は10月に病死(恐らく放射線の影響による)しました。 妹は原爆後遺症で寝たきりになりました。 戦局が悪化し、空襲が日常化するとともに、懸命に平静を保とうとするも徐々に壊されていく大切な家族や衣食住。 そして、多くの人が戦争で傷つき、亡くなって行くけれど、 戦時中なので「お国のために亡くなった英霊」に対して人前で泣くことすら許されない。 そんな残酷な展開が、あくまで「すずの生活感覚の中で」ニュートラルに描かれます。 ジワジワと染み入るように重苦しさが伝わってきました。 個人的にも、東日本大震災直後に実際に強く実感したことですが、 大切な人が健在であり、何気ない毎日の生活を平凡に送ることができることが、どれだけかけがえのないことであるのか、それを教えてくれる映画でもありました。 4-6.70年前の、「結婚」から始まる恋愛像 日常生活を描く一方で、この映画は、すずと周作の恋愛映画でもあります。 すずは、見ず知らずの家に就職面接をするかのように北條家へ嫁入りします。 好きかどうかも分からない中、徐々に周作に惹かれていくすず。 日常生活や苦楽をともに過ごす中で二人の関係が深くなり、本当の家族になっていくプロセスは、恋愛結婚が主流となった現代では想像しづらい展開です。 恋愛観ひとつ取っても、70年前と現代では全く違ってきているのだな、と感じさせられました。 一つの見どころです。 4-7.空襲で利き腕を失ったすずの心の変化 片渕監督の制作インタビューに 「すずさんという人は、小さな子どもの頃から家の仕事とか家事の手伝いとか、妹の面倒までいっぱいしてきて、どこか子どもとしての部分を発揮しきれなかった人なんじゃないか」とあります。 すずは幼少期からずっと、北條家へ嫁入りするまで、一貫して自分自身を抑えて慎ましく生きてきました。 思いを言葉で表現するのが不器用なため上手く自己主張できなかったのでしょう。 満たされない思いや感情は、「絵を描く」ことで上手く昇華され、ある意味「絵」の中に自分の居場所を見出していました。 空襲で利き手を失い、それまで北條家の嫁として家族の世話をする一方だったすずは、一転して世話をされる立場へと変わり、さらに「絵」に自分の感情のはけ口を求めることもできなくなります。 手を失ったことで、すずはようやく声に出して自分の思いを周りに伝え始めます。 逆らったことのなかった夫と口げんかをしたり、小姑の径子に甘えたり。 「絵」を描くための大事な片腕を失うという大きな代償は払いましたが、タイトル通り「この世界の片隅」にしっかりと自分の居場所を作れたのではないでしょうか。 これは、 通過儀礼として新婚初夜に夫婦が交わす、テンプレート的な「まくら言葉」だと解釈するのが自然だと思います。 民俗学で有名なのが 「柿の木問答」というやり取りがあり、九州~東北地方で昭和初期にはこんな初夜のかけあいがあったそうです。 男「あんたとこに柿の木あるの」 女「あります」 男「よく実がなりますか」 女「はい、よくなります」 男「わたしが上がって、ちぎってもよろしいか」 女「はい、どうぞちぎってください」 ちなみに、映画では、 「新(にい)なのを・・・」とすずが答えたら、周作はその傘を使って干し柿を取って二人で食べましたね。 想定と違う微笑ましい展開でしたが、ここでも柿が登場しており、祖母の イトがアドバイスした「傘」のやりとりは、この柿の木問答のバリエーションだとみなして良いと思われます。 5-2.座敷わらしの正体はリンだった そうだ、とは明言はされていないのですが、マンガ原作や映画中のリンとの交流で挿入される思い出の一コマや映画のエンドロール部分で強く示唆されているように、 幼少時、親戚の家に遊びに行き、昼寝をしている時に天井裏から出てきた座敷わらしは、リンだったと思われます。 リンがすずに 「芯ばかり食べていたけど、一度だけ女の子にスイカをもらって食べた」と語ったエピソードからもわかります。 エンドロールでは、少し成長したヨーコがすずから裁縫を教わり、すずと径子に赤い水玉柄のおそろいの服を作っていました。 汚く裸同然の恰好で拾われたヨーコが成長し、モンペや着物ではなく「洋服」をプレゼントする様は、象徴的に戦後の日本の復興と重ね合ってみえました。 また、「ヨーコ」は皆にとって特別な存在です。 子供ができないすずと周作にとっての娘代わりであり、晴美を空襲で失った径子にとっての子供でもあり、さらに、すずにとっては、恵まれない幼少時代を過ごしたであろうリンの生まれ変わり、生き写し的な意味合いもあったと思われます。 家族や故人との大切な繋がりや、戦後の復興への希望を象徴する特別の存在として、マンガ原作にはない後日譚をエンドロールで付加的に描かれていたのは、非常に感慨深いものがありました。 クオリティ高すぎです。 左手で描いたり、タッチをがらっと変えたり、 マンガならではの先鋭的な表現方法を貪欲に追求しつつ、映画よりさらに複雑な伏線を3巻構成できれいに回収する無駄のないストーリーに驚きました。 映画同様、何度でも読み返すたびに発見がある名作です。 6-1.原作では、リンと周作、すずは複雑な三角関係になっている! 映画では省略されましたが、 マンガ原作では、遊郭近くの海軍で働いていた周作が、すずと出会う前に遊郭でリンと出会い、熱を上げていた時期があったことが示唆されています。 遊郭の女に情がうつり、そこから連れ出して妻に迎えるというのは江戸時代からよくあるパターンですが、さすがに家族の反対に遭うわけですね。 周作は、リンを諦める代わりに、幼少時に街で出会った「浦野すず」という女性なら結婚してもいい、と無理気味のリクエストを家族に出します。 これを真に受けた家族が、四方手をつくし、すずを広島で見つけてきてしまい、祝言へと進んだのでした。 結婚後、祝言の仲人をつとめた伯父の小林家の疎開作業中に、すずがそれまで見たこともなかった 「りんどう柄」の茶碗が出てきます。 そこから周作に過去の縁談話を聞いたすずは、その直前にリンが見せてくれた大学ノートの切れ端や「りんどう柄」という共通項、周作とデートした時の周作のセリフ 「過ぎたこと、選ばんかった道、みな覚めて終わった夢と変わりはせんな」から、周作が過去に結婚しようとしていた人物がリンであることを割り出したのでした。 (そういうところは「女の勘」が鋭いすず) 6-2.より多彩な登場人物 映画では、一度きりの出会いとして描かれたリンとの関係ですが、 マンガ原作では、すずが呉の中心街に出るたびに交流する大切な友だちになります。 大空襲後、リンの勤めていた朝日遊郭は空襲でガレキの山になり、「りんどう柄」の茶碗のかけらが落ちていた描写から、リンは結局大空襲がで亡くなってしまったのだと思われます。 また、朝日遊郭でリン不在の時に テルという女性に会いますが、後日リンからテルの使っていた遺品の口紅をもらいます。 映画でも、何度かすずはこの口紅を非常に大切な機会に使っていますね。 (長期で家を離れる周作を、見送る時とか) 7.まとめ 日本人にしか製作できない「戦争もの」ジャンル映画ですが、一般市井の普通の女性の視点から、 「日常生活のかけがえのなさ」という普遍的なテーマを扱い、脚本もアニメ表現にもこだわり抜いて制作された作品です。 本作品は、「本当に作りたい映画を作り、結果を出したい」という片淵監督自身の自己実現の結果でもありました。 ファン、監督、スタッフみんなの想いがこもった、素晴らしい映画です。 かるび 8.映画を楽しむための小説やガイドなど 8-1.マンガ原作「この世界の片隅に」.

次の

この世界の片隅にとは

この 世界 の 片隅 に 解説

かるび( です。 【2017年12月9日最終更新】 話題のアニメ映画「この世界の片隅に」を見てきました。 制作費の大半を賄ったクラウドファンディングや、女優として再起をかける「のん」が主人公のすず役の声優を務めたことなど、口コミで話題が広がった作品です。 初日に行ってきたのですが・・・ 驚いたのは、 なんと終演後、フツーのシネコンなのに会場内から自然発生的に拍手が出てきたこと!その後、パンフレット購入に長蛇の列ができるなど、見終わった後のお客さんの反応や熱量も抜群でした。 早速、以下感想レポートを書いてみたいと思います。 1.映画の基本情報 <オフィシャル予告動画> 【監督】片渕須直 (「 」「マイマイ新子と千年の魔法」他) 【脚本】片渕須直 【原作】こうの史代( ) 【音楽】 映画作品では前作でカルト的人気を博した単館系作品、 以来、メガホンを取るのは7年ぶりとなった片渕須直が監督。 今作の製作途中で行われたクラウドファンディングによる資金調達では、短期間で4,000万円弱を集め、公開前からその期待は非常に大きかったのです。 のんこと能年玲奈への旧事務所および音事協の放送メディアへの圧力は「彼女を出演させるな」につきるので『この世界の片隅に』という作品そのものはいくら取り上げてもかまわないのに、テレビが全然扱わないのは単なるビビリの自主規制ですね。 — 町山智浩・告知用 TomoMachi 主役、すずの声を務めた能年玲奈ことのんに対する大手芸能事務所のあからさまなメディア締め出し(疑惑?)により、 十分な広告宣伝がテレビ・ラジオ等で行えなかったにもかかわらず、映画評論家をはじめ、見終わった人が絶賛するなど、ネット経由の口コミで人気が広がりました。 現在、公開6週目となりますが、お正月には公開館数が200館を突破するなど、一般への認知度も上がってきました。 すでに興収は10億の大台を突破。 まだまだ上映は終わる気配がありませんので、 最終的な興収予測は20億超えもありうるかもしれません。 2.主要登場人物とキャスト 北條すず(CV:のん) 本作の主人公。 のんびりマイペースで、天然キャラ。 誰からも好かれる憎めない性格で、北條家では控えめに振る舞う。 北條周作(CV:細谷佳正) すずの夫。 海軍の軍法会議所で録時として働いている。 運動神経は鈍く、優しく温厚な性格。 黒村径子(CV:尾身美詞) 周作の姉で、旦那と死に別れて離縁し、子供の晴美とともに北條家へ戻ってくる。 一人息子は下関の黒村家にいる。 すずには厳しくあたりがち。 黒村晴美(CV:稲葉菜月) 径子の娘。 径子とともに北條家へ来てから、すずになついている。 別れた兄の影響で、軍艦に詳しい。 白木リン(CV:岩井七世) 呉の繁華街の遊郭で働く。 すずが道に迷った際、すずに道案内して交流する。 小さい頃から叔母の家で座敷わらしと交流したり、街に出た時に人さらいおばけに出くわしたり、日常的に非現実的な出来事も多かった不思議系少女でもあった。 すずの特技は、絵を描くこと。 中学の時、クラスのガキ大将で幼馴染だった 水原哲 (CV:小野大輔)の代わりに描いた海の風景が、(水原哲の名前で)絵画コンクールで受賞したこともあった。 そんなすずに転機が訪れたのは18歳の時。 電車を乗り継いで広島から2時間程離れた呉の高台にある北條家の長男で、呉の鎮守府内の海軍軍法会議で「録時」として働く 北條周作(CV:細谷佳正)からの指名で、嫁入りすることに。 右も左も分からない中、祝言を挙げ、北條家へ嫁いだすず。 小姑である周作の姉である 径子(CV:尾身美詞)は性格からなのか、すずにきつく当たってくる。 慣れない中、頭にハゲができたりもするが、夫、周作のサポートなどもあり、すずは持ち前の明るさで、徐々に北條家にとけこんでいく。 夫の死後、離縁して実家に帰ってきた径子の連れ子、 晴美(CV:稲葉菜月)からはよくなつかれ、一緒に遊んだり、絵を描いたりと楽しく交流する毎日だった。 ある日、晴美が貴重な砂糖壺を水の中に流してしまったので、呉のヤミ市へ買いにでかけたすずは、その帰り道で道に迷ってしまう。 そこで遊郭の 白木リン(CV:岩井七世)とはじめて出会う。 別の日に、軍法会議所での勤務が終わった周作と呉の町中で合流し、たまの夫婦水入らずの夕方を過ごしたすずは、周作から「やせた」と指摘され、妊娠の疑いから病院へ検診に行ったが、結局ただの夏バテによる体調不良だった。 昭和20年になると、いよいよ軍事基地がある呉にも空襲が頻発し、周作も家を3ヶ月間離れることになった。 また、工廠で航空機エンジニアとして働く義父の 円太郎(CV:牛山茂)も空襲で大ケガをして、町の病院に入院しているという。 晴美を疎開させるため、切符を購入する待ち時間の間に、晴美を連れて円太郎の見舞いに出かけたすずだったが、その帰りに空襲に遭遇する。 すぐ近くの防空壕で晴美と難を逃れたが、空襲が終わって防空壕を出た時、時限爆弾が爆発し、晴美は死に、すずは絵を描くための大切な右手を失った。 径子からは「人殺し」となじられ、さすがのすずも自分を責め自暴自棄になる。 7月に入ると、さらに戦況は悪化する。 北條家にも焼夷弾が落ちたり、至近距離から機銃掃射による空襲を受けたり、常に命の危険にさらされながら、「帰りたい」と周作に訴えるなど、不安定な心のまま毎日をすごすすず。 そして8月6日の朝。 径子から、「人殺し」と非難されたことについて謝罪を受け、思いがけなく優しい言葉をかけられ、心がほぐされたすずだったが、和んだのもつかの間。 広島で原爆が落ち、ものすごい地響きとキノコ雲を見て不安になるすずだった。 そして、終戦。 一家そろって玉音放送をラジオで聞いた北條家。 「晴美・・・」と言って泣き崩れる径子。 自宅裏の畑で泣き崩れたすず。 終戦を区切りとして、その日、すずの義母、 サン(CV:新谷真弓)はとっておきの白米を一家に振る舞った。 終戦後、進駐軍が占領を開始すると、軍で働いていた円太郎と周作はお役御免となり、自宅へと帰ってきた。 浦野家では、原爆が落ちた日、母は即死、父は10月に病死。 生きていたのは放射能の後遺症で寝込んでいた すみ(CV:潘めぐみ)だけだった。 また、幼馴染の哲も無事に帰還していたが、その後姿をみかけたが、すずは敢えて声をかけなかった。 年が明け、街のベンチに座って握り飯を食べながら周作と話をしていると、ヨーコという小さな身寄りのない女の子が近寄ってきた。 握り飯をヨーコに分け与えるすず。 そのまま、ヨーコは二人のあとをついてきた。 北條家でヨーコが新しい家族として迎えられようとしていた。 片渕監督の抜擢理由が、 「コメディ演者としての自覚や表現へのこだわりが強く、生活感をフラットに出せる演者であったこと」とあったように、主人公すずのコミカルでおおらかな性格にぴったりフィットした抜擢は、大当たりでした。 4-2.戦時中を描くも、牧歌的でファンタジックな情景 本作は、 基本的に主人公すずを通して見えている世界を描き出した「私小説」に近い構成です。 すずを通して見えた戦時中の風景や心情を描き出しているため、物語前半部分は、緊迫した戦時下でもどこか牧歌的でのんびりとした柔らかく優しい情景が広がっています。 日常世界をどこか幻想的に映し出すパステル調のきれいな画像は必見。 抑えめの色使いで彩られた画面に癒やされます。 4-3.徹底した考証に支えられた精緻な描き込み すずの心の中を描写したような牧歌的なトーンで描かれる一方、描かれた内容は極めてリアルです。 で制作の舞台裏が取材されていますが、戦時下の呉の街並みや人々の生活風景、空襲の日時、その被害状況、被災場所など、徹底的なロケハン(下見等の現地調査)とヒアリングにより再現されました。 戦場シーンをリアルに描いたクライム・アクションアニメ で磨いた詳細な戦闘シーンの表現力を活かし、至近距離で爆発する焼夷弾や、機銃掃射、防空壕の中での振動や原爆が落ちた瞬間の描写は、鳥肌が立つほどリアリティがあります。 70年前の戦時中の日本の生活や風景は、まるで別世界のようでした。 4-4.厳しい戦時下でも日常生活を守ろうとする市井の人々 衣食住全てにおいて、配給制限や闇市での物資の高騰が生活を圧迫する中、人々が協力しあい、工夫して毎日の生活を少しでも充実させようと懸命に取り組むシーンが淡々と描かれるところに心を打たれました。 特に印象的なのは、北條家や浦野家の食事シーン。 終戦が近づくに連れ、どんどん劣化する一方の食事内容でも、身を寄せ合うように一つのカマのご飯を頂くカット(もちろん、まずい時は皆まずそうな顔をする)が何度も繰り返し描かれます。 そして、戦後の進駐軍の炊き出しを手に入れた径子とすずが、どうみてもねこまんまにしか見えないタバコのカスが入った洋風の雑炊を、「おいしい~」と肩を寄せ合って食べるシーンは印象的でした。 4-5.ジワジワと来る、大切な人が亡くなっていく厳しい現実 本作では、戦争の厳しさやつらさ、残酷さだけに焦点を当てたステレオタイプな描き方を脱し、 すずという「普通の」女性から見えた生活風景を淡々と精緻に描き出すことで、戦時中の厳しさが自然に際出つ演出が取られています。 そして、 戦局が悪化するにつれて、大切な人との死別が日常風景になり、天真爛漫なすずでさえ笑顔が消えていくような、暗いトーンへと落ち込んでいくのは見ていてつらかった。 幼馴染の水原の兄は、すずが幼少時、すでに海軍訓練中の海難事故で死亡しています。 嫁入り後、便りが絶えていた出征中の兄は、戦死して浦野家に「形だけの」遺骨が届きました。 さらに、空襲が激しくなると、軍工廠で働いていた周作の父が生死に関わる大怪我をし入院します。 ハイライトは、すずが時限爆発する焼夷弾に巻きこまれた事件。 不可抗力だったとはいえ、子供同様にかわいがっていた晴美を自らの不注意で失い、すず自身もアイデンティティとも言える右手を失い、大好きな絵を描くことができなくなりました。 さらに、畳み掛けるように、8月6日の広島への原爆投下です。 近所の刈谷さんの息子が自宅の前で座って亡くなっているシーン(しかも死が日常的すぎて親さえも気づいていない!)が描かれ、すずの広島の実家の母は原爆で即死、父は10月に病死(恐らく放射線の影響による)しました。 妹は原爆後遺症で寝たきりになりました。 戦局が悪化し、空襲が日常化するとともに、懸命に平静を保とうとするも徐々に壊されていく大切な家族や衣食住。 そして、多くの人が戦争で傷つき、亡くなって行くけれど、 戦時中なので「お国のために亡くなった英霊」に対して人前で泣くことすら許されない。 そんな残酷な展開が、あくまで「すずの生活感覚の中で」ニュートラルに描かれます。 ジワジワと染み入るように重苦しさが伝わってきました。 個人的にも、東日本大震災直後に実際に強く実感したことですが、 大切な人が健在であり、何気ない毎日の生活を平凡に送ることができることが、どれだけかけがえのないことであるのか、それを教えてくれる映画でもありました。 4-6.70年前の、「結婚」から始まる恋愛像 日常生活を描く一方で、この映画は、すずと周作の恋愛映画でもあります。 すずは、見ず知らずの家に就職面接をするかのように北條家へ嫁入りします。 好きかどうかも分からない中、徐々に周作に惹かれていくすず。 日常生活や苦楽をともに過ごす中で二人の関係が深くなり、本当の家族になっていくプロセスは、恋愛結婚が主流となった現代では想像しづらい展開です。 恋愛観ひとつ取っても、70年前と現代では全く違ってきているのだな、と感じさせられました。 一つの見どころです。 4-7.空襲で利き腕を失ったすずの心の変化 片渕監督の制作インタビューに 「すずさんという人は、小さな子どもの頃から家の仕事とか家事の手伝いとか、妹の面倒までいっぱいしてきて、どこか子どもとしての部分を発揮しきれなかった人なんじゃないか」とあります。 すずは幼少期からずっと、北條家へ嫁入りするまで、一貫して自分自身を抑えて慎ましく生きてきました。 思いを言葉で表現するのが不器用なため上手く自己主張できなかったのでしょう。 満たされない思いや感情は、「絵を描く」ことで上手く昇華され、ある意味「絵」の中に自分の居場所を見出していました。 空襲で利き手を失い、それまで北條家の嫁として家族の世話をする一方だったすずは、一転して世話をされる立場へと変わり、さらに「絵」に自分の感情のはけ口を求めることもできなくなります。 手を失ったことで、すずはようやく声に出して自分の思いを周りに伝え始めます。 逆らったことのなかった夫と口げんかをしたり、小姑の径子に甘えたり。 「絵」を描くための大事な片腕を失うという大きな代償は払いましたが、タイトル通り「この世界の片隅」にしっかりと自分の居場所を作れたのではないでしょうか。 これは、 通過儀礼として新婚初夜に夫婦が交わす、テンプレート的な「まくら言葉」だと解釈するのが自然だと思います。 民俗学で有名なのが 「柿の木問答」というやり取りがあり、九州~東北地方で昭和初期にはこんな初夜のかけあいがあったそうです。 男「あんたとこに柿の木あるの」 女「あります」 男「よく実がなりますか」 女「はい、よくなります」 男「わたしが上がって、ちぎってもよろしいか」 女「はい、どうぞちぎってください」 ちなみに、映画では、 「新(にい)なのを・・・」とすずが答えたら、周作はその傘を使って干し柿を取って二人で食べましたね。 想定と違う微笑ましい展開でしたが、ここでも柿が登場しており、祖母の イトがアドバイスした「傘」のやりとりは、この柿の木問答のバリエーションだとみなして良いと思われます。 5-2.座敷わらしの正体はリンだった そうだ、とは明言はされていないのですが、マンガ原作や映画中のリンとの交流で挿入される思い出の一コマや映画のエンドロール部分で強く示唆されているように、 幼少時、親戚の家に遊びに行き、昼寝をしている時に天井裏から出てきた座敷わらしは、リンだったと思われます。 リンがすずに 「芯ばかり食べていたけど、一度だけ女の子にスイカをもらって食べた」と語ったエピソードからもわかります。 エンドロールでは、少し成長したヨーコがすずから裁縫を教わり、すずと径子に赤い水玉柄のおそろいの服を作っていました。 汚く裸同然の恰好で拾われたヨーコが成長し、モンペや着物ではなく「洋服」をプレゼントする様は、象徴的に戦後の日本の復興と重ね合ってみえました。 また、「ヨーコ」は皆にとって特別な存在です。 子供ができないすずと周作にとっての娘代わりであり、晴美を空襲で失った径子にとっての子供でもあり、さらに、すずにとっては、恵まれない幼少時代を過ごしたであろうリンの生まれ変わり、生き写し的な意味合いもあったと思われます。 家族や故人との大切な繋がりや、戦後の復興への希望を象徴する特別の存在として、マンガ原作にはない後日譚をエンドロールで付加的に描かれていたのは、非常に感慨深いものがありました。 クオリティ高すぎです。 左手で描いたり、タッチをがらっと変えたり、 マンガならではの先鋭的な表現方法を貪欲に追求しつつ、映画よりさらに複雑な伏線を3巻構成できれいに回収する無駄のないストーリーに驚きました。 映画同様、何度でも読み返すたびに発見がある名作です。 6-1.原作では、リンと周作、すずは複雑な三角関係になっている! 映画では省略されましたが、 マンガ原作では、遊郭近くの海軍で働いていた周作が、すずと出会う前に遊郭でリンと出会い、熱を上げていた時期があったことが示唆されています。 遊郭の女に情がうつり、そこから連れ出して妻に迎えるというのは江戸時代からよくあるパターンですが、さすがに家族の反対に遭うわけですね。 周作は、リンを諦める代わりに、幼少時に街で出会った「浦野すず」という女性なら結婚してもいい、と無理気味のリクエストを家族に出します。 これを真に受けた家族が、四方手をつくし、すずを広島で見つけてきてしまい、祝言へと進んだのでした。 結婚後、祝言の仲人をつとめた伯父の小林家の疎開作業中に、すずがそれまで見たこともなかった 「りんどう柄」の茶碗が出てきます。 そこから周作に過去の縁談話を聞いたすずは、その直前にリンが見せてくれた大学ノートの切れ端や「りんどう柄」という共通項、周作とデートした時の周作のセリフ 「過ぎたこと、選ばんかった道、みな覚めて終わった夢と変わりはせんな」から、周作が過去に結婚しようとしていた人物がリンであることを割り出したのでした。 (そういうところは「女の勘」が鋭いすず) 6-2.より多彩な登場人物 映画では、一度きりの出会いとして描かれたリンとの関係ですが、 マンガ原作では、すずが呉の中心街に出るたびに交流する大切な友だちになります。 大空襲後、リンの勤めていた朝日遊郭は空襲でガレキの山になり、「りんどう柄」の茶碗のかけらが落ちていた描写から、リンは結局大空襲がで亡くなってしまったのだと思われます。 また、朝日遊郭でリン不在の時に テルという女性に会いますが、後日リンからテルの使っていた遺品の口紅をもらいます。 映画でも、何度かすずはこの口紅を非常に大切な機会に使っていますね。 (長期で家を離れる周作を、見送る時とか) 7.まとめ 日本人にしか製作できない「戦争もの」ジャンル映画ですが、一般市井の普通の女性の視点から、 「日常生活のかけがえのなさ」という普遍的なテーマを扱い、脚本もアニメ表現にもこだわり抜いて制作された作品です。 本作品は、「本当に作りたい映画を作り、結果を出したい」という片淵監督自身の自己実現の結果でもありました。 ファン、監督、スタッフみんなの想いがこもった、素晴らしい映画です。 かるび 8.映画を楽しむための小説やガイドなど 8-1.マンガ原作「この世界の片隅に」.

次の