アート ハラン。 【アナと雪の女王2】エルサが凍ったのはなぜ?精霊とアートハランの関係から理由を考察

アナ雪2両親が航海に出たのはなぜ?エルサの秘密とは?

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エルサの優しさとアナの優しさ、方向性が違うだけでお互いを思いやる 二人の姉妹の愛はこのシリーズで「アナ雪1」から継続されているテーマです。 そんな中エルサはアナを逃した後一人でアートハランに向かいました。 このシーンはとてもかっこよかったですよね! そして洞窟の中から、ずっと探していたあの歌声が聞こえてきました。 その歌声を辿って氷山の中に入っていくと暗闇が広がっていました。 エルサはそこを降りていくと、 そこにはアートハランの秘密、すべての記憶が眠っている場所がありました。 そして、すべての記憶が眠っている場所でエルサは見たくはないものを見てしまいます。 それは エルサの祖父のルナード国王がノーサルドラ人に剣を向けているシーンでした。 その姿を見た後 何故かエルサの体は足から凍ってしまいます。 まるでアナが凍ってしまった「アナ雪1」のような展開でしたね! これはエルサの愛によってアナの体は溶けましたよね。 これはアナ雪2のエルサが凍った理由にも解決するてがかりになります。 なぜ「アナ雪2」でエルサは最後に凍ってしまったのか考察 「アナと雪の女王」の原題は「Frozen(凍った)」 『凍て(いて)ついたアレンデール王国』と『 凍り(こおり)ついたエルサの心』の2つの意味を併せ持ちます。 — ディズニー名言 desnybot Sponsored Link エルサがなぜ凍ってしまったのかという理由は3つ考えられます。 それは ・他の力で凍った ・自分の力で凍った ・愛がないと感じたから凍った です。 ここでとくに注目してほしい点は エルサの祖父のルナード国王がノーサルドラ人に剣を向けているシーンの後に氷始めたということです。 エルサが凍ったのは他の力が働いた とか全部凍っているんだからエルサも凍ったんじゃないの? — もっちゅ。 zuJzOooivPJBuwp アートハランはすべての記憶をもっている場所です。 地図で見るとはるか北極に存在しています。 いくら エルサと言えどもアートハランの地下ではその寒さで身体が凍ってしまった友いわれています。 しかしこれはないでしょう! エルサが凍ったのは自分の力が働いた エルサは魔法で何でも凍らせてしまう事ができます。 しかしその力はとても制御するのは難しいものでした。 「アナ雪1」ではアナを間違って凍らせてしまっています。 エルサはアートハランで非道な祖父を見て動揺して自らの魔法の力に飲まれてしまった可能性があります。 エルサが凍ったのは愛がないと感じたから エルサの力の謎がアナ雪らしく歌で次々明らかになってどのシーンもめが話せなかった。 理由はエルサの制御できなかった魔法のせいですが、 ラストにアナは完璧に凍ってしまいます。 その凍ったアナを溶かしてくれたのはエルサの妹を思う愛でした。 愛が氷を溶かす作用が映画「アナ雪」には設定としてあるということになります。 では 逆に愛がないと凍ってしまうと捉えることもできます。 祖父の非道な行いを見てしまったエルサの心からあの時、祖父に対する愛が消えたと考えられます。 そして 愛を感じれなくなったエルサの心は温かみを失い、エルサの足から顔に向け徐々に凍っていきエルサ自身が凍ってしまったという可能性があります。 ・他の力 ・自分の力 ・愛がないと感じた時 ディズニーの立場に立てば答えは見えてきます。 ディズニーは世界の子どもたちに、夢や希望や、愛を伝えるそんな役割を持って活動しているように作品などを見ていると感じることができます。 エルサが凍ったのはのはクライマックスのシーンです。 とても重要なシーンで寒いから凍ったとかそんな理由は考えられません。 また自身の魔法の制御が効かなくなったからというのも、対処年齢は子供を含んでいるので、そんな設定なら事前に説明をしているシーンが必要になります。 そんなシーンは無かったので、これも違うでしょう。 そうなるとやはり、 一番考えられるのは、 エルサが祖父に対する愛が消えて、心が冷めてしまったから体も凍ってしまったと考えられます。 心に愛がないと、感じていないと温かみが無くなりエルサは凍ってしまう。 愛とは行きていくために、必要不可欠なものだとディズニーは伝えたかったのではないでしょうか? Sponsored Link エルサの氷が溶けたのはアナの愛がダムを崩壊させたから アナ雪2面白かったなぁー! また見たいなぁー いつかテレビでないかなぁー — すー eTccQaWCYfvUjZI エルサはクライマックスに凍ってしまいましたが、アナはダムを壊した時にエルサの体は氷から溶けています。 そのダムは「アレンデール」と「ノーサルドラ」の平和の象徴として作られましたが、実は「アレンデールが軍事利用するための道具」でした。 それに対して精霊たちが怒っていました。 エルサの体が溶けていった理由に「アナ雪1」と同じ理由が当てはまると考えられます。 「アナ雪1」は凍ったアナと溶かしたのはエルサの愛です。 愛が氷を溶かす作用が映画「アナ雪」には設定としてあります。 アナがダムを壊したのは精霊達のためです。 その精霊の1人にエルサもいます。 なのでアナの他者を思い大事にする気持ちがエルサの体を溶かしていったのだと考えられます。 ・エルサの体が氷から溶けた理由はアナの愛です。 アナは精霊たちを思う気持ち忠実になって行動しました。 それは他者を大切に思う愛のある行動です。 それがエルサの氷を溶かしたのだと考えられます。 合わせて読みたい!!.

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アナ雪2不思議な声の正体は?アートハランで見た真実とは!

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昔話の内容 父・アグナル国王によると、アレンデールの北方には ノーサルドラ人が住んでいるそうです。 彼らは森の中で、精霊の恵みをうけて生活しています。 彼らとの友好の証に、エルサとアナの祖父(前々国王)はダムを贈るのですが… 宴の最中、なぜかノーサルドラ人とアレンデール人が争いを始めます。 争いに怒った精霊は、霧の壁をつくって人々を閉じ込めました。 これが昔話の概要です。 そしてこの時、父・アグナル国王は 謎の少女に命を救われました。 アートハランの子守唄 昔話の続きが聞きたい。 エルサとアナが催促すると、母・イドゥナは 伝説の川・アートハランの子守唄を聞かせます。 「アートハランには全ての記憶がひそんでいる。 行くのなら溺れないように気を付けて」 母親の子守唄を聞き、エルサとアナは眠りに落ちるのでした。 『アナ雪2』ストーリーの流れ• アレンデールで天変地異が発生• 天変地異の原因は精霊• トロールの長老によると「アレンデール人は過去に間違いを犯した」らしい• 精霊を鎮めるため、エルサたちは北へと旅立つ• ノーサルドラとの出会い• エルサは1人でアートハランに向かう• アートハランに到着したエルサは真実(祖父の暴挙・ダムの意味)を知る• エルサは魔法を使い、アナにも真実を伝える• 精霊たちが静まる• アレンデールは救われる• 結末はハッピーエンド ザックリ説明すると 過去にアレンデール人が暴挙をやらかしたので、それが原因で精霊が怒っちゃったというワケですね。 しかもこの事実は、アレンデールの歴史には残っていません。 エルサとアナが父親から聞いた昔話では、ダムは「和平の証」として語り継がれています。 つまり、本来ならエルサ・アナが知る余地なんて無いのです。 しかし、アートハランに辿り着いたエルサは真実を知りました。 アートハランは全ての記憶がわかる場所。 母親が昔話で歌っていたように「アートハランには全ての記憶がひそんでいる」のです。 そのため、エルサは歴史から抹消された事実にたどりつき、精霊が怒っている原因も理解できました。 ちなみに『アナ雪2』では、エルサの母親の正体も明かされます。 母親については下の記事で考察したので、良かったら読んでみてくださいね。 スポンサードリンク 終盤の〇〇の意味とは?わからない点を説明 過去の間違いとは? 34年前。 当時のアレンデール国王(エルサの祖父)は、ノーサルドラに罠をしかけました。 和平の証と言ってダムを建設し、ノーサルドラが油断したところを攻撃したのです。 自然に有害なダムを造ったあげく、争いまで起こして…精霊としては、怒って当然だったのかもしれませんね。 だからこそ、精霊たちはアレンデールの街中で暴れたのでしょう。 『アナ雪2』の終盤では、この事実を知ったエルサが魔法を使ってアナ(ソリで吹っ飛ばされたので別の場所にいた)にも伝えますが… この辺はもう号泣でした! 「どうせ後でエルサが復活させるんでしょ?」と結末がわかっていても、オラフの言葉が涙腺に響いてきました。 そこでアナが思いついたのは 「ダムを破壊する」という方法でした。 コメント掲載 しかもすぐご返信まで頂いて ありがとうございます。 様々な事情があって、の結論でしょうか。 あまりその辺の事情の所はまだ見ていないのですが、 その昔 個人的なことで恐縮です それこそ子供の頃、 TVの中の出来事だけど非常に違和感を覚えたことがありました。 でも信じてしまって。。 後になって、ネットの普及のおかげで 当時の認識間違いじゃん!とガッツリ後悔しました。 報道としては今も訂正されていません。 ので、今回はフィクションで上記とは少し違いますが、 自分の感覚を大切に、違和感は持ったまま行きたいと思います 笑。 アナ雪3ですか。 あるといいなぁ。 お話できる場を頂けて嬉しかったです。 ありがとうございました。

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アナ雪2オラフの「水には記憶がある」セリフの理由がわかるシーンは?アートハランの氷の意味についても

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はじめに 今作は、プロモーションのために、「Into the 安納」じゃなくて「Into the Unknown」がものすごく大々的に宣伝されてきました。 (一番かどうかはみなさんの感覚によるでしょうが、少なくとも見せ場にしたかったであろうことはご共感いただけるかと。 ) で・す・が、このShow Yourself、解釈が難しいと一部で話題担っていたのを見かけました。 何が難しいかというと、エルサはこの一曲の間に、ノックから降りてアートハランに踏み入れ、そしてエルサがずっと疑問だったことをたった4分20秒程度のうちの解決してしまうのです。 セリフなし、歌詞だけでは、私たちはついていけません笑。 何せエルサは、基本4音の歌声を聞いただけで、それが自分を呼んでいて、それが「いい人だ」ということを判断できちゃうという、私たちにはない感覚を持っているわけですしね。 なので大前提としてあの映画はエルサが感覚でわかることというのを全て説明しようとはサラサラ思っていないと、いうのが私なりの解釈です。 あくまで、オーディエンスの解釈に任せつつ進める神話であり、全てを説明する気はないということなのでしょう。 で、解釈をするにあたって、本来であればロペス夫妻が言葉を選んだ歌詞と、ジェニファーリー監督・脚本が選んだ言葉遣いのセリフと映像を追っていけば良いはずなのです。 が、私たちが日本で鑑賞する、「日本語吹替版」や、「日本語字幕版」を理解するためには、その間で翻訳をした「翻訳者」の「解釈」とそれにGOサインを出した「ウォルトディズニージャパン(WDJ)」の担当者の「意図・判断」が挟まっているので、解釈がより一層ややこしくなるわけです笑。 「I AM FOUND」は「見つけた」ではないだろ!問題 ここからが本題、この曲のうち「苦渋の決断か?」「誤訳ではないか?」と話題になったこの部分。 一つ言いたいのは、 I foundじゃなくてI am foundなんだよね…字幕は「見つけた」だけど — mika LSAarendelle これすごい違和感でした。 字幕訳は松浦さんでしたが、高橋さんも松浦さんも「見つけた」なんですね…。 エルサが「見せて」と探しているから対応させて「見つけた」にしたのだろうけど、〝なぜ〟エルサが探しているかを考えたら絶対に「見つけてもらえた」が正しいんだよな…。 しかしご存知の通り、翻訳の際には、字幕であれば字数制限、吹き替えであれば音節数制限がありますから、そのまま訳せないことは仕方ありません。 とはいえ、字幕の松浦美奈さんにしても、吹き替えのいずみつかささん、訳詞のさんにしても相手はプロですから「意味を取り違える」ということはあり得ません。 彼女たちも十分「見つけられた・見つけてもらえた」と訳すべきとこであることは承知しているはずです。 でもその上で、「見つけた」という吹き替え、字幕で世に送り出しているということです。 これはつまり、彼女たちの納得だけでなく、WDJの字幕吹き替え監修担当も演出者もOKしているということですから、これで意図がある程度通っているはずなのです。 この記事では、なぜWDJの判断として「見つけた」でOKになったのかを解き明かしていきます。 そもそもエルサは何に見つけられたの?の仮説 では、吹き替え字幕はほっておいて原詞だけを考えるにしても、「I AM FOUND」ってエルサは何に見つけられたの?っていうのが疑問になるわけです。 簡単に考えつく仮説は二つかなと。 仮説1:母イドゥナさんに見つけてもらえた 映像的にはこのシーンはまさに、姉妹の母イドゥナさんの特像が、アートハランの内装の氷の壁の中に映し出されているわけですから、ぱっと見イドゥナさんに見つけてもらえた、と捉えやすいです。 仮説2:声の主(イドゥナさんとは別)に見つけてもらえた これは「エルサを呼ぶ声」が例えばアートハラン自体の声だったとすると考えやすいです。 そうすると見えない何かに呼ばれていて、その声の主は見えなかったということになってしまいます。 ではここっかり仮説を検討していきます。 実はいるべき場所に 私が今いないことを知ってるの? などと「you」と声の主について言っていることから、「Show Yourself(みせて、あなたを)」のタイトルにも入っていて、歌詞の中でも繰り返される「You:あなた」は、ずっと探していた「声の主」のことのはずです。 エルサが、ハニーマレンに教えられた通りに、4エレメントの中央に立った時、エルサの周りを無数の光の線が通り抜けて上に上がり、そこから水が記憶していた「過去の記録」の映像のドームが出来上がります。 その瞬間に流れ出すのは、母イドゥナが幼少期に姉妹に歌った「All Is Found(魔法の川の子守唄)」の一節です。 (赤字は吹替歌詞) [Chorus] Where the north wind meets the sea 北の風が海に出会うところ 北風が 海に [The Voice] Ah ah ah ah [Chorus] There's a river 川がある 巡り会う [The Voice] Ah ah ah ah [Chorus] Full of memory memory, memory 記憶に満たされた その川に(川に、川に) ここで、サントラの歌詞カードでは「The Voice」となっていた箇所ですが、映像ではイドゥナさんが気を失ったアグナルを抱き抱えながら、空を見上げて「ああーああー」と歌っているのが確認できます。 このことから、エルサの心に響いていたのは「アグナルを助けたイドゥナさんの声だった」と結論づけることができます。 冒頭にアグナルが自分で語る回想シーンでも、アグナルが頭を打った後、画面がしてから、同じ声がします。 アグナルがあの日聞いた声は、少なくとも「イドゥナさんの声」だったわけです。 で、このイドゥナさんがなんでこんな声を上げていたかは、実は映画ではわかりづらいのですが、ノベライズには、アートハランの場面において、次のような記述があります。 The Wind Spirit had lifted them out of the Enchanted Forest while others were locked in. It was Gele. Gale had always been there to protect Elsa's family, even before she was born. 風邪の精霊が二人(イドゥナとアグナル)を運び上げ、みんなが閉じ込められている中、魔法の森の外へ出してあげました。 ゲイルだったのです。 ゲイルはエルサの家族をずっと守ってきたのです、彼女が生まれる前からも。 要するに、自然の精霊と親しく交流していたノーサルドラのイドゥナさんが気を失ったアグナルを目にしたときに、とっさの判断でゲイルを呼ぶためにこの「声」を歌ったのでしょう。 こうして霧の外へ運び出された二人は、映画のアートハランのシーンでもはっきりと描写のあった、アレンデール兵の車に運び入れられ、そのままアレンデールへと帰っていったのでしょう。 映画で見えた場面でもゲイルがイドゥナを隠すように毛布をかけてあげている様子があったことから、命を救ったのもゲイルだというのを察しろということでしょうか。 まあ確かにアグナルの回想シーンでもアグナルが宙に浮いたような描写もありましたし、そんなに不可能な想像要求でもないかもしれません。 (ノベライズは私はUS で購入しましたが、日本でも12月10日に発売。 ) でもハニーマレンは「第五の精霊が、事件の日に声を上げたのを聞いた人がいる」って言ってたよね? エルサが、第五の精霊のことを知らされたのは、ノーサルドラのキャンプでハニーマレンと話をしていたときでした。 ハニーマレンは、エルサが持っていたイドゥナのスカーフを手にとり、その模様を指差して説明しました。 ハニーマレンのセリフは次の通りでした。 (和訳は吹き替えセリフを暗記してないので、私なりの訳) There's a fifth spirit. Said to be a bridge between us and the magic of nature. 第五の精霊がいるの。 私たちと自然の魔法をつなぐ架け橋だって言われてる。 Some say they heard it call out the day the forest fell. 森が閉じ込められた日にその声を聞いたっていう人もいるわ。 この台詞が真実なら、イドゥナさんが第五の精霊ということになってしまいますが、イドゥナさんには魔法の力はありませんでした。 エルサこそが第五の精霊だったということは、Show Yourselfの中盤4エレメントの中央にエルサがいわゆる「足ドン」したときに全ての記憶が再生され始めることから明らかです。 つまり、ハニーマレンの供述が間違っているということになります。 まあ結局、森であの日何が起こったかをわかっている人はいないようですし、そもそもハニーマレンは年齢的にも34年前にそこにいませんから人づての話なわけで、正確とは限りません。 なので その時聞こえた「声」は、アグナルが聞いた声と同じで、イドゥナさんがゲイルを呼ぶための「声」だったということで良さそうです。 アグナルが聞いた謎の声、そして他のノーサルドラが耳にして「第五の精霊の声」と勘違いしていた声は「イドゥナさん がゲイルを呼ぶ声」でした。 そのメが再生された後、大人になってエルサを寝かしつけてるシーンであろうイドゥナさんのメが大画面に映し出され、エルサに向かって歌います。 [IDUNA] Come, my darling, homeward bound おいで愛しい子、帰り道へ おいで 良い子よ [ELSA] I am found みつけてもらえた みつけた これを見てエルサがいうのがこの台詞。 「I am found」です。 直接的には、やは6年前船旅に出て以来会うことができなくなっていた母イドゥナさんにみつけてもらえた、というのがしっくりくるかもしれません。 しかしこのイドゥナさんは、まるで『』のように骸骨となってそこに存在しているのではなく、 あくまで水が記憶している「過去の記録」です。 私は「(イドゥナさんに)みつけてもらた」という方こそ意味が通りにくいのではないかと考えます。 では、エルサは「誰」にみつけられたのか? 私はエルサが、エルサ自身によって、「みつけられた」のではないかと考えます。 つまりこれまでエルサがInto the Unknown以来ずっと「you」と呼んできたのはエルサ自身のことだったのではないか、と。 そしてエルサを呼んだいたのも、イドゥナさんの声を通した自分が呼んでたのではないか、と。 なんじゃそりゃ、と思われるかもしれませんが、これにはいろいろな根拠があります。 (なお、赤字を見てわかるように、吹き替えだと全然対応していないので、繋がりがわからなくなってしまっています。 ) つまり、 エルサが人生ずっと探していたもの、人生ずっと待っていた答えは、自分自身だったというのです。 まだ納得できないというかたもいるかもしれません。 次の根拠にいきます。 根拠2)アナのセリフ「When are you going to see yourself the way I see you? 」 冒頭、ゲームをしているときに「声」が聞こえてきたエルサは、部屋へ一人戻ります。 そこへ現れたアナに、声が聞こえることを告白しようと思いつつもやめてしまうエルサ。 代わりに彼女の口から出た言葉は、「I just don't wanna mess things up. (台無しにしたくないの)」。 それに対するアナのセリフが次の通りでした What things? You're doing great. 台無しにするって、何を? エルサはよくやってるじゃない。 Oh, Elsa, when are you going to see yourself the way I see you? あぁ、エルサったら、いつになったらエルサは、私がエルサを見るような見方で、自分のことを見られるようになるわけ? この直後、エルサはアナによって歌われる「All Is Found(魔法の川の子守唄)」によって眠りにつき、そして再び「声」によって起こされて歌い始めるのが「Into the Unknown」な訳です。 アナがエルサに言っているセリフは非常に重要だと考えられます。 つまりこれは、 「エルサが自分自身に対する見方が変わったとき、その答えが全て見つかるだろう(All will be found)」というわけです。 アナちゃんは無意識のうちにこういうヒントを出していたのではないか、と。 つまりエルサはここから、 「未知の旅」という名の「自分再発見の旅」に出ると解釈できます。 根拠3)に映るのはエルサだけ そうして始まる Into the Unknown。 扉を開いて廊下に出たエルサは歌い始め、その後すぐに廊下にある鏡のところへ歩み寄ります。 エルサは鏡に映る自分を見て、歌います。 ここと、もう1箇所は両親の乗っていた船の中にある「割れた鏡」です。 船のシーンではアナとエルサとオラフがそこにいますが、その割れた鏡に映るのも、エルサだけです。 そして私が鏡に注目するのは、何よりこのFrozenシリーズで、鏡は非常に重要な意味を持つからです。 一作目ではは登場しませんでした。 なぜなら、原作の鏡のメタファーを「ハンス王子」という形で使っていたからです。 このことは2014年時点でのジェニファーリー監督へのインタビューで本人の口から明らかになっています。 日本語解説記事はコチラに詳しいです。 5年前の記事で懐かしいという人も多いのでは?笑 そのため、2作目の冒頭のしかもものすごく宣伝で推されているInto the Unkownというビッグナンバーでデカデカと鏡が登場するということは、意味を持っているというふうに解釈して良いと考えられるわけです。 根拠4)「水面」はプリンセスの証拠!プリンセスのトレンドは「心の声」! さてまだInto the Unknown の続きを検討します。 この後エルサは、もう一つ扉をあけて、エルサがかつての日にを凍らせてしまったあたりの岸辺に出てきます。 そこで歌い始めると、エルサはいつの間にか水面に映る自分を見つめています。 カメラは、エルサからチルトダウンし、水面に映るエルサを捉えます。 はい水面が映ったということは、そういうことですね! :オンラインことRalph Breaks the Internet を観た人はわかるようにプリンセスたち自身が認める「水面」を見つめると歌い出せるのが自分の心から望む本当の「夢」「のぞみ」であることを。 ムーラン:But sometimes, your song can't start untill you go someplace to reflect. でもね、場合によっては、どこか自分が反射する場所へ行かないと歌が始まらないの。 :What works for some of us is finding a form of water and staring at it. 私たちの中にはこうやるとうまく行く人もいるの。 水面を見つけてじっと見つめると。 はい、まさにこの水面を見たシーンから、一度はテンポも落ちてゆっくりになっていたエルサの歌は、だんだんテンポを上げていって一気に好奇心に満ちた、前向きな歌へと変わっていきます。 ある意味で、 Into the Unknown はエルサが水面を見つけた後半からがいわゆるプリンセスが夢を歌う「I Wish Song」といえるわけです。 で、なぜこれが重要かといえば、プリンセスの文脈で考えよ、というヒントだと捉えられるからです。 Frozen2をやる前の最新のディズニーのプリンセスは、モアナでした。 (もちろんヴァネロペも「She IS a Princess(ホンモノのプリンセスね)」と認められてはいますが、正式なプリンセスではありませんので割愛します。 ) プリンセス分析についてはこちらをご参照ください。 モアナが特に重要なのは(何度か私がここのブログでも引用させていただいているdpostさんの記事に詳しく書かれているように)始まりは「呼ばれるから呼ばれる場所へ向かう(the sea calls me)」という受動的なものでも、「I AM MOANA」と自己定義することによってゴールにたどり着ける。 たとえ向かう先が同じであっても「自分自身の意思で、自分自身の決定にしたがって進む」のが重要であるのだということを、メインテーマでありI Wish Songである「How Far I'll Go」のメロディに5音節「I AM MOANA」というフレーズを加えることで再現したという素晴らしいリン=マニュエル・ダの音楽マジックで強調しているわけです。 (詳しくは読んでください。 ) で、まさに今回のエルサは、モアナの後初めて公開されるウォルトディズニーアニメーションスタジオによるミュージカルアニメーション映画です。 もちろん、多くの人がご存知のようにFROZENはDisney Princessのとは別で、アナもエルサも正式な「Disney Princess」ではありません! それでも、やはりこのプリンセスの文脈抜きで考えることはできないでしょう。 特に、水面に映る自分を見つめるシーンがわざわざ入れられていますから。 ということはどいうことかというと、モアナまでアップデートされてきたプリンセス像というのを前提にして、今作も作っていますよ!というメッセージと捉えられます。 ですので、エルサが受動的に「母イドゥナ」あるいは「アートハラン(仮に自我があるなら)」あるいは「別の神的な何か」に『呼ばれて(受動的に)』行ったということではなさそうだ、と考えられるわけです。 の文脈を踏み、モアナよりも新しいプリンセスであることを考えれば、そしてまたこの映画が非常にメタ的な表現を連発していることを考えれば(シュガーラッシュオンラインのプリンセスシーンも前提にしているわけですから) 、 「(結果として)自分を呼んでいたのは自分だった」というのが一番しっくりくる描き方なのではないでしょうか? ですので 、私は「みつけた」のも「みつけられた」のもエルサである、と考えます。 エルサ自身がエルサ自身をみつけられた。 アナが暗示したように、エルサの自分に対する見方が変わった、ということではないか、と。 それの手助けとなったのが、イドゥナがアグナルを救うために行った真実の愛の行いの結果である「声」だった、と。 しかしその声は実はエルサの心の中でこだまする「心の声」だったのだ、と。 私がたどりついた暫定的な結論 この記事の目的は、 なぜ歌詞の「I am Found(みつけられた/みつけてもらえた)」が「見つけた」でWDJ的にOKになっているのかを探すことでした。 高橋さんの方の訳詞が音節数的に「みつけられた/みつけてもらえた」が入らないのは仕方ないです。 でも字幕では入るでしょう、という意見もあります。 百歩譲って歌詞を「見つけた」で二重に意味を乗せたとしても、字幕では変えないで欲しかったよ。 それでも字幕・吹き替え共に「みつけた」でGOが出たのは、上に書いてきた通り、 「エルサが、自分の心の声に従い、自分によって自分を見つけた」という「心の声」的な解釈をし「自発的な」「自己定義をする」「I AM MOANA的な」プリンセスということで、 受動態ではなく能動態の「みつけた」でGOを出した!ということではないでしょうか? これは翻訳者やWDJ関係者にインタビューすれば一発で答えが出る話ではあるかもしれませんが、私なりにはこれで納得しています。 何せ「心の声」は2019年の実写でも曲のタイトルになる程ですし、今作にもアナの歌にも出てきますし、トーリー4でも、モアナでもキーワードでしたよね。 WDJが大好きな言葉です。 わざわざ Into the Unknownの日本語タイトルに「イントゥ・ジ・アンノウン〜」って付けてきたくらいですから。 笑 このなくてもいいサブタイトルについては、子どもにとって覚えやすくするためではないかという憶測も飛んでいましたが。 真相はいかに。 おまけ 絵本にアンサーが書いてある件について。。。 でこれは答え合わせ的になってしまうのですが、絵本LITTLE GOLDEN BOOKシリーズのFROZEN2の絵本にはしっかりこう書いてあります。 The voice that had called to her now quieted to a whisper, and she realized it had been within her all along. エルサのことを呼んでいた声は、もう囁き程度に静かになりました。 そしてエルサは気づいたのです、その声はずっと彼女自身の中にあったのだということに。 ということで、あっさり答えらしきことを書いている絵本もあったりします。。。 まあほぼこれで検証してきたことがコンファームされたのではないかな?と思います。 残された問題:エルサ以前に「第五の精霊」はいたのか? しかし、これだけは私の中でも解決しませんでした。 たとえハニーマレンが言っていた「あの事件の日に第五のの声を聞いた人もいるとか」が間違いで、それはイドゥナさんの声だったとしても、「第五の精霊がいるらしい」「私たちと自然の魔法の架け橋になるらしい」という話がエルサの登場以前からあったかもしれないという点は説明がつきません。 考えられることとしては、例えば 第五の精霊はあの事件以前には必要なかった。 なぜなら自然の魔法の恩恵を受ける全ての人(ノーサルドラ)が、自然をリスペクトし、愛していたから。 しかし、アレンデールのルナード国王が自然を傷めるるようなダムを作り、そのダムをめぐって殺し合い(というかルナード国王の一方的な虐殺)を始めたことから、自然と人間の間の関係が壊れ、と人間の間をつなぐ架け橋としての第五のの役割が必要になった。 そのとき、真実の愛の行いを示したイドゥナさんを見込んだ「なにものか」がイドゥナさんとその救った対象であるアグナルに「何か」を託し、そこから生まれた「エルサ」が第五の精霊となり、「アナ」はそのもう一端を担うことになった。 という説です。 しかし これでは事件以前に作られたスカーフに第五の精霊を示す中央の模様が描かれていることが説明つきません。 一方で、私たちとエルサはハニーマレンの語りでしか第五の精霊の話を聞いていないことから、 本当に事件以前から中央の模様を「第五の精霊を表すもの」と考えられていたかどうかは確認ができません。 もしかしたら、 希望を失ったノーサルドラの人の誰かが、第五の精霊説を勝手に根拠なく唱え始めた可能性はあるかもしれません。 この件について何か考察された方などいらしたら、コメント欄やアカウント@westergaard2319 へリプライや@ツイートなどで教えていただけると大変嬉しいです。 さてFrozen2公開からまだ一週間ですが、いろいろな考察や感想がウェブ上を飛び交っていて、これからもきっといろんな解釈や分析、考察がなされていく1作目と同等に、あるいはそれ以上に愛される作品になるんだろうな、と幸せに浸っています。 まだまだスクリーンに観に行ける幸せをひしひしと感じながら、リアルタイムで生きていてよかったなと思う今日この頃です。 追記)で解釈についてのアンケートをとってみました! 12月2日に、の方でみなさんの解釈のアンケートをとっていました! 結果は、次の様な感じ。 まず、 すももさんの理論では、アートハランには水や氷、雪があることから、エルサの持つ不思議な力と要素が同じととらえている。 まず、イドゥナのスカーフに第5の精霊を示す模様があったのは、かつてその存在を知っていた者が描いた。 これを前提としたすももさんの説明はこうだ。 《 精霊のまとめ 》 ・第五の精霊アートハランがイドゥナに託したもの = エルサの力 ・他4つの精霊 その上で、エルサに声が聞こえるようになった理由は次のように説明している。

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