麻生 太郎 家 系図。 麻生太郎の家系図は?祖父が吉田茂!安倍晋三や三笠宮家と親戚!

政界の華麗なる一族!麻生家の家系図はロイヤルすごい — 選挙ドットコム

麻生 太郎 家 系図

2017年10月の衆院選で自民党は281議席を獲得し、第98代内閣総理大臣に就任した安倍晋三首相。 10代~20代の若者を中心に高い支持を受けている自民党・安倍首相は、日本では誰もが知る人物ですが、テレビを見ていてもあまり総理の血縁関係にかかわる報道はされませんよね。 安倍総理が副総理の麻生太郎氏と親戚関係があるという事実は、意外と知られていないのではないでしょうか。 そんな親戚同士のお2人は、国会中継や会見で談笑するなど仲が良いシーンも度々見られます。 長年コンビを組んできた信頼関係があるということでしょう。 本記事では安倍晋三首相と麻生太郎副首相の家族構成や、親戚関係の程度、家系の重要人物、天皇家とのつながりといった内容をご紹介していきます。 (以下、敬称を略します) 以下、家系図は公表されている情報に基づいて作成されたものを参考にして説明していきます。 さっそく安倍総理と麻生副総理の家系図から親戚かどうか見ていきましょう。 安倍総理の祖先を辿ると、高祖父は佐藤信彦になります。 佐藤信彦からみて(安倍晋三氏とは別の家系の)孫の妻である桜子、その父親が歴代の総理大臣である吉田茂です。 ここでも安倍首相の親戚にビッグネームが出てきましたね。 そして、吉田茂の娘・和子の子供にあたるのが麻生太郎氏なのです。 もう一つ、親等数を数えてみると、途中に配偶者を経て9親等離れていることが分かります。 一般的な感覚では7親等以上になると「他人」ですので、安倍総理と麻生副総理は他人に近い親戚といえそうです。 安倍総理自身は第90代、96代~98代と内閣総理大臣を歴任してきました。 祖父の岸信介もまた第56、57代内閣総理大臣を務めた人物です。 もう一人の祖父の安倍寛は衆議院議員でした。 さらに岸信介の兄であるのが佐藤栄作、第61~63代の内閣総理大臣です。 また、安倍首相の父親・安倍晋太郎は竹下内閣の下で自民党幹事長を務めましたし、長男の安倍寛信は三菱商事執行役員をしています。 現・自民党衆議院議員の岸信夫は、なんと安倍首相の実弟ということも判明しました。 苗字が違うため気づきませんでしたが、祖父である岸信介の一族へ養子として迎えられたためです。 こうして家系図を見ると政治家・総理大臣一族とも呼べますね。 安倍総理と昭恵夫人は1984年に知人の紹介で知合いました。 当初は安倍総理は昭恵夫人が待ち合わせに遅刻したため「第一印象はあんまりだった」とおっしゃっています。 昭恵夫人も「良い人だとは思いました。 でも、政治家の家庭は大変な気がして」始めは気乗りしなかったそうです。 けれど次第に惹かれあって結婚に至ったということでした。 安倍夫妻の子供は現在までおらず、不妊治療や養子縁組も検討されたそうです。 雑誌のインタビュー記事によると、結婚したのは24歳で自然に子供はできるだろうと考えていたそうですが、残念ながらそうはならず、後援者からは子供ができないことへの非難の声もありプレッシャーだったようです。 今では吹っ切れ仕事に専念し、安倍晋三首相の兄・安倍寛信氏の子供が安倍家の後を継ぐことが期待されているそうです。 麻生太郎氏の父は麻生太賀吉で、その長男が麻生太郎氏です。 麻生太賀吉は麻生鉱業と麻生セメントの事業で一財を築き、戦後は九州財界の重鎮である九州電力会長でした。 衆議院議員を務めたこともあります。 また、前述のように吉田茂は麻生太郎氏の祖父にあたります。 さらに祖先を辿るととんでもない人物に突き当たります。 それが日本の歴史上外すことのできない大久保利通です。 麻生太郎副総理が大久保利通の子孫だったとは驚きですね。 大久保利通は薩摩藩士の出で、江戸幕府を討幕し、明治政府を樹立した中心人物として誰もが習いました。 他にも、麻生太郎氏の妻・千賀子は鈴木善幸元首相の娘です。 安倍総理と同じく、麻生一族も政治家一族ということですね。 日本のトップである安倍首相、ナンバー2の麻生太郎副首相、そして日本の象徴である天皇家は全て親戚としてつながっていました。 さらに安倍祖首相と麻生副首相の祖先には名だたる歴代首相や歴史的人物が名を連ねていることがわかりました。 その血筋が現在の子孫へと脈々と繋がっているということですね。 しかし、今回紹介した家系図は本当に簡易的なもので、すべてのつながりのほんの一部しか示せていません。 天皇家や公家、財閥関係者たちは結婚や養子縁組などを行っており縁戚関係は複雑に絡んでいるため、政権力や財力を伴って密接につながっているのです。 血筋を辿ると驚きの事実が判明してきましたが、皆さんもご自身の祖先を探究してみると面白い発見があるかもしれませんので、ぜひ調べてみてはいかがでしょうか。

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安倍晋三首相の家系図、麻生太郎・天皇家と親戚!祖父は岸信介!

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年齢は、今年(2018年)で33歳になります。 将豊さんは、飯塚市の小学校から慶応幼稚舎に転入し、そのまま大学まで進んだサラブレッド。 慶応大学在学中には、仲間と一緒にインターネット関連のベンチャー企業も立ち上げています。 現在は「株式会社麻生」の取締役を務めていますが、麻生大臣の政治家としての後継者であることは間違いありません。 いずれ政治家となり、総理大臣を目指すこととなるのでしょう。 お嫁さんの名前は宇野優理子さん。 年齢は将豊さんより1~2歳年下になります。 妻・優理子さんは、北九州の開業医の娘で、地元の中高一貫ミッション校から聖心女子大に進学。 卒業後は航空会社に数年間勤務し、郷里に戻ったところで、知人の紹介により将豊さんと出会いました。 初めて会った北九州市内のホテルでは、 披露宴会場はなんと、麻生大臣の自宅の「庭」! 「庭」と言えば、皆さんが野菜を植えたり、物置を置いたり、ゴミを置いたりしているところですよね。 新婦側来賓代表は、 日本医師会の横倉義武(よこくら・よしたけ)会長。 乾杯のご発声は、 日本経済団体連合会の榊原定征(さかきばら・さだゆき)会長。 年齢は、今年(2018年)で30歳になります。 娘の彩子さんは東大を卒業した才媛で、2014年にフランス人男性と結婚しています。 1950年5月30日生まれで、現在(2018年3月)67歳なので、麻生大臣より10歳年下になります。 妻・千賀子さんの家系図も素晴らしく、お父上は鈴木善幸(すずき・ぜんこう)元首相です。 鈴木元首相は岩手県出身ですが、千賀子さんは東京出身。 ちなみに大学は、日本女子大学の家政学部を卒業しています。 父・鈴木善幸氏は、内閣総理大臣に就任すると、私邸に若手議員らを招いて、懇談会を度々開催していました。 その出席者の一人だった麻生青年と千賀子さんが知り合い、結婚に至ったということです。 1955年4月9日生まれなので、現在(2018年)62歳です。 信子さんは、聖心女子学院初等科・中等科を経て、イギリスの花嫁学校ロスリンハウス・カレッジを卒業。 卒業後は、信子さん自身も通っていた松濤(しょうとう)幼稚園に、英語講師として勤めました。 1972年2月、なんと16歳の時、寬仁親王(ともひとしんのう、当時26歳)から求婚を受けます。 当時はまだ高校生で若すぎるということもあり、8年後の1980年11月7日に皇室に嫁ぎました。 2012年に寬仁親王が亡くなる前後には体調を崩され、表舞台から姿を消していましたが、最近、復調されているようです。 麻生家はもともと、古い士族の末裔でしたが、いつのころからか筑豊の村を治める庄屋になっていました。 麻生財閥の創始者は、麻生大臣の曽祖父である麻生太吉(あそう・たきち)氏。 太吉氏は炭鉱開発を皮切りに、金融、鉄道、電力と事業を拡大し、一大勢力を築きました。 エネルギー革命後は、主要産業をセメントに移し、現在は医療・教育・建設分野で事業を行っています。 麻生大臣の母方の祖父は、昭和の名宰相・ 吉田茂(よしだ・しげる)氏。 さらに家系図をたどると、「維新三傑」の 大久保利通(おおくぼ・としみち)氏にまでたどり着いてしまいます。 まさに、日本のサラブレットと言って差し支えありません。 一方で、気さくで明るい人柄は多くの人の心をつかみ、.

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麻生太賀吉

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安倍晋三首相の父親・安倍晋太郎と家族構成 まずは、 安倍晋三首相の家族を簡単にみてみましょう。 安倍家の家族である、 父親・母親・兄弟についてです。 ・安倍晋太郎 大正13年、安倍寛長男 東大法学部卒 衆議院議員 農林大臣・官房長官・通産大臣・外務大臣を歴任 妻・洋子 昭和3、元首相・岸信介長女 白百合高女卒 長男・寛信 昭和27 成蹊大経済卒 三菱商事パッケージング社長 二男・ 晋三 昭和29年 成蹊大法卒 衆議院議員、内閣総理大臣 同妻・昭恵 昭和37、森永製菓社長・松崎昭雄長女 聖心女子専門学校出身 元電通勤務 三男・信夫 昭和34 岸信和の養子となる 安倍晋三首相の母親・洋子さんが、 岸信介元首相の長女ということになります。 つまり、 安倍晋三首相の母方の祖父が、 岸信介ということになります。 安倍晋三首相の祖父・岸信介との関係系図 では、 安倍晋三首相の母方の祖父である、 岸信介の家系図を見てみましょう。 ・岸信介 明治29、山口、佐藤秀助二男、山口士族・岸信政養子 東京帝大法学部卒 第56代内閣総理大臣 妻・良子 明治34、養父・岸信政二女 実践高女出身 長男・信和 大正10 京都帝大経済卒 西部石油会長 長女・洋子 昭和3 白百合高女出身 安倍晋太郎と婚姻 岸信介の家族は、 このような構成になっています。 繰り返しになりますが、 岸信介の長女が、 安倍晋三首相の母親である、 安倍洋子さんになります。 岸信介の父親は、 山口県庁に勤める、佐藤秀助でしたが、 岸信政の養子になったのでした。 安倍晋三首相の祖父・岸信介の実家・佐藤家の家系図 では次に、 岸信介の実家である、 佐藤家の家系図を見てみましょう。 ・佐藤秀助 山口、岸要蔵三男 山口県庁勤務 妻・茂世 山口、佐藤信彦女 長男・市郎 明治22 海軍大学校卒 海軍中将 二男・信介 明治29 岸信政の養子となる 三男・栄作 明治34 東京帝大法科卒 第61代内閣総理大臣 岸信介の実家である、 佐藤家には 三人兄弟の男子がいました。 長男が海軍中将・佐藤市郎で、 二男が元首相・岸信介。 三男が元首相・佐藤栄作です。 佐藤秀助の、「妻・茂世」とあるのが、 安倍晋三首相の曽祖母にあたる人物です。 安倍晋三首相の曽祖母・佐藤茂世の家系図 安倍晋三首相の曽祖母・佐藤茂世さんの、 家系図を今度は見てみましょう。 冒頭の佐藤信彦というのが、 安倍晋三首相の高祖父ということになります。 ・佐藤信彦 山口県会議員、漢学者 妻・みね 徳山藩士・国広治左衛門の女 女・茂世 佐藤秀助と婚姻 女・さわ 山口、吉田祥朔と婚姻 安倍晋三首相の曽祖母である、 佐藤茂世の家族です。 佐藤茂世の妹に「さわ」という人がいますが、 この人が嫁いだのが、 山口県の吉田祥朔です。 安倍晋三首相と麻生太郎を結ぶ、吉田家の家系図 次いで、 この吉田祥朔の家系図を見てみましょう。 ・吉田祥朔 明治10、山口県出身 山口中学教諭、郷土史家 妻・さわ 山口、佐藤信彦の女 長男・寛 外交官 同妻・桜子 明治43、元首相・吉田茂長女 吉田祥朔の長男・吉田寛は、外交官でしたが、 元総理大臣・吉田茂の長女である桜子と結婚しました。 どちらとも、「吉田」姓ですが、 同族ではなく、偶然同じ苗字同士で結婚したようです。 安倍晋三首相の曽祖母・「茂世」の甥が、 吉田茂の長女と結婚した、ということになります。 安倍晋三首相の家系からつながる吉田茂の家系図 では、 吉田茂の家系図をチェックしてみましょう。 ・吉田茂 明治11、高知、竹内綱五男、貿易商・吉田健三養子 東京帝大政治科卒 駐英大使、外務大臣、貴族院議員、衆議院議員 内閣総理大臣を歴任 妻・雪子 明治22、伯爵牧野伸顕長女 長男・健一 明治45 ケンブリッジ大学出身 英文学者 長女・桜子 明治43 外交官・吉田寛と婚姻 三女・和子 大正4 麻生セメント会長・麻生太賀吉と婚姻 四男・正男 大正6 学習院大教授 吉田茂の次女は、 麻生セメント会長の麻生太賀吉と結婚しています。 この、 麻生太賀吉が、 麻生太郎財務大臣の父親にあたる人物です。 というようにつながって、 安倍晋三首相と、麻生太郎財務大臣は親戚ということになるのです。 関係を整理すると、 安倍晋三首相の曽祖母の甥が、麻生太郎財務大臣の伯母と結婚した、 という関係です。 安倍晋三首相と麻生太郎財務大臣は親戚 では、 次に 麻生家の家系図を見ていきましょう。 ・麻生太賀吉 明治44、福岡、麻生太吉孫 福岡中学出身 麻生セメント会長 衆議院議員 妻・和子 大正4、元首相・吉田茂三女 聖心女学院出身 長男・太郎 昭和15 学習院大政経学部政治学科卒 衆議院議員、副総理兼財務大臣兼金融担当大臣 第92代内閣総理大臣 三女・信子 昭和30 聖心女子学院中等科出身、英国留学 三笠宮寛仁親王と婚姻 麻生太郎財務大臣の妹・信子さんが、 三笠宮寛仁親王と結婚しました。 三笠宮家というのは、 宮家であり、皇室です。 安倍晋三首相と麻生太郎、天皇家は親戚 三笠宮家の家系図を、 今度は見てみましょう。 ・三笠宮崇仁親王 大正4、大正天皇四男 陸軍士官学校、陸軍大学校各卒 三笠宮家を創立 妃・百合子 大正12、子爵高木正得二女 女子学習院卒 第一男子・寛仁親王 昭和21 学習院大学法学部政治学科卒 親王妃・信子 昭和30、麻生セメント会長・麻生太賀吉第三女 聖心女子学院中等科卒、英国留学 麻生太郎財務大臣の妹・信子さんの夫が、 三笠宮寛仁 ともひと 親王です。 三笠宮寛仁親王の父親である、三笠宮崇仁 たかひと 親王は、 大正天皇の四男にあたります。 つまり、 三笠宮崇仁親王は、 昭和天皇の弟ということですね。 昭和天皇の長男にあたるのが、 現在の 天皇陛下です。 つまり、 麻生太郎財務大臣から見ると、 妹の夫・三笠宮寛仁親王のいとこが、天皇陛下ということになります。 このようにして、 安倍晋三首相の家系図を広げていくと、 麻生太郎財務大臣につながって、 天皇家まで、つながっていくんです。 つまり、 安倍晋三首相と、麻生太郎財務大臣と、天皇陛下は親戚ということになります。 壮大な家系図ですね。 協力:近代名士家系大観 家系図の一部箇所は、省略して記載しました。 参照記事.

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